
博展は、1967年の創業から50年以上にわたり“体験”を通じたコミュニケーションデザインを基盤に事業を広げてきた。クリエイティブや実現力などの強みを発揮し、現在はイベント領域だけにとどまらず、街づくりやIP、エンターテインメント領域のビジネスにも挑戦している。同社の成長をけん引するBtoCマーケティング事業のトップに、博展が基軸にする「エクスペリエンスマーケティング」とその現在地、そして未来の展望を聞いた。
博展のルーツは歌舞伎の舞台装飾

博展の成り立ちについて、BtoC事業を率いる木島大介さんは「歌舞伎の舞台装飾をルーツに持ち、展示会や大規模見本市のブース装飾の大工仕事から始まった会社で、施工だけでなくブースのデザインや設計までを手掛けるようになり、展示会ビジネスと共に成長してきた」と説明する。企業の展示ブースというBtoBマーケティング事業のほか、現在はBtoCマーケティング、行政・自治体事業と街づくり、商環境事業の4本の柱で事業を構成している。
掲げるパーパスは“人と社会のコミュニケーションにココロを通わせ、未来へつなげる原動力をつくる”。「創業以来、クライアントワークを通してその先の消費者に対して体験を届けてきた。現在、社員数はグループ全体で600人を超える規模になった。体験デザインがクライアント企業だけでなく、その先の社会を動かす未来に向けた原動力になるという思いを込めている」と語る。
事業拡大の鍵となったのが、BtoC領域、つまり企業が消費者向けに行うポップアップやイベントへの本格参入だった。「10数年前は事業の9割が展示会だったが、BtoC領域が大きく伸長し、事業の一翼を担うまでに成長した。事業を広げるうえで重要なキーワードが、エクスペリエンスマーケティングだった」と振り返る。
「人は読んだことの10%しか覚えていないが、体験したことの90%は忘れない」と言われている。そこから「人の記憶に90%残る体験価値を生かし、ブランドのファンを増やすことを目指した」という。こうした考えのもと、さまざまな企業やブランドの“体験”をデザインする事業の領域を拡大してきた。
一気通貫の社内体制
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KITTE丸の内 「KITTE座 提灯音頭」:2025年8月、KITTE丸の内アトリウムで大小さまざまな提灯を飾った夏祭りイベントを開催。茨城・京都・福岡の提灯職人が手掛けた提灯に照明を仕込み、オリジナル楽曲「提灯音頭」に合わせて動く仕掛けを作った。地方と都市をつなぐ“東京”という場所と施設の文脈を考え、地方の提灯職人の技術を結集した
「豊岡鞄」地域と鞄職人の誇りを未来へつなげるブランド活動:日本有数の鞄産地である兵庫・豊岡市の地域認証ブランド「豊岡鞄」のマーケティング・ブランディングプロジェクトを3年かけて実施。1年目はマーケティング・ブランディング戦略およびブランドステートメントなどの策定、2年目は写真や映像などのクリエイティブアセットの開発、3年目はPR活動の一環として「夢のかばんプロジェクト」を実施。写真は展示会「豊岡鞄展」の様子
「視点の拡張譜-未来に響くデザインの記録」:サステナブル・ブランド ジャパンが主催する、全国の企業・団体によるサステナビリティの取り組みをプロダクトデザインの切り口で集めた展覧会がGOOD DESIGN Marunouchiで開催された。博展は、本展覧会のキュレーションから企画、空間設計までを手掛けた
「TORANOMON SABOTAGE -都市を使いこなす社会実験-」:虎ノ門ヒルズ ステーションタワーのTOKYO NODE LAB で2024年、R&Dプロジェクト「TORANOMON SABOTAGE」を発表した。虎ノ門エリアでは「息抜きする人が多い」という特徴をフィールドワークから発見し、サボり(息抜きし)たい人に向けた“おすすめのサボり場所”を紹介する缶コーヒーの自動販売機を設置。リサーチによって導いた、自動販売機や純喫茶が多いといった地域特性を踏まえつつ、アナログなアプローチによって街の魅力を再発見した
