
2025年春夏のメンズは、“愛”に溢れたシーズンだった。デザイナーたちは不安定な気候や社会情勢に対し“愛”をもって向き合い、さまざまなクリエイションで大切な人たちに“愛”を届けた。「コム デ ギャルソン・オム プリュス(COMME DES GARCONS HOMME PLUS)」の川久保玲デザイナーは混沌とした世界に希望を信じ、「ロエベ(LOEWE)」のジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)=クリエイティブ・ディレクターは遊び心あるショーで、多くの人を夢中にさせた。(この記事は「WWDJAPAN」2024年7月8日号からの抜粋で、無料会員登録で最後まで読めます。会員でない方は下の「0円」のボタンを押してください)
今、ファッションデザイナーが向き合う
2つのこと
しかし最も特別だったのは、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)によるラストショーだろう。今年3月にデザイナー退任の一報が出ると、多くの業界関係者に動揺が走った。インビテーションの封を開けると“LOVE”の文字がのぞき、それぞれがショー当日まで「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」が過去128回行ったショーや、デザイナーの人柄、38年間貫いてきた美学に思いをはせた。
会場に選んだのはパリ郊外の工場跡地で、04年に50回目のショーを行った場所だ。その日の夜は、昨今のファッション・ウイークを象徴するセレブリティー騒動とは無縁の環境だった。純粋にファッションを愛するデザイナーやバイヤー、メディア、ドリスと約30年間協業してきたインドの刺しゅう工場の関係者らを含む約1000人が、66歳の勇姿を見届けるために集まった。ドリス本人も談笑に加わるなど、和やかな雰囲気だ。夜10時前に巨大なカーテンが開くと、銀箔を敷き詰めた長いランウエイが現れた。男女のモデルがメンズウエアを着て登場し、「誰でも着たいものを着ればいいという、とても大きくハッピーな一つの世界」を作り上げた。
銀箔のランウエイに最初に現れたのは、初めてのショーでもオープニングを飾ったアラン・ゴッスアン(Alain Gossuin)。ほかにも「ドリス」と関係の深い男女モデルが登場した
ショー前の会場では過去のコレクション映像を投影。ゲストは思い入れの強い1着で来場し、デザイナーの新たな出発を祝福した
退任報道で数カ月前にショックを受けていたであろう関係者らは、フィナーレを迎えるころにはドリスの美しい終わりと、輝かしい始まりを笑顔で祝っていた。涙を流すゲストもいたが、視界に映る全員が笑っていた。ドリスがランウエイから去ると高さ6メートルのミラーボールが現れ、祝福のパーティーは深夜まで続いた。デザイナー交代が相次ぐ近年において、ここまで愛されたままブランドを去るデザイナーはなかなかいない。
ファッションビジネスがますます加速する中で、作り手の純度の高い“愛”を受け取るには、作品を見たり、伝えたり、手に入れたりする受け取り手にも“愛”が必要である。“愛”が連鎖すれば、一着の服でも不安定な世界を救うかもしれない。大げさに思われるかもしれないが、ファッションにはその力があると信じている。
「ドリス ヴァン ノッテン」
繊細で大胆で華やか
最後まで貫いた美学
「ベスト盤を作りたかったわけではない」というデザイナーの言葉通り、最初と最後を飾ったロングコートは縦長のしなやかなシルエットでそろえ、「始まりも、終わりもない」というメッセージを伝える。パンツはワイドスラックスからカーゴパンツ、バギーショーツまで豊富にそろえ、多用したオーガンジーのトップスとパンツが軽やかさを加えた。透明なポリアミドのコートの中綿にリサイクルカシミヤを内包したり、ウールにスキューバ生地をボンディングしたりと、素材感を対比させる試みが新しい。中盤以降はシルバーやゴールドをコーティングしたセットアップをはじめ、ピンク、パープル、バーガンディなどの色彩が加わりいっそう華やぐ。テーラードには繊細な刺しゅうをたっぷりと施し、コートやパンツには日本の墨流しの技法で花を描くなど、“いつも通り”の美しいメンズウエアに終始した。