ファッション
連載 コレクション日記

メンズコレ裏街道記 パリメンズに初挑戦した「ダブレット」と「ターク」を見て思うこと

 1月16日。晴れ。日程が過密なパリ・メンズの中でも特にこの日はスケジュールがぎっちりで、朝から何だか落ち着きません。でもそのそわそわとした気持ちはスケジュールのせいだけではなく、この日にパリコレデビューを飾る日本の2ブランドがショーを控えているからでもありました。井野将之デザイナーの「ダブレット(DOUBLET)」と森川拓野デザイナーの「ターク(TAAKK)」です。

15:15 ターク

 前のショーから少し時間が空いたため、珍しく昼食をとる時間が作れました。しかも比較的ゆっくりと食べられるほどゆとりがあります。でも、気がつけばいつも通りの早食いをきめて、会場に到着していました。ショー開始は15時15分。僕が会場に着いたのが15時ちょうどぐらい。どんなショーでも基本的に20分前後遅れて始まるので、会場に着くのは早すぎるぐらいです。でも、なぜだか行かずにはいられませんでした。会場に到着すると、森川拓野デザイナーが入り口付近で忙しそうに挨拶まわりをしています。前日も会場で深夜2時まで作業や打ち合わせをしていたらしく、寝不足のせいか顔色はめちゃくちゃ悪い。日本から帯同している広報も目を充血させながら、にこやかに振る舞っています。みなさん明らかに満身創痍。(本番前にこのバタバタで大丈夫か……)と少し心配していたところに、森川デザイナーが駆け寄って来てくれました。僕からは「頑張ってください」としか言うことはできないなと考えていると、先に森川デザイナーから「良いショーを見せられると思う」とだけ言い残し、再びバックステージへと帰って行きました。ファッションの舞台でここまで真剣に戦っている人たちを目の当たりにし、まだ会場に入ってもいないのに泣けてきました。実際にショーを見ると、これまでとは明らかに違います。パリという大舞台で戦うために、洗練されたスタイルへと舵を切ってきたという印象でした。よく見るとこれまでの「ターク」のドロっとした濃厚な強さはあるものの、フロッキーに見立てたデニム素材やチュールを重ねたような奥行きのあるチェック柄、チェーンパーツの使い方など、これまでに感じることのなかったエレガンスを感じました。これまでよりもスタイルをぐっとハイファッションに寄せています。ショーを一緒に取材したジャーナリストのエリー・イノウエ(ELIE INOUE)さんやカメラマンの土屋航さんは、興奮気味に「めっちゃよかった」と口をそろえます。でも「ターク」の濃厚さが人間っぽくてが好きだったひねくれ者の僕にとって、本当にいいコレクションだったか、ショーの直後はいろいろ考えていました。

「ターク」2020-21年秋冬パリ・メンズ・コレクションより

16:30 ダブレット

 奇しくも「ターク」とほぼ同時間帯での開催となったのは、2018年の「LVMHプライズ」でグランプリを獲得した「ダブレット」です。会場に着くと、早くも異様なムードが漂っています。入り口横にはなんと、日本のレトロな定食屋のようにラーメンやステーキなどの料理サンプルがウインドウに並んでいます。その時点ですでにワクワクするのですが、会場内に入ってさらに度肝を抜かれました。外観は定食屋なのに、中身は完全にファミリーレストラン仕様だったからです。本物そっくりなメニューが置かれていたり、お菓子コーナーやおもちゃコーナーがあったり、フローズンの機械を設置していたりと、もう爆笑の連続。すでに「ダブレット」ワールドに引き込まれてしまいました。いよいよショーが始まると、BGMの「We Are the World」のしっとりしたイントロの違和感にじわじわきて、笑いすぎて頬が痛くなるほど。とはいえ、演出に服が付いてこなければショーをやる意味はありません。われに返って取材モードに切り替え、真顔でモデルの登場を待ちます。そして10秒後、再び爆笑していました。だってリアルな寿司のプリントや立体になったパンダのウエアやシューズ、くり抜く前のプラモデルを模したバッグやニットなど、これでもかというほどのユーモアが連続したから。でもただ面白いだけではなく、段ボール風の素材はピッグスキンに特殊な加工を施していたり、プラモデルのアイテムは一つ一つのパーツが精巧に計算されて作られていたりとものすごいテクニックで作られているからこそ、なおさら引き込まれます。「ダブレット」チームにしかできない特殊技術をこれ見よがしに主張するのではなく、“笑い”という全世界共通のフィルターを通して表現することで、より共感されて愛される服になる。涙した「ターク」とは一転、多幸感に溢れたショーとなりました——フィナーレを終えるまでは。

「ダブレット」2020-21年秋冬パリ・メンズ・コレクションより

 ショーが終わり、次の会場に向かおうとすると、井野デザイナーの奥様が「まだまだですね」と涙を流しながらダメ出しをしています。その姿を見て僕もハッピーな表情から一転し、必死に涙をこらえました。「ターク」のように大舞台に真っ向勝負するショーでも、「ダブレット」のように人を楽しませるショーでも、裏側には携わる人たちの個々の思いがあります。しかし僕たちの仕事は、ショーという“結果”を見て、クリエーションの質や現在のマーケットを開拓できる可能性があるかどうかというビジネス的な考察を綴ること。プロセスは大事ではありますが、その部分に左右されすぎると、フラットな視点が揺らいでしまう可能性がある。でも、これまでの2人のファッションに対する強い思いを見てきたからこそ、ブランドに携わる人たちを大切にする姿勢を見てきたからこそ2ブランドのショーの素晴らしさは必然であり、涙せずにいられませんでした。

 思い返せば2人に出会ったのは4年前で、今よりもブランドの規模はまだまだ小さかったころ。当時から共通して変わっていないのは、自分がデザインしたコレクションを心の底から愛しているという気持ちがにじみ出ていること。そしてそのムードを伝って人に感動を与える力を持っていることです。右往左往しながらも、そこだけは一貫していました。ショーの直後はいろいろと考えた「ターク」の“強さ”も、「ダブレット」の“笑い”も、昔からブレずにやってきたことであり、2人ともパリの舞台にまでたどり着いたのだからきっと両方正解なのです。暗いニュースが多いファッション業界で、ここまで前向きに、そして真剣にファッションと対峙する彼らの姿に、業界への希望すら見出すほどでした。彼らが残したエモーショナルな足跡は、きっと次世代にもつながるはずです。2人には、時には切磋琢磨し、時には協力しながら、日本のファッションを活気付けてもらいたい——そう強く願った、思い出に残る1日となりました。

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