ファッション
連載 鈴木敏仁のUSリポート

体験して分かった「アマゾンスタイル」の革新性【鈴木敏仁USリポート】

 アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。米アマゾンがロサンゼルスに衣料品のリアル店舗「アマゾンスタイル」をオープンした。衣料品の販売における革新性はどこにあるのか。実際に体験してみた。

 アマゾン(AMAZON)が初のアパレル専門店フォーマット「アマゾンスタイル(AMAZON STYLE)」を5月25日にオープンした。オープンが予告された時点で、私は試着に焦点をあてているようだとこの連載で予測した。確かに試着プロセスの変革に大胆に切り込んでいるのだが、予測をはるかに超えるアイディアが投入されていて、軽い衝撃を受けた。

 前回書いたが軽く復習しよう。アマゾンのリアル店舗は2015年の「アマゾンブックス」が1号店で、その後「アマゾン4スター」「アマゾンポップアップ」「アマゾンゴー」「アマゾンフレッシュ」とフォーマットを増やし、店舗数も100店舗前後にまで到達した。ところが今年3月に突然戦略を転換し、「ゴー」「フレッシュ」、そして「スタイル」の3つに集中して、他はスクラップすると発表したのであった。

 この3月の時点ではまだ「アマゾンスタイル」はオープンしておらず、未開店の業態に注力するという理由は衣料市場の大きさにあるのだろうと私は書いた。書籍やポップアップストアといった限定カテゴリーでは、たとえ大チェーンに育ったとしてアマゾンという巨大な企業を支えるような柱にはなり得ない。裾野の広い分野でのチェーンストア化の方が最終目的地の規模が大きいという目論見だろうと考えたのである。

 ただ実際に店舗を見て、市場の大きさだけではなく、新フォーマットに盛り込まれた画期的なアイディアにも将来性を見いだしているのだろうと考えるに至った。

 これも前回書いたことだが、アマゾンでしかできない何かがなければリアル店舗をやる必要はないとジェフ・ベゾスは言っていた。「アマゾンスタイル」はまさに今まで存在しなかった革新的な技術が盛り込まれており、ベゾスの信念は忠実にコミットされているようだ。

40ある試着室による新プロセス

 オープンしたのはロサンゼルス郊外に立地するライフスタイルセンター(Americana at Brand)で、店舗面積は公称3万スクエアフィート(2787平方メートル)。「H&M」や「ユニクロ(UNIQLO)」の大型店舗ぐらいといったところだ。しかし、40ある試着室とつながっているバックルームやピックアップ、返品カウンターが大きめに取られているので、実際の売り場面積はそれほど大きくない。

 従来のアパレルショッピングとの大きな違いは4つだ。1つめは、売り場はショールームで陳列されている商品は買えないこと。2つめは、買い物プロセスの全ての起点がスマホのアプリであること。3つめは、試着プロセスにかつてない新しい手法を取り入れたこと。そして4つめが、売り場の店員と、商品を準備する専用の店員と、作業プロセスの違いで2つに分けたことにある。1はすでに実験されていることで驚きはないが、画期的なのは2~4である。

売り場はショールーム

 まず入り口に大きな看板があり、掲示されたQRコードをアプリでスキャンするとスタイルサーベイと称するアンケートがスタートする。男か女か、カジュルアルかアスレジャーか、パンツならばスリムかレギュラーかといった、求めているものがどれなのかを選び、これを元にAI(人工知能)が分析して推奨商品を選ぶ。同社はこのために新たなアルゴリズムを開発したと言っている。

 売り場はテーマやブランド別で従来通りだが、インフルエンサーによる推奨コーディネート売り場が大きめに取ってある点が目を引いた。展示されているQRコードをスキャンすると、陳列されているアイテム全てがアプリに表示される。また陳列はハンギング主体でたたみは少ない。ハンギング主体なのは売り場がショールームなのでサイズや色違いを重ねて陳列する必要がないからだろう。作業負荷が低いことは言うまでもない。

 各アイテムに付く紙タグの表示はコードとサイズだけ、ハンガーに付けられたEインク型電子棚札に売価とQRコードが表示される。売価は19.99~25.99ドルというようなレンジ表示で、QRコードをスキャンするとアイテムページが開いて売価やスペックが表示される。プライム会員には値下げする、何度も表示するような人には背中を押すために値下げする、といったダイナミックプライシングである。

 これはすでに「アマゾンブックス」でやっており技術的な驚きはないが、アパレルに持ち込まれると新鮮さを感じざるを得ない。

試着プロセスに投入した画期的なアイディア

 アプリのアイテム表示ページでは、試着するか、またはピックアップカウンターで受け取るか、の2つの選択肢が提示される。試着を選ぶと10分程度で利用可能になり、試着不要でそのまま買う場合は後者を選ぶのだが、どちらを選んでも、バックルームで働いている店員(売り場の店員と区別するため、ここから「作業員」と呼ぶ)が選択アイテムを在庫スペースから運び出し、前者は試着室へ、後者はカウンターへ移動させるというプロセスが後方で動くことになる。

