ファッション
特集 メンズ・コレクション2025-26年秋冬

史上最悪のショーで怒りの幕開け 2025-26年秋冬メンズコレ取材24時Vol.1 

2025-26年秋冬コレクションサーキットが開幕しました。まずはメンズからのスタートで、イタリア・フィレンツェからミラノ、パリの3都市が続きます。「WWDJAPAN」は、大塚千践「WWDJAPAN」副編集長とパリ在住のライター井上エリ、そして藪野淳・欧州通信員の大阪出身“浪速トリオ”が現地でほぼ丸一日かけて総力取材します。注目ブランドのコレクション情報はもちろん、ショーの裏側やこぼれネタなど、愛のある正直リポートをお届けします。

16:00 「ピエール ルイ マシア」

1月17日に開幕したミラノ・メンズ・ファッション・ウイークのトップバッターは、前シーズンに「ピッティ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMMAGINE UOMO)」でショーデビューを飾った「ピエール ルイ マシア(PIERRE-LOUIS MASCIA)」です。デザイナーはフランス出身のグラフィックデザイナー兼イラストレーターで、2007年にシルクスカーフのリーディングカンパニーとしてイタリアで著名なアキ-レピント社とタッグを組んでスタートしたブランドです。1900年代初頭のヨーロッパの文化や芸術家を着想源に、今季は「ますます暗く冷たい世界における官能的なものを探究した」といいます。

混沌とした現実世界から身を守るかのように、流れるシルクストールで優しく体を包み込むのが基本スタイル。アナログとデジタルの技術を混ぜ合わせ、描き直し、再構築したというモチーフが重なり合い、アール・ヌーヴォーの彫刻、着物風のガウン、ヴィクトリア朝のリボンと、時代も国境も超えてコラージュして、異国情緒を漂わせます。フォークロアなムードに、ショーツやキャップ、サッカーユニホーム風のスポーティーな要素を融合し、あくまで日常着としてのリアルな提案を目指します。知的でメランコリックな芸術家、世界を放浪する遊牧民、燭台を持ったモデルからは、神殿の守護神のようなさまざまなキャラクターが浮かび上がります。共通するのは、体を抱擁するスカーフが醸し出す優しさ。強いモチーフや色が多すぎると目まいを引き起こしそうなものですが、うまくまとまっているのはグラフィックデザイナー兼イラストレーターとしての経験が生きたバランス感覚なのでしょう。エキゾチックなモチーフで勝負するにはすでに強敵が多いようにも思いますが、今季のミラノ・メンズ開幕を飾るショーとしては見応えのある内容でした。

18:00 「イーヴォ」

次は、アウターに強いファクトリー発ブランド「イーヴォ(HEVO)」初のプレゼンテーション会場に向かいました。同ブランドは2010年にアウターブランドとして設立後、19年にリブランディングして、現在はトータルのスタイルを提案します。ゆえに、世界観を立体的に見せるプレゼンテーション形式の発表は念願でした。得意のアウターはベーシックなモデルで10万円前後と昨今の市場では手頃で、日本でも大手百貨店やセレクトショップでの取り扱いにより認知度も広がっているそうです。

質実剛健なメルトンアウターはイージーフィットでリラックスしたエレガンスを演出し、化繊のアイテムをインナーに取り入れてスポーティーな快活さも加えます。今シーズンは多くのブランドが提案しているボルドーやテラコッタをアクセントカラーに据え、英国調のヘリテージな素材感のアイテムも増えています。スタイル提案という点ではまだまだ洗練できそうな余地はありましたが、品質と価格帯のバランスを実際に手に取って確かめることができて、日本でも定着しつつある理由が分かりました。

19:00 「ブルネロ クチネリ」

次は、「ブルネロ クチネリ(BRUNELLO CUCINELLI)」のショールームへと足を運びます。同ブランドといえば、思慮深いテーマ選びとワードセンスでグッと引き付けるのが特徴で、これまで着る人を幸せにする服を意味する“ジェントル・ラグジュアリー”や、本能や直感を大切にしようという意を込めた“アクツ・オブ・インスティンクト”を提案してきました。そして今季は“アナムネシス(Anamnesis)”という、あまり聞きなじみのない言葉をテーマに掲げます。日本語で“想起”と訳す概念は、古代ギリシャの哲学者で思想家プラトン(Platon)が打ち出した、「人間の魂は肉体に宿る前に天界で眺めていたイデア(知覚を超越した場所に存在する純粋な理念)を想起することによって真理を認識する」というもの。ううん、分かるようで分かりません。サブタイトルの“生まれ持った本能のリミックス”は、哲学に親しみのない人にもしっくりきそうです。

