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「文化の盗用」って何を盗んでいるの? 考えたい言葉 vol.7

 「WWDJAPAN」ポッドキャストシリーズの新連載「考えたい言葉」は、2週間に1回、同期の若手2人がファッション&ビューティ業界で当たり前に使われている言葉について対話します。担当する2人は普段から“当たり前”について疑問を持ち、深く考え、先輩たちからはきっと「めんどうくさい」と思われているだろうな……とビビりつつも、それでも「メディアでは、より良い社会のための言葉を使っていきたい」と思考を続けます。第7弾は、【文化の盗用】をテーマに語り合いました。「WWDJAPAN.com」では、2人が対話して見出した言葉の意味を、あくまで1つの考えとして紹介します。

ポッドキャスト配信者

ソーンマヤ:She/Her。入社2年目の翻訳担当。日本の高校を卒業後、オランダのライデン大学に進学して考古学を主専攻に、アムステルダム大学でジェンダー学を副専攻する。今ある社会のあり方を探求すべく勉強を開始したものの、「そもそもこれまで習ってきた歴史観は、どの視点から語られているものなのだろう?」と疑問を持ち、ジェンダー考古学をテーマに研究を進めた。「WWDJAPAN」では翻訳をメインに、メディアの力を通して物事を見る視点を増やせるような記事づくりに励む

佐立武士(さだち・たけし):He/Him。入社2年目、ソーシャルエディター。幼少期をアメリカ・コネチカット州で過ごし、その後は日本とアメリカの高校に通う。早稲田大学国際教養学部を卒業し、新卒でINFASパブリケーションズに入社。在学中はジェンダーとポストコロニアリズムに焦点を置き、ロンドン大学・東洋アフリカ研究学院に留学。学業の傍ら、当事者としてLGBTQ+ウエブメディアでライターをしていた。現在は「WWDJAPAN」のソーシャルメディアとユース向けのコンテンツに注力する。ニックネームはディラン

若手2人が考える【文化の盗用】

 欧米を始めとする支配的な立場にある文化が、マイノリティーの文化を使用し、“わが物化”してしまうこと。まず、欧米の先進国出身のデザイナーに比べて、アフリカやアジアなどの地域のデザイナーは活躍の機会が少ない。だからこそ特定の文化を扱ったデザインは当事者がまず使用できる環境にあるべき、という考えが前提にある。文化の盗用になる原因が、1.文化の使用者と当事者の経済的・文化的パワーバランスが不均等であること、2.使用者のみに金銭的利益が生まれ、当事者が除外されていること、3.その文化を持つ人々や文化そのものを間違って表現していること、ステレオタイプを助長していること、など。つまり、さまざまな要因が重なり合って起こる社会課題である。

 英語では「カルチュラル・アプロプリエーション(Cultural Appropriation)」と呼ばれ、「アプロプリエート」は、時、場所、シチュエーションなどにふさわしい、すなわち「適応させる」という意味から派生し、公共物を“わが物化”することも指す。文化は国や地域から生まれるというイメージだが、特定のジェンダーやセクシュアリティー、障害のある人々の間など、さまざまなコミュニティーで存在する。

クリエイティビティーとの両立

 ファッション業界では、 インスピレーション源にあらゆる文化を使うことがたびたびあり、それが文化の盗用に当たると指摘される事例が増えている。そして文化の盗用に慎重になりすぎることで、クリエイティビティーが抑圧されてしまうと考える人も多い。新しいことや、唯一無二を常に求めるデザイナーやアーティストは、絵画の「オリエンタリズム(orientalism)」などの文化を引用してきた。これまでは、他文化を使用することで、異国的で真新しく見える「エキゾチシズム(exoticism)」の影響があった。しかしデジタル・グローバル化が進んだ今、その“錯覚”は通用しなくなり、違和感を持つ人が増えた。ただ、つながる手段が増えたことでその文化の当事者への依頼や、協業が可能になった。

【ポッドキャスト】

「WWDJAPAN」ポッドキャストシリーズはSpotifyやApple Podcastsでもお聞きいただけます。

WWDJAPAN PODCAST
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「文化の盗用」って何を盗んでいるの? 考えたい言葉 vol.7
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下記にて、ポッドキャストで取り上げた事例を紹介します:

