
海外ファッション・ウイークを現地取材するWWDJAPANは毎シーズン、今後が楽しみな若手デザイナーに出会う。本連載では毎回、まだベールに包まれた新たな才能1組にフォーカス。10の質問を通して、ブランド設立の背景やクリエイションに対する考えから生い立ち、ファッションに目覚めたきっかけ、現在のライフスタイルといったパーソナルな部分までを掘り下げる。
今回取り上げるロシーン・ピアース(Roisin Pierce)は、故郷アイルランド・ダブリンにある国立芸術デザイン大学でテキスタイルデザインを学んだ。2019年には若手クリエイターの登竜門として知られる「イエール国際フェスティバル」で、「シャネル(CHANEL)」協賛によるメティエ・ダール賞と、一般客の投票によって決まる観客賞を受賞。翌年、ダブリンで自身の名を冠したウィメンズウエアブランドを立ち上げた。生地への強いこだわりとレースやスモッキングなど世代を超えて受け継がれる伝統的な手仕事を生かし、白を基調にしたピュアで詩的なムード漂うフェミニンなアイテムを提案している。
22年には、「LVMHプライズ(LVMH PRIZE)」でファイナリストまで残ったほか、「フォーブス(FORBES)」のヨーロッパ版「世界を変える30歳未満30人(30 UNDER 30)」に選出された。そして、23年にはパリ・ファッション・ウイークの公式スケジュールを果たし、ショーを開催。24年からはドーバー ストリート マーケット パリ(DOVER STREET MARKET PARIS)のブランド開発部門と提携し、セールスや生産面のサポートを受けている。また25年2月に開いたショーでは、パリ発のバッグブランド「ポレーヌ(POLENE)」とのコラボバッグも披露するなど、表現の幅を広げている。
1:出身は?どんな幼少期や学生時代を過ごしましたか?
アイルランド出身です。小さい頃、私はよく夢を見て、自分の考えにどっぷり浸るような感受性豊かな子どもでしたね。私の母は絵を描いていたので、私にも同じように描くことをすすめてくれました。そのおかげで、自分だけで過ごして創作に没頭する時間を楽しむことができたんです。それは心の平穏を与えてくれるものであり、今もそんな時間を求め浸っています。
また私は、霜に覆われた花や丸まった葉、空の色の移ろいなど、日常の小さな物事の中に美を見出してきました。その感覚は今でも変わっていません。
2:ファッションに関心をもった原体験やデザイナーを志したきっかけは?
私は、アートと自由な思想を持った人々に囲まれて育ちました。誕生日やクリスマスのプレゼントには、いつも新しい画材や紙など芸術に関するモノをもらっていて、私は新しい世界を創り出すのが好きでした。そして、学校では早くから刺しゅうや編み物などの手芸を教わりました。子どもの頃からちょっとしたモノを作り続けていたんですが、10代になると伝統的な技術をより真剣に考え、服作りやアイルランドのクロシェ(かぎ針編み)、テキスタイルなどに取り組むようになりました。
また、母は私にとってとても近い存在で、幼い私たちのためにいつも美しい服を作ってくれていました。手作りのものを受け取ることは、とても優しく愛に満ちたこと。誰かに愛を込めたものを作るというアイデアは「ロシーン ピアース」に受け継がれていて、全てのコレクションに織り込まれています。それは、まるで愛する人への情熱を刺しゅうで表現するような、あるいはヴィクトリア朝時代に流行した宝石で愛の言葉を綴る「アクロスティック・ジュエリー」のような感覚です。チュールの花びらやクロシェの渦巻き、くねくねしたレース……。私たちの繊細で美しいディテールの数々は、クラフトへの賛歌であると同時に、大切な人たちへの深い思いの表現でもあります。そんなクリエイティブで愛に満ちたモノ作りの原点には、私の子ども時代の体験と家族の絆があります。
3:自分のブランドを立ち上げようと決めた理由は?
早い段階で、自分には強いクリエイティブなビジョンがあり、全体的な世界観を生み出せる力があると感じていました。ブランドを始める時、業界での経験はほとんどなかったのですが、それゆえに他の人とは全く異なることをやるという発想ができたのだと思います。
私のアプローチは独特で、スケッチ描く代わりに布を使って柔らかな彫刻のように服の形を作っていました。そのため、伝統的なデザインスタジオではそのプロセスが理解されにくく、説明するのではなく実際に自分の手で示す必要があると気づきました。そして、ブランドを立ち上げることが、自分のビジョンを完全に表現する唯一の手段だとも感じたんです。生地を最も大切にした彫刻的なデザインアプローチは、今でも私が生み出す形や質感、シルエットの原動力になっています。
最近では、自分のアイデアを伝える新たな方法や、質感や形の探求にも取り組んでいます。そうした新たな創造の道を進めることは、自由をもたらしてくれます。私のブランドは、創作への純粋な喜びから生まれたもの。なので、これからもその流れの赴くままに進んでいきたいと思っています。
4:学生時代から過去に働いたブランドまで、これまでの経験で一番心に残っている教えや今に生かされている学びは?
