名古屋で高級時計の商戦が熱を帯びている。名古屋の百貨店2強と呼ばれるジェイアール名古屋高島屋と松坂屋名古屋店が、それぞれ売り場面積を2倍に増床。有力専門店やブランド直営店・販売店の出店も相次ぐ。富裕層が多いといわれ、数百万円以上の高額な時計がよく売れるエリアとして知られる名古屋だけに、関係者の鼻息は荒い。(この記事はWWDジャパン2022年6月27日号からの抜粋です)
中京圏最大の繁華街・栄にある松坂屋名古屋店。北館5階に新しい時計売り場「ジェンタ ザ ウォッチ」が7月6日オープンする(グランドオープンは秋予定)。改装費用など12億円を投じ、売り場面積は従来の2倍の1400㎡に拡大する。人気ブランドの品ぞろえを充実させ、特に最大の稼ぎ頭である「ロレックス」の面積は3倍にする。
松坂屋名古屋店の小山真人店長は「開放的な新しいタイプの時計売り場にしたい」と話す。既存の重厚な雰囲気の売り場は、若い世代が入りにくいと指摘されていた。広い面積を生かして、各ブランドの世界観をより魅力的に訴求するだけでなく、リペアの工程を見学できる「時計修理工房」、ブランドのプロモーション動画を投影するパブリックスペースなど、時計好きが長く滞在できる空間演出を施す。また時計情報・正規販売店検索サイト「グレッシブ」との協業によるオウンドメディアを設け、オンライン上での接点を増やす。
売上高日本一の 時計売り場めざす
増床を決断したのは、高級時計市場にポテンシャルを感じていたからだ。同店の時計販売は右肩上がりで成長してきた。金額は非公表ながら、直近の2022年2月期の時計の売上高は、10年前に比べて2倍以上。コロナ下で富裕層の消費が高額品に向かうのは他の大都市と同じだが、名古屋の場合、コロナ前から訪日客の割合が東京や大阪に比べて格段に低かった。訪日客消失のダメージは少なく、大手製造業など高所得の人が多い土地柄に支えられている。
改装初年度の売上高の目標は前年比15%増に設定する。現在も高級時計の販売では日本最大級といわれる同店だが、増床を機に「百貨店売上高において日本一の時計売り場を目指す」と宣言する。
他の百貨店も時計強化に動く。近隣にある名古屋三越栄店は6月20日、1階にスイス高級時計「パテック フィリップ」をオープンした。時計売り場は6階にあり、同ブランドも展開していたが、面積を2倍に広げて1階の一等地に引っ越した。開店に先駆け、名古屋三越の社長や同ブランド日本法人のCEOが登壇してテープカットを行うなど、期待の高さがうかがわれた。同店の担当者は「『パテック フィリップ』を1階の視認性の高い場所で展開し、既存・新規の顧客を囲い込みたい」と話す。
百貨店の外でも高級時計の動きは活発だ。松坂屋の向かいには、6月1日、東京の高級時計・宝飾専門店「ヨシダ」が3フロアの店舗をオープンした。この1、2年で大津通には「オーデマ ピゲ」「ロレックス」「IWC」「ウブロ」などの直営店や販売店の出店が続いている。
大丸松坂屋百貨店の親会社であるJ.フロント リテイリング(JFR)は、大津通と広小路通の交差点で開発する複合施設「(仮称)錦三丁目25番地街区計画」に、パルコ運営の高級ショッピングモールを26年に開く。JFRが運営するギンザ シックスのようなモールになることが予想され、ここにも高級時計が複数入ることになりそうだ。
時計は外商の入り口にもなる
時計商戦の激化は栄だけでない。
もう一つの繁華街である名駅(名古屋駅周辺)では、名古屋の一番店であるジェイアール名古屋高島屋が昨年7月に新しい時計売り場「タカシマヤ ウオッチメゾン」をオープンしている。場所は同店の館外。近くで三菱地所が運営する大名古屋ビルヂングの1〜2階で、売り場面積は1200㎡。移転前に比べて面積は約2倍になった。「ロレックス」「ジャガー・ルクルト」「ブレゲ」「オメガ」の4ブランドがけん引し、数百万円の高額モデルがコンスタントに売れる。初年度の売上高は、移転前の約1.5倍で着地する見通しだ。
ジェイアール名古屋高島屋で時計担当の赤堀健氏は「高級時計を求めるお客さまの熱量と、大名古屋ビルヂングの低層階という地の利が味方した」と話す。ジェイアール名古屋高島屋は駅直結とはいえ、移転前の時計売り場は10階のため、目的を持った客しか呼び込めなかった。ターミナル近くの低層に売り場を構えることで、ふらっと立ち寄れるようになった。駅を利用する広域商圏の新しい客へのアピール効果が増した。
コロナの落ち着きを受けて、今後は控えていたイベントに力を入れていく。赤堀氏は「製造業が盛んな土地柄からか、時計の(トゥールビヨンなどの)複雑な機構への関心が高い。実演のイベントなどでお客さまの満足度を高め、『タカシマヤ ウオッチメゾン』の認知を高めたい」と話す。
百貨店にとって時計は、一アイテムにとどまらない戦略的な意味合いを持つ。消費の2極化を受けて百貨店は、外商事業の強化に足並みをそろえる。時計はアプローチしきれていなかった若い富裕層への糸口になるのだ。
外商事業が店舗売上高の45%を占める松坂屋名古屋店は、「富裕層ビジネスでナンバーワン」を掲げて、MDやサービスを磨き直している。小山店長は「昔ながらの外商の“トラディショナルリッチ”のお客さまとは価値観が異なる、“ニューリッチ”のお客さまとの結びつきを深めたい。高級時計はその入口としても機能する」と話す。