ファッション

「シャネル」が日本を選んだ理由 プレジデントが語るメティエダールの可能性

シャネル(CHANEL)」が東京・六本木ヒルズで開催している国際巡回展「ラ ギャルリー デュ ディズヌフエム トーキョー(la Galerie du 19M Tokyo)」は、同メゾンのメティエダール(芸術的な手仕事)を体感できる充実の内容だ。「シャネル」はメティエダールのメゾンダール(アトリエ)を1985年から傘下に置き始め、40年にわたり職人たちの手仕事の継承に貢献してきた。2021年にはパリに複合施設「ル ディズヌフエム(以下、le19M)」を開設し、現在11のメゾンダールが拠点を構えている。そして、「シャネル」が大切にするメティエダールの可能性を伝える場として、世界では2回目となる同展の開催地に日本を選んだ。ブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)=シャネル SAS プレジデント兼le19Mプレジデントに展覧会、そして日本との絆に込めた思いを聞いた。

職人やアーティストが新しい視点で
作品を生み出すことに焦点を当てた

PROFILE: ブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)/シャネル SAS プレジデント、le19Mプレジデント

ブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)/シャネル SAS プレジデント、le19Mプレジデント
PROFILE: ボルドー商科大学を卒業後、ハーバード・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)を取得。1987年にデロイトでキャリアをスタートし、90年にシャネルへ入社。2021年にシャネルが設立した新施設「le19M」のプレジデントも務めている

WWD:2023年のダカールに続き、2回目となる国際巡回展の開催地に日本を選んだ理由は?

ブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)=シャネル SAS プレジデント兼le19Mプレジデント(以下、パブロフスキー):われわれは21年にパリに「le19M」をオープンし、翌22年12月にセネガル・ダカールで2022-23年メティエダール・コレクションを開催した。メティエダール・コレクションは、「le19M」に集うメゾンダールの職人技をたたえる、年に一度の特別なショーだ。開催を通じて、ダカールは刺しゅうや織りなど豊かなクラフト文化が根付く地であることを実感し、セネガルや西アフリカの職人と協働プロジェクトを立ち上げたいと考えるようになった。ダカールで披露したメティエダール・コレクションは、23年6月に東京でも再演した。日本もまた、伝統的なクラフツマンシップが息づく国だ。「le19M」の職人たちと日本の工芸技術が出合うコラボレーションを構想するのは、ごく自然な流れだった。

WWD:今回の展覧会では、日本とフランスの職人技のコラボレーションが多岐にわたって見られる。日仏それぞれの職人技の魅力や親和性をどのように感じた?

パブロフスキー:両者の根底には共通のマインドセットがあると感じた。精度への情熱や手仕事へのこだわり、創造性といった価値観は、フランスと日本の両文化に通じる精神だ。そして、両文化の美意識が響き合うユニークなコラボレーションを形にすることができた。織りやプリーツ、絵画、刺しゅうなどは、技法は違っても、その背景には共通の美意識がある。それぞれが異なる伝統やルールを持ちながらも、創造的な対話の中で新しい作品が生まれていく──そのプロセスが興味深かった。そして何より私たちの心を突き動かしたのは、相互の敬意だ。長い歴史の上に築かれた職人技という“遺産”を互いに尊重しながら、さらに先へと広げていく姿勢こそが、この取り組みの本質だと感じている。

WWD:そこからどのような気付きがあった?

パブロフスキー:今回のプロジェクトの特徴のひとつは、職人たちが従来手掛けてきた作品のスケールを大きく変えたことだ。フランスや日本の職人は、普段繊細で小さなものを扱うことに慣れている。だが今回は、その枠を超えた表現に挑戦した。例えば、土風炉・焼物師の永樂善五郎氏と「アトリエ モンテックス」のアーティスティック ディレクターであるアスカ・ヤマシタ氏が協業した作品では、永樂氏のドローイングが巨大な刺しゅうとして2面の壁いっぱいに広がった。茶碗の世界に身を置く永樂氏だが、ヤマシタ氏との共同作業によって表現の“スケール”そのものが変化した。これは本当に驚くべきものだった。こうしたプロジェクトの美しさは、“謙虚さ”にある。私たちはあえて一歩引き、職人やアーティストが新しい視点で作品を生み出すことに焦点を当てた。そこにこそ本展の真の魅力と唯一無二の価値がある。

職人たちには文化や言語を超えた
“感性の共鳴”がある

WWD:コラボレーションを実現する上で大切にしたことは?

パブロフスキー:それぞれの専門性を理解し、どの職人同士がタッグを組み、どのような表現が生まれるのかを見極める時間が必要だった。実際に手を動かす前に、まず互いを知り、相手の技術や感性を理解すること。全ては“人と人との創造的な対話”から始まった。だからこそ私は今回の取り組みを、かけがえのない“人間的な冒険”だと考えている。職人たちの間には、文化や言語を超えた“感性の共鳴”がある。それは言葉では説明できない、人と人との深いつながりであり、創造の本質を映し出すものだ。

WWD:国や文化、世代を超えたコラボレーションから生まれた新しいクリエイションを通じて、どのような可能性を感じた?