東京・辰巳にある制作拠点「HAKUTEN T-BASE」。社員に大工がいて、構想段階でプロトタイプを制作できるのも博展の大きな強みだ。各セクションの“共創拠点”としてだけでなく、外部パートナーやアーティストが活用することもある
成長を支えるのは、博展が持つ3つの強みだ。1つ目はクリエイティブ。競合に大手広告代理店がひしめく業界内で、9割以上のクライアント企業と直接取引し、企画からデザイン、制作、運営まで一気通貫で担う。「社内には約130人のクリエイターが在籍する。空間デザイナーをはじめ、“体験デザイン”に特化した専門性を持ったクリエイターが集まる点が特徴だ」。
2つ目は実現力。「モノ作りのルーツが唯一無二の実現力につながっている」。東京・辰巳に大規模な制作スタジオ「HAKUTEN T-BASE」を構え、「“制作拠点から共創拠点へ”をコンセプトに、外部クリエイターと自社の大工が共に制作する環境を整えている」。
3つ目はサステナビリティだ。「会期を終えると設備は全て廃棄されるイベントビジネスは、サステナビリティとは対極にあった。このままではビジネスの持続性がないと考えた」と振り返る。そこで、会場作りから携わる強みを生かし、リサイクル素材や環境負荷の少ないマテリアルの活用を推進。2030年には「100%資源循環型のイベントの達成」を目標に掲げている。
近年では、コスメブランドの使用期限を迎えた香水の廃ガラスを新たなプロダクトに生まれ変わらせる取り組みなど、クライアントの製品づくりにおける製造工程で出る廃棄物から新たなプロダクトを開発する、製品開発の共創領域にまで踏み込み始めている。
また、目下注力し始めているのが分析と効果検証だ。体験プロモーションは、費用対効果の可視化が難しいという課題がある。「課題だからこそ、大きな可能性がある」と捉え、イベントDXを加速させるサービスや、ブランドごとに異なったターゲット層の行動分析を伴った事前の集客広告やイベントのLP制作、イベント終了後の行動分析など、イベントのROI(投資対効果)の可視化に向けた仕組み作りに挑戦している。行動分析に加え、集客の告知やLP制作までを含めたパッケージ化に取り組むことで「将来的には独自の体験データを指標化し、クライアントへフィードバックできる仕組みの構築とサービス提供を目指す」と意気込む。
Z世代クリエイターの感性と「実現力」
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銀座資生堂ビル ウインドーアート「在る美」:東京・銀座の資生堂ビルで2023年10〜12月に展開されたディスプレーをデザイン。「伝統工芸が持つ日本古来の美意識」をテーマに、京都の和傘職人とともにクリスマス装飾を制作し、資生堂の美学を通じて街を行き交う人々の心を彩った PHOTO : MASAYUKI HAYASHI
「在る美」は世界三大デザイン賞の一つとされる「Red Dot Design Award 2024」でグランプリを受賞し、国内外で多数の賞に選出されている。「単なるウインドーディスプレーにとどまらず、伝統工芸とテクノロジーを掛け合わせることで、動きで魅せるキネティックアートに昇華させた点が海外のアワードで特に評価された」と中島健希エクスペリエンスマーケティング事業ユニット#2 クリエイティブ局 プランナー/クリエイティブディレクター PHOTO : MASAYUKI HAYASHI
博展は、和傘でクリスマスツリーを作るアイデアの発案から職人とのマッチング、制作までを担当。「ゆっくりと和傘が開閉する動きも設計し、制作スタジオ「T-BASE」で実寸大のプロトタイプを作りながらブラッシュアップした」と真崎大輔エクスペリエンスマーケティング事業ユニット#2 クリエイティブ局 チーフプランナー PHOTO : MASAYUKI HAYASHI
サントリー バー「グラスとコトバ」:渋谷キャストで開催されたサントリーの洋酒のイベントプロモーションを担当。壁一面に飾られたグラスと、さまざまな気持ちを表す言葉が記されたコースターから好みのものを選ぶと、そのイメージに合ったカクテルが楽しめるバー「グラスとコトバ」を設計。カクテルの新しい楽しみ方を提案した。企画立案はチョコレイト、博展は空間デザインと体験設計、施工を担当した
