スイスの時計ブランド「ウブロ(HUBLOT)」は、イギリス人デザイナーのサミュエル・ロス(Samuel Ross)との協業による新作“ビッグ・バン ウニコ SR_A”を発表した。2019年に“ウブロ デザイン プライズ”を受賞したことがきっかけで20年に「ウブロ」のパートナーとなり、3作のトゥールビヨン搭載ウオッチを手掛けたサミュエルだが、4作目となる“ビッグ・バン ウニコ SR_A”は「ウブロ」自社製クロノグラフムーブメント“ウニコ”を搭載。ブラックセラミック製の42mmケースにハニカム構造のラバーストラップを組み合わせた。世界限定200本で価格は402万6000円。
彫刻的なトゥールビヨンから、より実用的なクロノグラフへ。その転換に込めた思いやデザイナーとしての考えをオンラインインタビューでロス本人に聞いた。
サテン&ポリッシュ仕上げのブラックセラミック製42mmケースに、自社製クロノグラフムーブメント”ウニコ(HUB1280)”を搭載。マットブラックのスケルトンダイアルやハニカム構造のラバーストラップが、サミュエル・ロスのインダストリアルな美学を際立たせる。世界限定200本。価格は402万6000円
WWD:「ウブロ」との協業は2020年から続いています。今回の最新作をどのように位置づけていますか?
サミュエル・ロス(以下、サミュエル):パートナーシップが始まった当初から、「ウブロ」が持つ若々しさや素材開発の技術力を生かし、大胆で挑戦的な時計を若い世代に向けて提案したいという考えがありました。最初は超高価格帯のトゥールビヨンモデルからスタートし、20年から24年まで継続的に発表してきました。いずれも市場の反応は好意的でした。
今回はクロノグラフです。価格帯も含め、より民主的なアプローチが可能になりました。トゥールビヨンが“エンジニアリング体験”そのものだとすれば、クロノグラフは機能性や実用性、日常生活との接続を重視したツールウォッチです。サイズも初めて44mmを下回り、新しいフェーズに入ったと感じています。
WWD:その「民主的なアプローチ」は200本という生産数にも表れていますか?
サミュエル:その通りです。トゥールビヨンモデルは50本限定で製作していましたが、今回の場合、それでは需要に応えることができません。200本であれば、より多くの人が実際に時計を見て、触れて、購入する機会を持つことができます。協業の第4章として、これまで支持されてきた要素をより多くの人に届けられるのは大きな意義があります。
WWD:“ウニコ”のクロノグラフムーブメント採用は、どういった経緯で?
サミュエル:自然な流れで決まったことです。これまでの3作の成功を踏まえ、「ウブロ」の関係者の皆さんや時計のオーナーたちと、次に出すタイムピースはどんな進化をさせるべきかと議論しました。過去作のコンセプチュアルな要素を保ちつつスケールできる方向性として、“ウニコ”が最適でした。この5年間の流れの中で必然的にたどり着いた選択です。
WWD:ではその“ウニコ”とご自身のスタイルを融合させる上で、特に重視した点は?
サミュエル:最も重要だったのは触れた時の感触です。トゥールビヨンは、特別な場で身につけるある種の“作品”ですが、現代の生活で何気なく使うのには気が引ける側面もあります。それに比べるとクロノグラフは圧倒的に耐久性が高く、日常生活に溶け込む時計を設計することができます。今回は、傷や経年変化を受け入れながら使い込める時計を目指しました。ムーブメントの強さを生かし、実用性を中核に据えたクロノグラフです。
ミニマルな造形と日常性
ファッション、プロダクトデザインなど他分野を横断して活動するイギリス出身のデザイナー兼クリエイティブディレクター。2019 年に自身のデザインスタジオ「SR_A」を設立。リサーチ、素材開発、彫刻、家具、アパレルといった作品に精密な建築的感性を融合させる。 19 年に“ウブロ デザイン プライズ”を受賞し、20年から「ウブロ」のパートナーとしてコラボレーションウオッチを継続的に発表してきた。
WWD:過去作と比べると、今回のデザインは控えめでミニマルですね。
サミュエル:同じ手法や大胆な原色表現を繰り返すだけでは退屈です。クロノグラフは、時計製作の歴史や文脈の中で、より確かな位置づけを持つ存在。性能や耐久性、サバイバルといった観点で使われてきた背景を持つ機構です。私自身、10年以上にわたって時計に強い関心を持ち続けています。単に審美的な価値を見るのではなく、ムーブメントが持つ意図や、その歴史的な文脈まで考えています。1960〜70年代の軍用やミリタリーのヴィンテージウオッチに立ち返りながら、それらを現在どのように再解釈すべきかを考えてきました。