事例1 キム・カーダシアンの「キモノ」

 アメリカを拠点にするセレブリティー、キム・カーダシアン(Kim Kardashian)が2019年に立ち上げた矯正下着ブランド名を「キモノ(KIMONO)」にしようとした。結果「スキムス ソリューションウエア(SKIMS SOLUTIONWEAR)」に決まったものの、「キモノ」という言葉を使うことが文化の盗用だという声が多く集まった。ここでの問題点は影響力のあるセレブリティーが、和服の着物とは明らかに異なる下着に「キモノ」という名前を使うことで、文化が上書きされてしまうことである。「下着に『キモノ』という名称を使うのは無礼」という批判もあったが、下着の呼称として問題なのではなく、商標登録によって英語圏で着物という言葉の意味が変わってしまうことが懸念された。

事例2 ハロウィンのコスチューム
 「名誉を傷つける・ステレオタイプを助長する」文化の盗用は、ハロウィンのコスチュームに見られる。必ずしも明るい歴史だけではない伝統衣装や文化的装いを、“かわいい”“面白い”部分だけを抽出してコスプレし、さらにそれを“セクシー”にアレンジして着る行為は、当事者が性的対象と見られることを助長したり、文化の歴史を修正したりしてしまうことにつながりかねない。またハロウィンはお化けやキャラクターなど、“架空のもの”に仮装することを楽しむ行事でもあるので、リアルに生活をしている人物に“仮装”することはその人々を非人間化してしまうのではないだろうか。

事例3 「ザラ」のバッグがメキシコで炎上

 大手ファッションブランドの「ザラ(ZARA)」は、メキシコで日常的に使われているショッピングバッグ「メルカドバッグ」と類似した商品を発売し、文化の盗用と指摘された。ここでの問題点は、「ザラ」親会社のインディテックス(INDITEX)はスペインの会社であり、メキシコはスペインの植民地だった歴史があるため、経済的パワーバランスが大きく異なること。現地では40ペソ(約200円)で売られているのに対し、「ザラ」のバッグはその20倍以上の価格で売られている。しかし発祥地であるメキシコや、現地で暮らす人々には利益が一切発生していない。これに対して、メキシコのファッション史について詳しいダニエル・エランツ(Daniel Herranz)は「(オリジナルとされるバッグのデザインは)どこにも登録されていないし、保護も受けていない。ラテンアメリカだったらどこにでもあるバッグだ」と「ザラ」を擁護。しかし人々の思いや尊厳が関わるため、「法律的に間違っていないから大丈夫」で済む問題ではないと理解するのも大事だ。

事例4 バティック技法の発祥地

 原色の幾何学模様「アフリカンワックスプリント」は、多くの人がアフリカ風の柄としてイメージするはず。主に西アフリカの伝統衣装として普及しているが、実はインドネシアの伝統的なろうけつ染めのバティック(batik)に由来する。1800年代にインドネシアを統治していたオランダが大量生産し、インドネシアに輸出するも現地では受け入れられず、それをオランダ領のギニア海岸に再輸出したことが始まりだ。そのため、オランダの会社ブリスコ(VLISCO)がアフリカンワックスプリントを“所有”している背景がある。近年は、中国企業が生産したアフリカンワックスプリントがアフリカ市場で需要が増し、世界から批判の声が上がった。歴史的背景を考慮すると、アフリカンワックスプリントの文化をブリスコが所有できるのか明らかではなく、この問題は“文化の所有者”を考える難しさがある。

その他:事例のその後・社会ができる一例
 文化の盗用による炎上が、SNSで留まることなく、行政や企業を動かす事例もある。「キモノ」のケースでは、京都市の門川大作市長が公式に名称変更を訴える公式文書を発表した。メキシコのアレハンドラ・フラウスト・ゲレロ(Alejandra Frausto Guerrero)文化相も、ファッション業界が先住民の文化を尊重する重要性について、「『私たち抜きに、私たちのものを使うな(Nothing from us without us)』ということを推進したいと考えている」と明言。女性たちが育てた「フェムテック」も、男性中心の企業や体制を持つ業界が「今話題となっているから」と安易に利益につなげることも問題視されており、「当事者性」を考えなくてはいけない。

 文化の盗用の問題は、自分のマジョリティー性(どれだけ社会的に力を持っているか)を、またはマイノリティー性を自覚し、さまざまなコミュニティーへの考慮が必要となる。炎上を避けることがゴールではなく、よりインクルーシブ(包括的)な社会のために何ができるかを考える過程に過ぎない。ここまではOKでこれ以上はダメ、と形式的に理解して境界線を探るのではなく、社会にどのような影響があるのかを考える想像力と対話が求められる。

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