「バーチャル・ファッション・コレクション・ボヤージュ 2023ウィンター」が12月23日、ソーシャルVRプラットフォームVRChatで開催された。バーチャルファッションのトップブランドによる新シーズンコレクションを披露するイベントで、今回で3回目。バーチャルブランド「メルティーリリー(MELTY LILY)」のオーナーであり、自身も3D衣装を制作するクリエイターのゆいぴが企画・主催する。そこにビームス(BEAMS)が協賛し、バーチャルネイティブブランドとの共作で2衣装を初披露した。日本発本格バーチャルランウエイショーの現場をリポートする。
ショーは22時から。主催者にリクエストを送り承認されると会場となるワールドに入れる。リアルのショーは物理的なスペースに収容人数が左右されるが、バーチャルではプラットフォームのワールドによってキャパシティーが決まる。
VRChatは1つのインスタンスに同時に入れる人数は数十人に限られる。作り込まれたワールドや、凝った衣装を着たアバターが多いと、それだけデータ容量が重くなる。そんなわけで、基本的にユーチューブでのライブ配信で楽しんでもらうようになっている。今回招待されたゲストはアバター制作者など、たったの23人。この限られた人しか体験できないというエクスクルーシブ感は、ある意味、パリなどで行われるコレクションショーに似ている。
会場ワールドはヨーロッパの宮殿風。イケメンアバターのスタッフが迎えてくれる。中に案内されるまで、庭で待つ。
スタッフの指示に従い、レッドカーペットに並ぶ演者の皆さんを「見える」ように、描画負荷を極力減らすべく、演者以外は「見えない」ように設定する。慣れない作業もスタッフが丁寧に教えてくれる。
奥の扉を通り抜け、いよいよランウエイのある部屋へ。レッドカーペットが敷かれた大広間にランウエイがあり、観客はその周りを囲む。後ろの壁側には協賛するビームスの新作デジタルツイン衣装が展示されている。ショーが始まるまで歓談タイム。ゲスト同士、互いの衣装を褒め合ったり、会場について感想を言ったりする。これもリアルと一緒。と、ここで私の視界が固まった……。ワールドのデータが重すぎて処理が追いつかない!ここで脱落……。再度入り直すことに。どうしよう!始まってしまう!
Wi-Fiを有線に変え、再度ジョイン。いろんな設定を再び案内係の人に教えてもらって、なんとかオープニングアクトのライブ演奏に間に合った。画像では観客が見えているが、ショーの間は演者以外は「見えない」設定にしているため、ほぼ貸切な気分で、最前列でしっかりショーが楽しめる。席はナシ。アバターは立ち見姿だが、私自身は家のベンチソファーに座りつつ、PCを前にVRゴーグルをかぶって、コントローラー両手にいろいろ必死。
バーチャルファッションへの愛と想像以上の完成度
いよいよショーがスタート。今回は日本と韓国の個人クリエイターによる8つのバーチャルファッションブランドが参加した。モデル、舞台演出、映像、音楽、カメラなど、全てが有志の個人33人によってリアルタイムで運営。全員VR機器を駆使して、それぞれの自宅などから遠隔で参加しているという。
大概のバーチャルファッションショーは、アバターの動きがアニメーション化されており、動きが均一になりがちだ。事前にある程度設定でき、事故は起きづらいが、アバターの個性は表現しづらい。しかし、このショーはリアルタイムで動きをフルトラッキングされた演者がウオーキングし、それによりバーチャル空間でアバターがキャットウオークする。つまり演者は、会場の音楽に合わせ、自宅などで実際に歩いている。繊細な動きや、その場でのリアクションもできるし、女性らしさも動きによって生まれる。「演者」と書いているが、まさに演技。もちろん本番は1回きりで、やり直しはきかない。それだけ緊張感と臨場感がある。
会場にはカメラが47台も設置され、ユーチューブでライブ配信される。画像では伝えきれないが、VRゴーグルでは当然360度見回せ、床や天井の細部にもこだわった作り込みが見える。
バーチャルファッションは、ウエアの周りに光を舞わせたり、現実には難しいデザインができたりするのが魅力。その一方で、リアルにあるようなファッションこそ、質感やディテールの再現力が分かりやすく出るため、実は難しい。特に髪や布の軽やかな動きを再現するには技がいり、1ルックをゼロから作るとなると、かなりの時間と労力を要する。そういう背景もあり、発表されたのは1ブランドあたり2ルック程度。しかし、渾身の作品となっている。
MCの紹介と共に、ブランドごとに曲や空間演出が変わり、演者はその服のイメージが最大限引き出すようなウオーキングを披露。「カワイイ!」「すごい」と盛り上がっているゲストたちの会話も聞こえてくる。
しかし、1人だったモデルが2人になった瞬間、私のVRは再びフリーズ。一応ゲーミングPCではあるのだが、重いデータを処理しきれず。まさにもうすぐビームスの番なのに、よりによってのタイミング!!