 この2つの選択肢は買い物中に増やしていくことが可能、急いで試着室やピックアップカウンターに行く必要はない。

 ちなみに試着室準備完了やピックアップ可能といった連絡はアプリのプッシュ通知が利用される。

 通知が届いたら指示された番号の試着室に行き、アプリで解錠して中に入ると、自分が選んだアイテムに加えてアマゾンのAIが選んだ推奨商品も用意されている。また壁面に大型画面の端末が据え付けられていて、ユーザーにカスタマイズされたアイテムが表示されており、端末に表示されている推奨商品を試着として加えることも可能である。この試着室にあらかじめ用意される推奨と、端末に表示される追加の推奨が、アマゾンによる新たな試着プロセスの1つめの革新性である。

 店員がお客との会話の中から自らのノウハウで選ぶという従来の推奨プロセスを、AIを使いオートメション化し、それを試着室内で完結するプロセスにしてしまったことに新鮮さがある。

 しかし、これ以上に私が感嘆した2つめの革新性は試着室の設計デザインだ。お客が出入りする正面のドアと、作業員が出入りする裏のドアと、2つドアを作り、二重ドアにする。お客側を開けなければ室内をのぞかれることがなく、ドアとドアの間の空間をクローゼットのようにして商品を置けるスペースとしているのである。

 追加のアイテムが届くと赤ランプと内側のライトが点灯、赤ランプ点灯中は作業員側のドアが開いているがお客側のドアはロックされてセキュリティが確保され、赤ランプ消灯後に解錠された客側ドアを開けると商品が届けられている。

 例えば、試着として10着を選ぶとする。1着の段階で試着室に入っても、正面ドアを開けることなく残りの9着が作業員側のドアから届けられることになる。壁面の端末から選んでも同じように届けられる。つまり、売り場で選んで試着室に入り、気に入らないから出て、売り場で選んでまた試着室に入りという繰り返しが不要になるのだ。

 このドアを2つ作るという設計デザインは過去存在せず、その斬新さに私は目を見張った。

 試着というプロセスは近代的な小売りビジネスが確立して以来ほぼ大きな変化が起きておらず、店員にもお客にも大きな負担がかかり続けてきている分野である。この負担を過去なかった大胆なアイディアで軽減するというわけで、イノベーションをもたらす可能性を私は感じている。

売り場の店員とフルフィルメント店員を分離

 レイアウト上、入り口から入ってすぐ右にピックアップカウンターがあり、右サイドから奥にかけての壁面に試着室が並び、この試着室の裏側は、作業員が動く通路となっている。この通路はピックアップカウンターへもつながっており、作業員は売り場の外辺をストレスなく移動できるレイアウトとなっている。

 また試着室は2階にもあり、この2階は在庫スペースともなっていて、エレベーターを使って商品を移動しているようだったが、1階にも在庫スペースがあるかもしれず、このあたりははっきり確認できなかった。

 お客から注文が入ると、作業員はアイテムを選び、試着室かピックアップカウンターに運び、残ったアイテムは元に戻す、作業員はこれを繰り返すわけだが、この一連のプロセスにフルフィルメントセンターで利用しているピッキングシステムを使っているとアマゾンは説明している。

 アマゾンは従来の店員の仕事から商品の持ち運びという作業を切り分けて、フロア店員とフルフィルメント店員と2つの職種を用意し、2つの機能が交差せずストレスなく進行するよう店内レイアウトを工夫したと説明できるだろう。

ストレスフリーな買い物経験

 公称されているが確認できていない機能としては、店頭でスキャンした商品は履歴に保存されて後日のネットやリアルの買い物に利用可、ネットで買った商品を店舗に送り試着できるという2つで、前者はウェブ上のブラウジング履歴で確認できず、後者についてはあえて店頭にある商品を選んで買い物カートに入れてみたが選択肢として試着は出てこなかった。これから導入する機能なのかもしれない。

 さて、最後に実際に買い物をした感想を記しておきたい。QRコードのスキャンでスペックやレビューを確認できる便利さは言うまでもないのだが、もっともストレスフリーだと感じたのは試着や買うつもりの商品を手に持つ必要がない点だ。

 試着または買いたい商品が決まったとして、さらに買い物を続けるときはそれらを手に持って店内を歩く必要がある。気の利いた店員がいると試着室に取り置いてくれることもあるが他人の手をわずらわす微妙なストレスがあり、誰も気にせず好きなだけ買い物を手ぶらで続けられるという開放感は初めての感覚で新鮮だった。

 またピックアップカウターには商品を1時間キープできるので、他に買い物に行って戻ってくるということも可能である。

 マーチャンダイジングの評価はとりあえずここではおいて、アパレルの買い物プロセスに大きな影響を与える画期的なフォーマットだと思っている。アマゾンのクリエイティビティーには脱帽としか言いようがない。

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