今シーズンのキーとなるのはサブタイトル通りの“リミックス”で、得意のテーラリングをさまざまな要素と合わせてエレガントに仕立てます。例えば、プリンス・オブ・ウェールズ・チェックやチェルシーブーツといった英国的要素、カウチンニットやトレッキングブーツでカントリームード、デニム・オン・デニムやウエスタンベルトでアメリカンカジュアルなどです。スタイリングは、シルクのネクタイやブレザーに取り付けた金ボタンの艶やかさを、マットな生地に重ねて質感の差を楽しむ提案も洗練されています。さらに、カラーコンビネーションが今季を特徴づけます。バーガンディーやサファイアブルーといった深みのある色彩を、あえてベージュやオフホワイトと合わせた高彩度のニュアンスで遊びます。

「本能のままにアイテムをリミックスし、自由な着こなしを楽しもう」という提案を感じました。会場でゲストを出迎えた創業者のブルネロ・クチネリさんは、深い紫色のマットな質感のジャケットをまとう姿が勇ましく、オーラを放っていました。エレガントなコレクションと、ホスピタリティー感じる絶品ケータリングで、心もお腹も満たされ次へ向かいます。

20:00 「PDF」

「ブルネロ クチネリ」で終わっていれば良かったのです。過去最悪な「PDF」のショーにさえ行かなければ、ミラノ・メンズは順調なスタートを切れていたはずでした。コレクション取材を続けている勘で何となく嫌な予感はしたものの、初参加ブランドということもあり、百聞は一見にしかずの気持ちで現地に足を運びます。到着すると、エントランスはゲストでごった返しています。しかしストリートウエア&カルチャー系ブランドあるあるなので、その点では全く動じません。問題は、最後に待っていたのです。

「PDF」は2023年設立の若いブランドで、ミュージシャンの衣装制作などで評価を上げたドメニコ・フォルミケッティ(Domenico Formichetti)が手掛けます。イタリア版「ERL」というイメージでしょうか。会場に到着すると、フォルミケッティ=デザイナーへの期待の高さは場内の雰囲気ですぐに伝わりました。ショー前にバックステージ方向から鳴り響いた「オウオウオウオウ」という猿の惑星のような雄叫びは聞かなかったことにして、心穏やかにショーを開始を待ちます。最前列のシートには黒いマスクが置いてあったものの、そういうチーム感的な演出に乗る気分ではなかったので、そっと端に寄せました。

鼓膜を突き刺す爆音ヒップホップと共にモデルが登場すると、そのパワープレーに引き込まれていきます。スポーツやヒップホップ、スケートボードなどのカルチャーをパンパンに詰め込んだ巨大なアイテムは、強めの加工感でその迫力をより増幅します。「ナパピリ(NAPAPIJIRI)」コラボのアノラックも、スプレーを吹き付けたかのようなカルチャーミックス感で、来場した若いゲストたちの視線を引きつけます。好き嫌いはさておき、フォルミケッティ=デザイナーはスタイル作りがうまい。そう感心していたのも束の間、地獄はフィナーレに待っていました。

照明が強く点滅し始めると、顔を布でぐるぐる巻きにした数人が登場し、ランウエイのセンターに配置していた壁にスプレーアートを始めるではないですか。当然シンナー臭が会場に充満し、喉の痛みで呼吸するのが辛いほど咳き込む人も複数いました。一瞬で終わってくれたらまだ良かったものの、延々と描き続けているのでシンナー臭はさらに強まっていき、隣のゲストは身の危険を感じて後方に避難します。空いたシートに視線を向けると、先ほど端に寄せた黒いマスクが目に入り、そういうことかと気付いてすぐに装着します。強い光の点滅と、マスク越しでも襲ってくるシンナー臭で意識がもうろうとする中、最後には警察が出てきて集団が逃げていくという茶番で、コレクション取材史上最悪な拷問時間が終わりました。

一刻も早く退場したかったので小走りで出口に向かうと、フォルミケッティ=デザイナーがバックステージから胴上げされながらランウエイ上に現れ、その波にのまれて、リーグ制覇のような胴上げに完全に巻き込まれてしまいました。むしろ胴上げに参加して、ヤクルトスワローズの若松勉監督のように一回転させてやろうかと想像するぐらい怒り心頭でしたが、「オイッ!オイッ!オイッ!」と叫ぶキッズたちをかわして脱出します。さんざんなショーをたくさん見てきたつもりだったのに、上には上がいるものです。せっかく服はかっこいいのに、演出面でいうと、かっこよくもなければ、面白くもない。今後も演出過多のショーを続けるならば、共感してくれるお仲間のみでどうぞ。

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