イベントでは、さまざまなグラスとともに言葉をのせたコースターを添えた。「体験設計で工夫したのは、映像のシナリオ(コンテ)を起点に空間を組み立てたこと。各体験シーンをワンビジュアルで切り取ることができる撮影画角を狙って空間を構成したり、映像の場面転換に有効なカーテンをめくる動作をエリア移動の際に行う動きとして取り入れたりした」と中島健希エクスペリエンスマーケティング事業ユニット#2 クリエイティブ局 プランナー/クリエイティブディレクター
博展の社員の平均年齢は若く、20代の若手が中心となり活躍している。新卒採用に積極的な文化が事業の成長を加速させてきた。「ブランドは未来の購買層である若者の視点を求めている。当事者の世代が携わり、深く考察した顧客インサイトに基づく新しい体験を生み出す点が評価されている」。デジタルネイティブな若い世代ならではのアイデアやこだわりを、社内のベテランや大工らが精度高く空間や“体験”に落とし込む。「プロの制作・施工管理が支える『実現力』があるから、若手が新しい発想を積極的に生み出し、早くから活躍できる」と続ける。
社内には、専門性に特化したクリエイティブ・コレクティブも擁する。「会社の規模が大きくなると総合力が高まり、発想が丸くなる危機感があった。より専門性の高い尖ったクリエイティビティーを発揮すべく発足した」。サステナビリティに特化した「サーキュラーデザインルーム」やZ世代のみで構成する「Intangible Studio」など、専門性を強めた個性豊かなコレクティブが活動している。
“体験といえば博展”
2025年12月10〜13日に制作スタジオ「T-BASE」で開催した「Hakuten Open Studio(HOS)」の様子 PHOTO : DAISUKE MURAKAMI
木島さんは今後注力する領域として「IP・エンターテインメント領域」を挙げた。今まで企業やブランドの世界観を体現する体験デザインの設計力と実現力を武器に、漫画、アニメ、キャラクターなどのIP領域に本格的に参入する。
キーとなるのは、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーの開業前から参画しているTOKYO NODE LABだ。「新たな都市体験を生み出すには、そこに関わるクリエイターや企業が重要」との考えから、テクノロジー、アート、エンターテインメントを融合させた「新しい都市体験」を創出するプロジェクトを数多く推進している。
博展はTOKYO NODE LABではリアル領域のプレーヤーとして参画しており、開業後に行われてきた数々の企画展に携わってきた。「来年はIP・エンターテインメント領域の専門事業部を立ち上げ、強化していく。TOKYO NODEで2026年1月末から3カ月間開催される『攻殻機動隊展』もその取り組みとなる」。
今後については「“体験の博展”という立ち位置を市場で確立したい」と展望を明かした。「広告業界における当社の存在感はまだ大きくない。デザインのアワードは数々受賞しているが、広告賞はまだ獲得できていない。イベントROIへの挑戦もその一環だ。体験価値をメディアと捉え、存在感を発揮していく」。リアルな体験というコミュニケーションを軸に、博展の挑戦は続く。
木島大介(きじま・だいすけ)/博展エクスペリエンスマーケティング事業ユニット#2 ユニット長:2009年、新卒入社。以来、主に展示会や主催イベント等数々の案件に従事。15年から現在のBtoC領域の事業部に異動し、プロデュース部署の部長を経て24年に事業責任者に就任。TOKYO NODE LAB参画プロデューサーも務めている。「人は体験したことの90%は忘れない」を信念とし、日々体験価値を追求している
TEXT : CHIKAKO ICHINOI
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博展