ファッション

ビームスとナイトカルチャー “遊びのプロ”設楽社長とK.Motoyoshi®︎が狙うギリギリのラインと文化的重要性

東京のナイトカルチャーは、いま大きな転換点にある。ディスコ、クラブ、キャバクラ──夜の現場から生まれてきた表現は、ファッションや音楽、都市のあり方そのものと結びつきながら、時代ごとに姿を変えてきた。50年以上にわたり東京のストリートとカルチャーを見続けてきたビームスの設楽洋社長。六本木のナイトカルチャーサロン「Red Dragon(レッド ドラゴン)」を率い、六本木発のスーベニアブランド「SIX SHOP(シックス ショップ)」を通じて、東京の夜を“新しい観光資源”として発信するナイトライフプロデューサーK.Motoyoshi®︎(モトヨシカツヤ)。二人が語るのは、「真っ当」と「不謹慎」の境界線に立ち続けることの意味、そして世界都市・東京における夜の可能性だ。

──ビームスは創業以来、ファッションをはじめ、音楽やアートなど、東京のライフスタイルと密接に関わってきました。設楽さんご自身は、「東京の夜」というカルチャーをどのように捉えていますか?

設楽洋社長(以下、設楽):僕はモトヨシさんと違って“その道のプロ”ではないんですが、“遊びのプロ”として(笑)、ずっと東京のナイトカルチャーを見てきました。僕は1951年生まれで、今年ビームスが50周年、自分は75歳になります。思春期を過ごした60年代は、いわば東京のナイトカルチャー第1期です。赤坂の「ムゲン」や「ビブロス」が盛んだった時代で、六本木の「キャンティ」や新宿のジャズ喫茶「DIG(現DUG)」なんかに、高校生の頃から入り浸っていました。そこには文化人や、のちのコピーライター、ミュージシャンなど、いわゆる“横文字商売”の人たちが集まっていた。ナイトクラブやバーに人が集まり、コミュニティができ、そこから夜の文化が生まれていった時代です。70年代に入ると、ベトナム戦争や学生運動が終息して、それまで夜の中で生まれていた風俗文化が、少しずつ“昼の文化”に移行していきます。原宿の喫茶店「レオン」に人が集まり、スケボーやサーフィンが広まり、「ポパイ」が創刊されて、1976年にビームスがオープンする──そんな流れの中で、ストリートの舞台が夜から昼にも広がっていった。さらに80年代に入ると、ディスコの大箱文化が全盛になり、その後クラブが出てくる。大箱のディスコでは、ワンレン・ボディコンみたいな“ひとつのスタイル”でみんなが盛り上がっていたけれど、クラブになるとハウス、R&B、ヒップホップなどジャンルごとに音楽もファッションも変わっていく。ナイトライフの多様化が、そのままファッションの多様化にもつながっていきました。昔はDJが「ゴーゴー!」と煽る時代だったのが、やがて“選曲家”として評価されるようになり、ミックスの文化が生まれる。それって、セレクトショップのやり方にも近いんですよね。単一ブランドではなく、いろんなものをミックスして新しい価値をつくる。その変化の現場に、ずっと立ち会ってきた感覚があります。

「夜しかやってこなかったから、
夜をテーマにするしかなかった」

──モトヨシさんはナイトライフプロデューサーとして東京の夜をカルチャーとして発信されています。ご自身のブランド「シックスショップ」立ち上げの背景にもある、ナイトライフをカルチャーとして発信しようと思ったきっかけを教えてください。

K.Motoyoshi®︎プロデューサー(以下、モトヨシ):僕は今51歳なんですが、振り返ると、ずっと夜遊んで生きてきました。これまでやってきたことを形にしたいとずっと考えていたんですが、ひたすら夜遊びをしてきたので、何かやるなら夜をテーマにするしかなかったんです。キャバクラやホストクラブから派生したファッションはときどき出てくるじゃないですか。でもいわゆるAVや風俗みたいな“もっとクローズドな夜の文化”は、なかなか表に出てこない。それをそのまま出したらただのアダルト商品になってしまうけれど、自分なりに解釈して昇華すれば、現代版の春画のようにカルチャーとして見せられるんじゃないか、と考えたんです。そこは本当に“さじ加減”が難しくて、見せ方を間違えると一気に下世話な方向に行ってしまう。だからギリギリのラインをしっかり考えながら、「編集によって意味を変える」ことを意識しています。AVや風俗も、日本の文化の一部ではあるので、それをどう現代の表現に変えていくか。それは自分の立場だからこそ挑戦できるテーマだと思っています。

ビームスが立ち続けたい、
真っ当と不謹慎の境界線

──“夜の文化”と、ビームスのようなセレクトショップはあまり接点がないようにも見えます。設楽さんは、こうした領域をどのように捉えていますか?