今回の時計は、私自身の感性が年月とともにどう変化してきたかを映し出す存在でもあります。パートナーシップが始まってから現在に至るまで、私の美意識や表現方法がどう変遷してきたかを見てもらえれば、このデザインの変化にも合点がいくのではないでしょうか。
WWD:つまり時計デザインの変化は、自身の変化そのものも反映していると。
サミュエル:人とその実践を切り離すのは不可能です。ある意味、両者は同一のもの。いま皆さんが目にしているのは、デザイナーとしての私の思考や動きが「蒸留」されていく過程と言えるかもしれません。
「ウブロ」のようなパートナーと組むことで、アパレルではなかなか表現できない、実践の成熟度の違いを示すことができます。価格や生産方法、さらには消費者の期待といった制約が大きいアパレル分野とは違い、時計製作を含めたオブジェクトやアートの領域では、より厳密で概念的なアプローチが可能になります。時には「ラディカル」と見なされてきた価値観を反転させることすらできるんです。
今回の時計は、その好例です。一見すると非常に洗練され、ミニマルですが、同時に実用的で、無骨さと耐久性を備えている。そのあり方自体が、私がこれまで時計製作の中で手がけてきた、抽象性の高い作品と比べても、むしろラディカルな試みだと思っています。
WWD:今回のモデルは「ウブロ」のコンセプト“アート・オブ・フュージョン”をどのように体現していますか?
サミュエル:素材の組み合わせや仕上げです。ラバーストラップとサテン仕上げのセラミックの対比もその一例です。私にとっての“フュージョン”は、素材の扱い方や仕上げの微妙な変化にあります。
時には大胆に、時には静かに表現されますが、いずれも進化の一部です。今回はより抑制された形で、「ウブロ」の製造技術を新たな次元へ導いていると思います。
「ウブロ」を介したアーティストコミュニティー
WWD:ダニエル・アーシャムさんや村上隆さんなど、「ウブロ」には時代性を象徴するアーティストたちのコミュニティーがありますが、彼らとの関係は?
サミュエル:村上隆さんは親しい友人で、直近も一緒に雑誌の仕事をしました。ダニエルとも深い関係があります。実は、彼に「ウブロ」を紹介したのは僕なんです。ダニエルは僕にギャラリーを紹介してくれたこともあります。
村上さんやダニエル、そして他のクリエイターたちは、時代の空気感の醸成にそれぞれの立場から関わる存在として自然に集ってきました。「ウブロ」がアートを強く支援していることが、その背景にあります。
とは言え、私たちは皆、はっきりとした別個のビジョンを持っています。互いに尊重し合い、健全な対話や競争はありますが、アイデアを直接交換することはありません。アーティストであることの本質は、それぞれが独自の世界観の中で創作すること。同じコミュニティーに属しつつ、自立した優れた仲間がいること自体、非常に価値のあることだと感じています。
WWD:多くのクリエイティブな活動に関わっていますが、「ウブロ」との協業は他の創作活動とどんな相互作用がありますか?
サミュエル:私の根幹にあるアイデンティティーは、まずデザイナーです。そのスキルセットを、建築から洋服のデザインにまで横断的に応用しています。いわば、スイスのアーミーナイフのように、多機能に思考し、動くよう訓練されてきました。つまり異なる場所や分野を行き来しながら制作する姿勢は、私の活動の基盤です。
私はプロダクトについて考えるのと同じくらい、建築についても考えますし、タイポグラフィーの開発にも関わっています。私にとっての創作は、部分を切り分けて考えるものではなく、全体として捉えるべき統合的なプロセス。誰かに途中を委ねるのではなく、最初から最後まで、明確で一貫したビジョンのもとで完結する行為です。
WWD:ちなみに(オンラインインタビューの画面で)サミュエルさんの背景に見えているのは、本物の暖炉ですか?
サミュエル:そうです。私は都市部と田舎を行き来しながら制作しています。彫刻や建築、ラグジュアリーに関わる仕事は、こうした自然の中で完全な孤独の状態で行うことが多いですね。一方で、洋服やユースカルチャーに関わるものは都市で制作します。この切り替えが、創作にとって非常に重要だと感じています。
WWD:最後に、日本の人たちに伝えたいことは?
サミュエル:日本で築いてきたコミュニティには深い敬意を抱いています。26〜27年にかけて、日本に長く滞在し、大規模なインスタレーションを行う計画があります。彫刻、時計、アパレル、オブジェクトを横断する展示を、日本でも実現したいと考えており、楽しみにしています。