強い意見やビジョンを持ち、それを貫くこと。もしもあらゆるアドバイスを受け入れていたら、自分を見失ってしまうでしょう。特殊的好奇心と自分だけに見える美を捉える揺るぎない精神を育むためには、焦点を絞り、そこに全力で取り組むのも良いことだと考えています。
5:デザイナーとしての自分の強みや、クリエイションにおいて大切にしていることは?
私は完成した作品だけを見ているのでなく、“どう作るべきか?“や”何が必要か?“といった制作過程全体について考えています。このプロセスへのこだわりは、他の人から見ると過剰に映るかもしれませんが、私たちのような小さなチームにとっては欠かせないものです。そして、デザインから離れていると、落ち着きません。それは、今にもあふれ出そうな素晴らしいアイデアがたくさんあると分かっているからなんです。
クリエイティビティーは筋肉のようであり、常に鍛え、限界に挑まなければなりません。なので、自分の作品やデザインにすぐ満足してしまわないようにしています。また、ディテールに集中できる力は、たとえすぐに成果が見えなくても、一つのことに粘り強く取り組みたいという思いから生まれています。つまり、それは困難な局面を乗り越えながら、それぞれの作品を形にするために必要な探求と複雑な過程全てを受け入れるということ。そんな粘り強さは、インディペンデントなブランドを築く上で不可欠であり、ビジョンへのこだわりは私個人の創作姿勢から現在ではスタジオでの協働体制にまで広がっています。
6:活動拠点として、今暮らしている街は?その中でお気に入りのスポットは?
私はダブリンのホームスタジオに住んでいるので、常に仕事や制作中のアイテムの近くにいます。スタジオは街の南部にあり、パートナーと近場にある落ち着いた場所に行って、新しいデザインをスケッチするのが好きです。
お気に入りのスポットは、地元の公園。特に植物が芽吹き、花が咲く春や夏は高揚感にあふれ、インスピレーションを与えてくれます。香水を作るために植物や花を摘んだり、本のページに挟んで保存したりした子どもの頃の記憶も呼び起こしてくれるんですよね。ただ散歩するだけではいられず、つい夢中になって、いろんなものを記録したり写真に収めたりしてしまいます。
7:ファッション以外で興味のあることや趣味は?
結果的に自然と仕事につながることもありますが、私は心を解き放って絵を描くのが好きです。大事なのは計画的ではないことであり、そこから愛らしい絵が生まれます。そして、音楽とも深くつながっていて、聞いているうちにさまざまなストーリーが浮かび、それが私の作品に還元されることもあります。ただ、美しい歌詞のある音楽には気を取られてしまうので、締め切り前などはテクノやクラシックに切り替えて、あまり深く浸りすぎないようにしています。
8:理想の休日の過ごし方は?
理想の休日の過ごし方は、インスピレーションを与えてくれるものに出合うこと。例えば、新しいアートや興味深い建築を見に行ったり、初めて訪れる空間の雰囲気を吸収したり。スケジュールを詰め込むよりも、ゆったりとしたペースで探索する方が好きで、見て感じたことをスケッチしたり、撮影したり、ただ心の中に刻んだりする余裕が欲しいと思っています。このような意識的な観察が、後にクリエイティブな仕事に生かされることも多いですね。
9:自分にとっての1番の宝物は?
何よりの宝物は、私の周りにいる人たち。とはいえ、モノを収集することも好きです。過去を思い出させてくれるモノ、形が美しいモノ、構造がユニークなモノ、そして特に小さくて精巧なモノに引かれます。最近だと、アンティークマーケットで球体の小さなコンパクトミラーを見つけました。それは、愛らしくも気品があり、美しいだけでなく実用的。そんな品々はかつての人々の生活を垣間見ることができる小さな窓のようで、どんな風に使われ、どんな思いで大切にされたのかを想像するだけで胸が躍ります。
10:これから叶えたい夢は?
少人数のチームですが、一着一着に意図を持って、モノ作りに取り組んでいます。私たちが女性たちに提供したいのは、朝起きた時または特別な日にワクワクして服を着る理由や、待ち遠しくなるようなもの、そしてずっと大切にしていける美しく仕立てられたアイテム。そこに込めた感情やメッセージが手に取った人の心に響き、特別な何かを共有できることを願っています。
そして、私たちの気分を高めてくれるような希少なピースを、もっと多くの人々に届けたいとも強く思っています。そのため、チームとして私たちが大切にする手仕事の温もりを生かし、技術的な素晴らしさを保ちながらも、幅広い人に着てもらえるようなより普遍的な作品を生み出す方法を探求しているところです。