BRUNELLO CUCINELLI(ブルネロ クチネリ)のニュース・ライン・デザイナーなどの紹介

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BRUNELLO CUCINELLI(ブルネロ クチネリ)のはじまり

1978年、ブルネロ・クチネリが創業。当時、染色されていないカシミヤが主流だった中、カラーで染めたカシミヤニットがヒット。イタリアの小村、ソロメオ村を拠点にグローバルに活動する。「スポーツ・シック ラグジュアリー」をコンセプトにニットウエアだけでなく、メンズとウィメンズのプレタポルテをミラノ・コレクションで発表するほか、クッションやブランケット、キャンドル、セラミックなどブランドのDNAに基づいたライフスタイルコレクションも発表する。

BRUNELLO CUCINELLI(ブルネロ クチネリ)の歴史

1978年、妻のフェデリカ・ベンダ(Federica Benda)が洋服店を営んでいたことを機に、クチネリがイタリア・ペルージャ近郊の小村、ソロメオ村にカシミヤニット会社を設立。当時、ベージュやグレー系の色使いが主流だった市場で、大胆に色付けしたカラー・カシミヤを提案しヒットする。
82年にソロメオ村に移住。85年、14世紀に建てられた古城を購入し、本社として改築する。
2000年、同村内にあった工場建物を改造し、生産設備を整える。
08年、各国の書籍が収められた図書館や劇場を設けた「アートフォーラム」が完成。
09年、日本初の路面店を青山にオープン(21年に移転)。
10年、人文主義的な理想を広め実践することを目的とした「ブルネロ&フェデリカ・クチネリ財団」を設立。
11年3月、西日本初となる路面店を神戸・旧居留地エリアにオープン。世界初のホームコレクションを発売する。11月、伊藤忠商事との合同出資により、ジャパン社を設立(14年9月、国内販売業務・PR業務の移管完了)
12年、ミラノ証券取引所に上場。
13年3月、玉川高島屋西館1階に出店。秋には、地元の職人技術を次世代へ継承することを目的とした「ソロメオ職人学校」を設立。パターンメーキング・縫製科(ウィメンズ)、裁断・縫製科(メンズ)、ニット製品の修理・補修科、食料栽培・庭園管理科、壁画芸術科といった学科が設けられている。
15年9月、銀座6丁目に3層の旗艦店をオープン。ウィメンズとメンズ、ライフスタイルのコレクションがそろい、テーラーの職人が常駐する。
17年1月、イタリアの新しいフラッグシップとしてミラノ・モンテナポレオーネ通りに新店をオープン。またユークス ネッタポルテ グループ(YOOX NET-A-PORTER GROUP)とのパートナーシップを解消し、独自のECサイトをローンチ。
18年、「ブルネロ&フェデリカ・クチネリ財団」がソロメオ村の平野部約87ヘクタールの土地に公園を造営。地元に美しい景観を取り戻す「美のためのプロジェクト」と名付けられ、ワイナリーのある農業公園、サッカー場のあるスポーツ運動公園、本社を置く産業公園を完成。また、クチネリの自叙伝「ソロメオの夢(IL SOGNO DI SOLOMEO)」を発行。
21年3月、国内最大級の店舗を表参道にオープン。地下2階、地上2階の4層。9月、世界最大のアイウエア企業であるイタリアのルックスオティカ(LUXOTTICA)傘下のロサンゼルス発アイウエアブランド「オリバーピープルズ(OLIVER PEOPLES)」とパートナーシップを締結し、ブランド初のアイウエアコレクションを発表。
22年3月、カシミヤのサプライヤーでもあるカリアッジ社(CARIAGGI LANIFICIO SPA)の株式43%を取得。

デザイナー

創業者でクリエイティブ・ディレクターを務めるブルネロ・クチネリは、1953年イタリア・カステルリゴーネ生まれ。土地測量士学校卒業後、大学の工学部に入学。中退後の78年、会社を設立。色鮮やかなカシミヤニットを作り、一躍その名が広まる。82年に妻の故郷のソロメオ村に移住し、85年に本社を置く。
2010年、大統領によりイタリア共和国労働騎士勲章が与えられ、ペルージャ大学からは「人間関係の哲学と倫理学」の学科で名誉学位が授与される。
16年にクチネリが東北経済連合会主催の未来創生シンポジウム「東北発!未来創造プロジェクト」に招かれ、宮城県仙台市での基調講演とパネルディスカッションに登壇。前年には東北出身の若者をソロメオ村に招待し、職人学校の研修などを体験。
17年には、国際経済分野で世界的に最も重要な研究所、ドイツ・キールのキール・インスティテュートが「名誉の商人の伝統を完全に体現」したとして、「グローバル経済賞」を授与。
18年にはイタリア共和国功労勲章の最高位にあたる「カヴァリエーレ・ディ・グラン・クローチェ」を授かる。同じく18年、メッシーナ大学は「経験に基づく思想家、文化推進者、現代の真の支援者」と評価し、名誉哲学研究博士号を授与している。自叙伝「ソロメオの夢(IL SOGNO DI SOLOMEO)」を発行。
21年には、「GQ」(イギリス)が選ぶ「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。10月には、ローマの主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に出席し、「環境保護・気候変動との戦いにおける公共と民間の協働」をテーマにしたイベントの冒頭を飾るスピーカーとして、“人間らしいサステナビリティと人間主義的資本主義”についてスピーチを行った。自叙伝の日本語版が「人間主義的経営」として発行(クロスメディア・パブリッシング)。10月、教養とともに文化を育む場所作りとして、ソロメオに哲学や建築、文学・詩、クラフトマンシップの5つを主に扱う「ソロメオの普遍的図書館」の開設を発表(24年落成予定)。

BRUNELLO CUCINELLI(ブルネロ クチネリ)成長の要となった代表アイテム

カシミヤニット:カシミヤヤギの喉の部分にある小さな範囲に生える毛のことを呼ぶカシミヤ。マイナス 30 度の極寒地でも生き抜くと言われているカシミヤヤギの毛とあって、17世紀からマントやショールなどの防寒用アイテムに用いられるようになったという。19世紀には貴族の服にも採用された。その後、希少な素材を使った高級ニットとして世界中で知られるようになる。1978年、ニット製品の主要生産地のひとつとして知られるペルージャで創業したクチネリは、50万リラの融資を受け、5着のカラーカシミヤのセーターを製作することから始める。当時、ニュートラルなカラーのカシミヤセーターが多かったこともあり、ドイツを中心にヨーロッパで人気を集め、ビジネスを拡大させる。その後、カシミヤウエアに特化することを決意。クチネリはこの高級素材のイメージを、時代にあったモダンなアイテムとして提案していく。明るい色味で作ったことが奏功し、ファッション性を高め、世代問わず着こなせるウエアを実現し、世界中でヒット。ブランドのシグニチャーとも言えるアイテムになった。クチネリは最高品質のカシミヤを選別するため、紡績会社のカリアッジと年に1度、カシミヤの産地であるモンゴルと中国を訪れている。その後、選定した糸をイタリア・ソロメオ村の工場へ運び、加工。熟練の職人の手により、ウエアを一着一着完成させる。現在もウィメンズやメンズ、キッズでカシミヤを用いたアイテムを多数発表。カラーバリエーション豊富なニットセーターだけでなく、タキシードスーツやテーラードジャケット、スポーティーなフード付きセーターやリラックスパンツ、ドレスやロンパースなども展開している。また、クッションカバーやブランケットといった生活雑貨もそろえ、ブランドの世界観を統一するカシミヤのアイテムを提案する。

公式サイト

https://www.brunellocucinelli.com/ja/

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