ベルリンのモアビット地区に位置するハンブルガー・バーンホフ現代美術館は、シャネル文化基金(Chanel Culture Fund)とのパートナーシップを結び、現代アート支援プロジェクト「シャネル・コミッション(CHANEL COMMISSION)」を始動することを発表した。
「シャネル・コミッション」は、パリのポンピドゥー・センターやシカゴ現代美術館(MCA)などをはじめとする世界各地の主要な美術館と提携し、先鋭的なアーティストを支援してきたシャネル文化基金による新たな取り組みとして、ハンブルガー・バーンホフでは、今年を皮切りに3年間に渡り、展覧会を開催する予定だ。
その第1弾アーティストとして抜擢されたのが、ベルリン拠点のチェコ人アーティスト、クララ・ホスネドロヴァーだ。2500平方メートルに及ぶ大ホールで、彫刻をメインとした過去最大規模となるインスタレーション「embrace」を発表した。会期は10月26日まで開催している。
天井から吊るされた巨大な繊維彫刻は、手作業で編み込んだ亜麻と麻からできており、植物染料で染めている。先端は蔓状の繊維が何本にも枝分かれし、床を這うように広がり、自然素材でありながら、まるで触手のようでもあり、異世界に存在する生命体のようにも見える。中世からボヘミア地方に伝わる亜麻や麻の栽培と加工の伝統工芸からインスパイアされているというこの作品には、第二次世界大戦後に衰退してしまった手工芸への敬意も込められている。ホスネドロヴァーは、作品を通じて、今なお地域に残る数少ない職人たちと協働し、歴史と技術を現代へと継承している。
圧巻の存在感を放つ繊維彫刻の間には、コンクリートの床に腐葉土とエポキシ樹脂を用いた水たまり、土で薄汚れた巨大なスピーカーが設置されている。スピーカーからは女声合唱団によるモラヴィア語の歌や教会の鐘、木管楽器、チェコ語の詩がリピートされる。音響演出は、ベルリンとブリュッセルを拠点とする作曲家のビリー・ブルテールが手がけ、スピーカーはベルリンのテクノクラブで不要となったものが使用されている。
アーチ型の壁面には、砂で覆われた7点のレリーフが並び、いずれも化石を思わせる抽象的な形状で、それぞれ異なるフォルムを持つ。レリーフには、乳白色のガラスオブジェが突き出すように組み込まれ、旧石器時代から鉄器時代にかけてのモラヴィア先史時代に着想を得ているという。ガラスオブジェも繊維彫刻と同じく、地元職人との協働による手作業で制作。さらに、火のモチーフや女性を題材にした写実的な刺しゅうが施されている。これらは実際に撮影したモデルの写真をもとに、ホスネドロヴァー自身が手作業で刺しゅうしたもので、写真と見まがうほどの緻密な表現が際立っている。
ホスネドロヴァーは、1990年にチェコ共和国のウヘルスケー・フラジシュチェに生まれ、プラハ美術アカデミーでマスター オブ アーツ(修士)を取得し、現在はブルノ美術大学で博士課程に在学している。自身の故郷に根深い素材と伝統技術を現代的に解釈し、有機物と無機物、永続性と腐敗、手仕事と工業生産といった対比を通して、文化や物質が時代とともに変化する過程を表現している。主に、1950〜60年代の旧ソ連の支配下により、急速に進んだチェコスロバキア時代の工業化を描き、無骨で退廃的な工場地帯で朝から晩まで働いてもわずかな賃金しか得られなかった故郷の人々への思いが込められている。
同展のオープニングには、ホスネドロヴァーが選んだアマチュアダンサーによるパフォーマンスが披露され、観客は1日限りの没入型インスタレーションを体感することができた。パフォーマンスも作品制作のプロセスの一環とされており、著名ダンサーのキャスティングは一切行わず、アーティストのクレジットが表記されることもない。
ハンブルガー・バーンホフは、1847年に建設されたベルリン=ハンブルク鉄道の終着駅として開業し、84年に閉鎖、その後、貨物駅やオフィス、住宅などに改装され、1996年に現在の国立現代美術館として設立された。駅の跡地をそのまま活かしたユニークな内装が特徴的で、総面積1万2000平方メートルを誇る展示スペースでは、年間約8本の企画展と4本の常設展を開催している。
展覧会だけでなく、パフォーマンス、教育プログラム、出版、シンポジウムなど、多様に活用され、地域と国際社会をつなぐフォーラムとしての役割を果たしている。今回の「シャネル・コミッション」の始動は、同館が世界有数の美術館の一つであることを世界に印象づけるとともに、ホスネドロヴァーのような先鋭的なローカルアーティストが国際的な評価を得る貴重な架け橋になっているといえるだろう。