負荷が大きいVRゴーグルを諦めて、PCだけで入ると決意。その間の様子を見るべく、スマホでユーチューブのライブ配信にアクセス。なんとビームスのステージが始まっていた……。
ビームスは協賛企業として参加。水上路美「ビームス クチュール」デザイナーがディレクションした、初の3D専用衣装で、この時が初公開。1着目はバーチャルネイティブブランド「ナトリエ(Natelier)」と共作した“レースと手刺しゅうのセーラー服”。セーラー服をベースにレースや刺しゅうといった手仕事感を3Dで再現した。
2着目は、主催者でもある「メルティリリー」との共作“オートクチュールのバーレスクドレス”。突如ポールダンサーステージがランウエイの横に2つ降りてきて、キラキラビジューのボディースーツのバーレスクダンサーが登場。この演出は盛り上がる!
ランウエイに登場したのは、ボディースーツの上にオーバースカートを重ねた衣装で、仮面舞踏会を彷彿とさせるマスクも。華やかさ、キラキラ感で、バーチャルファッションの楽しさを大いに表現した。リアルでファッションをけん引するビームスならではの細部へのこだわりと、バーチャルだからできる突き抜け感で、見事な存在感を放っていた。私はそれをスマホで見つつ、なんとかPCで再ジョイン。VRで体験したかった……。
しかし47台のカメラを駆使した配信も、ラグジュアリーブランドの配信さながらの見事なカメラワークと切り替えぶりで感心。
後半の山場はすでにブランドとして人気が高い「エクステンションクロージング(EXTENSION CLOTHING)」のオーナー、アルティメットゆいによる新ラグジュアリーブランド「メゾンダーク(MAISON DARC.)」のお披露目。天井から巨大コンテナが降りてきて、中から車と3人のモデルが出てくる演出はさすがバーチャル。大きな旗を振るモデルの動きもカッコいい。リアルでの商品展開も視野に入れているそうで、今後の展開に注目だ。
「エクステンションクロージング」も金具など細部へのこだわりがありつつ、ランウエイ上でモデルがサングラスを外して、またかけるという演出も。一体どうやったらアバターでそんなことができるのか。
体数が少ないこともあり、一体一体をじっくり見られながら、ブランドごとに演出が異なるので、テンポよく進行。ラストは「メルティリリー」によるウェイディングドレス。人狼の王子と姫の演出はまるで物語の世界で、美しいフィナーレとなった。
最後に主催者ゆいぴがメンバーを紹介し、挨拶。これを個人でやっていることに改めて驚く。昨年12月に初開催で、想像以上の完成度で、コンテンツとしても魅力的。あっという間の1時間だった。作っている人々のバーチャルファッションへの愛と、高いプロ意識が感じられた。途中からPC参加になってしまった無念は残るが、想像以上の体験だった。
バーチャル空間の技術は日々進化しており、衣擦れや重量感、ヒールで歩く時に出る音なども備わるようになるのも、きっと時間の問題。表現の幅がもっと広がり、クリエイティビティー発揮の場として確立されていきそうだ。
とはいえ、ワールドに入れる人数は限られるし、安定した電波環境とハイスペックなPC、最低限のVR機器リテラシーは必要で、そもそもVRゴーグルで酔わない三半規管の持ち主であることも大事。今のところ、誰もが楽しめる“体験”ではないが、“憧れ”を創出できる機会として機能しそうだ。