パブロフスキー:フランス語でいう“エール・デュ・タン(l’air du temps)”、つまり“時代の空気”を言葉ではなく感覚として捉えること。それこそが、まさに“今”を映し出す行為だと感じた。このプロジェクトは、職人たちが自らの技術を未来へと投影し、創造の可能性を広げていく試みでもある。コラボレーションで見られる“技”の数々は確かに過去に根ざしているが、現在を生き、未来へとつながっていく。私たちの提案は、受け継がれてきた伝統に新たな息吹を吹き込むひとつのインスピレーションの形だ。

そして何より、両国の職人が互いに刺激を受け合い、これまでにない挑戦を実現できたことが大きな成果だ。今回のタイトル「ビヨンド・アワー・ホライズンズ──未知なるクリエイション その先へ」が象徴するように、誰もが限界を設けず、その先を見つめながら挑んだ精神こそが、モノ作りを前進させた原動力となった。

全てが美しい円を描きながら
再び「シャネル」へとつながっていく

WWD:第3章で紹介している「ルサージュ」と日本の関わりについても教えてほしい。

パブロフスキー:創業者のフランソワ・ルサージュ(Francois Lesage)は日本を深く愛し、多くのインスピレーションを受けていた。彼の息子であり、「ルサージュ アンテリユール」でインテリアを手掛けるジャン=フランソワ・ルサージュ(Jean-Francois Lesage)もまた、日本文化に強く影響を受けている。「ルサージュ」と日本の間には、確かな“縁”がある。そして2004年、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)が東京・銀座でメティエダール・コレクションを開催し、両者の絆はいっそう深まった。

WWD:展覧会ではその絆をどう表現しているのか。

パブロフスキー:第3章は、「ルサージュ」が創立100周年を迎えた昨年、パリで開催した展示を日本との関係を踏まえて再構成したものだ。日本と「ルサージュ」のつながりを象徴する貴重な作品を数多く見ることができる。1983年にカールが「シャネル」で手掛けた最初のコレクションピースから現在に至るまで、50種類以上の異なるシルエットが並ぶ。どれひとつとして同じものはなく、それぞれが「ルサージュ」ならではのクリエイティビティを体現している。“クラフツマンシップの表現には限界がない”ということを改めて実感できるだろう。

ファッションとインテリアの両面で築いてきた「ルサージュ」の壮大な歴史を通じて、1つのメゾンがこれほどまでに多彩な創造を生み出してきたことを感じてほしい。フランス語で“ラ・ブークル・エ・ブークレ(la boucle est bouclee=円がひとつに戻る)”という言葉があるように、その精神は「le19M」傘下のほかのメゾンダールにも通じる。今回の展示は、全てが美しい円を描きながら再び「シャネル」へとつながっていく物語だ。

WWD:メティエダールを支える「le19M」の存在は、「シャネル」のクリエイションの未来をどう広げていくと考えている?

パブロフスキー:私たちが今「le19M」と取り組んでいることは、創業者ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)から受け継いだ哲学を現代で実践しているにすぎない。彼女は当時から、「ルマリエ」「マサロ」「ゴッサンス」といった複数のメゾンダールと協力し、ともに作品を生み出し、創造性を刺激し合っていた。私たちは創業者が築いた遺産を現代に継承し、未来へとつないでいる。

カール・ラガーフェルドもまた、全く同じ哲学を共有していた。興味深いことに、ガブリエルの時代には彼女のライバルだったエルザ・スキャパレリ(Elsa Schiaparelli)が「ルサージュ」と仕事をしていたため、「シャネル」と「ルサージュ」は協働していなかった。その関係性が変わったのは、カールが「シャネル」のアーティスティック ディレクターに就任してからだ。彼がフランソワ・ルサージュと共にコレクションを制作し、「ルサージュ」の刺しゅう技術を「シャネル」のクリエイションの中で開花させた。

WWD:「シャネル」は長年にわたり手仕事の価値を評価し、守り続けてきた。今の時代に、手仕事を伝えることはどのような意味を持つ?

パブロフスキー:2021年当初、約600人だった「le19M」の職人は、25年現在では約700人に増えている。継承の仕組みが確実に根付き、息づいている証といえるだろう。「le19M」には、“創造”と“継承”という2つの重要な柱があり、両者は常に並行しながら進化している。併設する「ラ ギャルリー デュ ディズヌフエム(la Galerie du 19M)」は、その哲学をパブリックに伝える場だ。来場者がクラフツマンシップの本質に触れることで、モノ作りが現実的で美しく、目指すに値するキャリアであることを実感できるようになる。

実際、「le19M」に属する多くの職人技は、フランスの教育制度の中に明確な学校や学科が存在しない。だからこそ、各メゾンダールが自ら“教育の場”を築いてきた。熟練の職人が若い世代を直接指導し、未来の職人として育て上げている。そして何より、それが確かな成果を上げていると胸を張って言えることが、私たちの誇りだ。

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