設楽:ビームスの特徴は、「両極端をやってみたい」というところだと思っています。歴史ある良いものをきちんと扱う一方で、時代に合わせてしっかり尖りたい。とはいえ、会社も大きくなりましたから、個人店のような“危なさ”までは行けない。でも、ファッション、とくにストリートの文化には常に“真っ当と不謹慎の境目”があるんですよね。エロスや少し危険な匂いがするドラッグ、音楽、パロディなど、どこがアウトでどこからが新しい表現になるのか。そのギリギリを見極めて、少数でもいいから“次の時代への種”として届くラインを探る必要がある。もちろん法は絶対に犯さない前提ですが、その境界線を見にいくにはナイトライフが一番分かりやすい。どの都市にも「ここから先はちょっと危ないよ」というエリアがあって、だいたいその周辺に風俗文化が生まれる。そこからカルチャーやデザインの新しい動きが出てきて、いつの間にか“モダン”と呼ばれるようになっていく。その変化の現場を見ていたい、というのがビームスの基本姿勢なんです。今は世界的に見ても“ナイトライフエコノミー”が大きなテーマになっていて、日本が世界に向けて発信するときにも、夜のカルチャーは重要な要素になると思います。テナントビルも物販より飲食を増やしたり、歌舞伎町に大型施設ができたりと、お金の使われ方が変わってきている。その中で新しいファッションやカルチャーが生まれてくるはずなので、そこには確実に片足を突っ込んでいたいですね。

──最近の“夜の街”に変化を感じる部分はありますか?

モトヨシ:とにかく外国人が多いですね。キャバクラみたいな日本独自の接待文化も、最近は海外で似た業態が出てきているけど、やっぱり日本ならではのスタイルがある。そういうものを、もっと面白い形で外国人に見せていきたいという気持ちはあります。同時に、富裕層と一般層の格差もすごくはっきりしてきたと感じます。超富裕層向けのVIPフロアがある一方で、その店にすら来られない人たちもたくさんいる。自分は富裕層とストリートどちらの遊び方も見ているんですけど、その両方をどう繋ぐかは常に意識しています。

設楽:本当に“両極”がはっきりしていますよね。巨大フェスのようなイベントでは、SNSに上げることを前提に遊ぶマスのお客さんと、VVIPを押さえて女の子を呼ぶような超富裕層が共存している。一方で、15〜20坪くらいの小さな箱に、こだわりのDJとお客さんが集まる場所もある。ビームスのターゲットは、むしろ後者の“尖った小箱”のほうに近い部分もあると思います。中間がなくなりつつあるからこそ、その両極をどうつなぐか。モトヨシさんのように、富裕層向けの店で働きながら、クラブイベントや街での遊びで“届いていない層”にも新しい夜の楽しみ方を提案していく存在は、すごく重要だと感じています。

“ビームスはフラットで、幅が広い”

──モトヨシさんから見て、「ビームス」や「ビームス ジャパン」の魅力はどんなところにありますか?

モトヨシ:一言で言うと“フラットで、幅が広い”ところですね。「シックスショップ」を立ち上げてすぐのタイミングで、「ビームス ジャパン」でポップアップをやらせてほしいとお願いしたら、「いいですよ」とすごく自然に受け入れてくださって。「え、そんなに早く決まるの?」って驚きました。出店場所やコラボ相手を見ていても、「よくここに行くな」「こんな相手と組むんだ」と思うことが多くて。50年続く会社でありながら、いまも先を行っている感じがすごい。設楽さんご本人もすごくフラットに接してくださるので、「こんなに大きな会社の社長なのに」と驚くことばかりです。ポップアップでご一緒した現場のスタッフの方々も、設楽さんへのリスペクトをすごく感じるし、その空気が会社の雰囲気にも出ていて、素直に憧れます。僕も会社を経営しているので、学ぶことが本当に多いです。

設楽:とはいえ、ギリギリの線を攻めると社内でも賛否両論ありますよ(笑)。でも、その“ギリギリのところで失敗したり成功したりしてきた歴史”が、ビームスのカルチャーの原点でもある。それがなくなったらビームスじゃない、という感覚はありますね。だからこそ、自分自身は今でも誰よりも現場に顔を出すようにしています。インスタには載せていない場所も含めて、毎日あちこちのナイトシーンを見て回っている。それをどこまでビームスに落とし込めるか──常にリュックの中に“ネタ”として持ち歩いている感じです。

ファッションはナイトカルチャーと
どう結びついていくべきか

──ファッション業界は、これからナイトカルチャーをどう取り込んでいくべきだと思いますか?

設楽:最終的には、ビームスとしてバーや小さなクラブのような場所を持ってみたいですね。ビームスは今、「Happy Life Solution Communities」を掲げていますが、服やモノの提供だけでなく、“同好の士が集まる場”をつくることも含めてのコミュニティだと考えています。フェスやアウトドア、キャンプ、ランニングのようなDOの要素と同じように、ナイトライフも一緒に楽しめる場所。決して大箱ではなく、小箱で、DJによって客層も雰囲気も変わるような場所を、いつかつくれたらいいなと考えています。

モトヨシ:夜の文化って、守備範囲が広いじゃないですか。その中で“クローズドな部分”も、見せ方や文脈次第では、社会と接続していける部分はあると思うんです。そこにもちゃんとカルチャーがあるので、その“出していい部分”は、もう少し自由度が高くてもいいんじゃないかと感じています。昔のファッションって、もっと表現の自由度が高かった気がするんですよね。今はSNSやコンプライアンスの影響もあって、「これはもうダメ」と事前に線を引かれてしまうことが多い。でも、ちゃんと意図を説明した上で判断してもらえる余地が、もう少しあってもいい。人を笑顔にしたり、心を豊かにしたりするのがカルチャーでありファッションだと思うので、そのための“遊びの余白”は残しておきたいなと感じています。

「綺麗なだけじゃ文化は生まれない」

──最後に、「これからの夜の東京」にどのような可能性を感じているか、お二人に伺わせてください。

設楽:六本木ヒルズができる前ですが、当時、森(稔)さんに「意見を聞かせて」と言われたことがあって、「綺麗になるだけじゃダメだと思います」とお話ししたことがあります。ヒルズ自体はいくらでも綺麗でいいけれど、その周辺にちょっと怪しくて、“怖いけど行ってみたい”場所も残っていることが、文化が生まれる条件だと感じていたんです。新しい街って、神社やお祭りのような“根っこの文化”がないところも多いですよね。浅草のような場所まで全部“原宿化”してしまったら、東京の面白さは薄くなってしまう。古いものや伝統、川や地形の記憶が残っている場所があるからこそ、新しいビルにはない文化が生まれる。ナイトライフも同じで、マスが動く大きなイベントやクラブと、その下でうごめく“ちょっと怖いけど気になる場所”が両方あって初めて、次の時代のスタンダードになるカルチャーが生まれるんだと思います。ビームスとしては、その“境目”をどこに引くのかを常に考えながら、ギリギリ一歩手前のところで関わっていきたいですね。

モトヨシ:夜って、職業や年齢、育ってきた環境みたいなものを超えて、みんながフラットになれる時間だと思うんです。僕が学生の頃から夜遊びが好きだったのも、そこに自分でいられる時間があったからかもしれません。単なる肩書きじゃなく、“個人”として人とつながって、いろんな発想や出会いが生まれるのが夜。最近は、僕が関わっているようなキャバクラの世界にも外国人が増えてきていて、以前は閉じていた場所にも外からの目線が入るようになってきました。日本独自の夜の文化に、海外の感覚が混ざっていくことで、新しいものが生まれてくると思いますし、自分もそこに関わっていきたい。夜のカルチャーって、お酒も含めて“人の本音”が見える世界ですよね。昼間はすごく立派に見える人が実はめちゃくちゃ面白かったり、見た目がちょっと怖い人が実はすごく真面目で優しかったり。そういう“本質”が見える場所があるからこそ、東京の夜はこれからもっと面白くなると思っています。

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