「ジル サンダー(JIL SANDER)」が、シモーネ・ベロッティ(Simone Bellotti)クリエイティブ・ディレクターによる初めてのコレクションを発表した。会場は、ミラノ市内スフォルフェツコ城至近のミラノ本社。前任のルーシー&ルーク・メイヤー(Lucie and Luke Meier)夫妻はショー会場として用いていなかったが、創業デザイナーのジルはもちろん、シモーネが戻るべき時代の1つと捉えたのだろうラフ・シモンズ(Raf Simons)も活用していた空間に戻ってきた。彼の原点回帰への思いが伺える。
コレクションは、ミニマリズムへの回帰を印象付けた。前任のルーシー&ルーク夫妻は、当初はミニマリズムだけではない何かを探し、中期以降はミニマリズムとは一線を画しポエティックなクリエイションを目指していたが、ショー会場同様、原点に回帰したのだろう。ショーの終了後、シモーネはバックステージで「『ジル サンダー』には、相反する要素が同居している。クラシックで構築的なフォーマルのムードを兼ね備えている一方で、常にモダニティや軽さを探求してきた」と話す。ファースト・コレクションは、こうした「ジル サンダー」の特性を表現、融合する第一歩だ。
クラシックなムードは、徹頭徹尾漂わせた。序盤は、メンズならセットアップ、ウィメンズはさまざまな丈感のボディコンシャスなニットにタイトなペンシルスカートなどを合わせた。「普通」から逸脱した洋服は登場しない。いずれも精緻なパターンワークとカッティングを目指し、普遍的に仕上げようという意思も垣間見える。
構築的なシルエットでは、意外にも前職「バリー(BALLY)」に由来する、ウエスト周りを絞った砂時計のようなシルエットを流用した。ハリコシのある素材を使い、ダーツを何本も走らせ、身頃のみならず袖さえほんのりとカーブを描く。シモーネの「バリー」といえば、ちょっぴり野暮ったいくらいのムードで、スイスらしいピュアな少女性を漂わせていたアプローチが記憶に残っている。コートやロングジャケットをワンピースのように着るモデルからも、当時の雰囲気を思い出した。
モダニティや軽さの源泉は、素材選びはもちろん、随所に入れたスリットだ。中盤はハイゲージのニットにチュールを重ねたシンプルなドレス、終盤はテクニカルタフタのジャケットなど、技術力により軽さや利便性を手に入れた素材を多用。化繊は、「現代のクチュールにふさわしい素材。過去と未来の融合をシンボリックに表現する」として積極的に活用。随所に入れたスリットは、「肌を露出することなく、軽やかさを手にするため。『ジル サンダー』に“オープン”なムード、外に向かって開いた雰囲気を加えたかった」という。ミラノ本社至近のスフォルフェツコ城は、その名の通り、ある意味守るための要塞。シモーネはそこからイメージを膨らませ、ムードボードには甲冑の写真を貼ったが、甲冑のように構築的でありながら、閉ざすのではなく開いた雰囲気をもたらすことで、ある意味「孤高」の存在になりかけていたルーシー&ルーク夫妻時代からの転換を印象付けようとしたのだろうか?スカートならスリットのみならずウエストバンドの下部や、身頃の中央に斜めに大きなスラッシュを配した。
創業デザイナーやラフ・シモンズ時代のオリジンに立ち返り、普遍的なクワイエット・ラグジュアリーを目指すなど、意欲的ではある。細くて長いシルエットの中に“ねじれ”を加えることで布の一部をたわませ、ロング&リーンなシルエットに終始しない点は、精緻なパターンワークとカッティングが真骨頂の「ジル サンダー」らしいとも言える。「バリー」の頃を思わせるシルエットも加えることで、新鮮な違和感や偶発性がもたらすエモーションなどを表現しようとしたのかもしれない。しかし違和感のある新しいシルエットは、ミニマリズムに立ち返ったからこそ若干悪目立ちしてしまった印象だ。絶え間ない探求の象徴とした書籍にインスピレーションを得て、「分厚い書籍のページが重なっている様子」を表現したというジョーゼットのチュールを滝状に重ねたドレスは、美しさにやや欠けている。
今市場で評価を得ているクワイエット・ラグジュアリーは、シモーネの「ジル サンダー」よりも流動的だったり、ゆったりしたシルエットで優しさというニュアンスやエモーションを描くから売れていると思う。ルーシー&ルーク夫妻の「ジル サンダー」は、その意味において抜群にエモーショナルだった。一方今回のコレクションは、優しさやニュアンスを感じるほどの柔らかさからは遠く、ミニマリズムへの回帰は印象付けたが共感できる何かを見つけることは難しい。目指したラフ・シモンズの「ジル サンダー」はミニマルな中にも鮮やかな色やコクーンシルエット、そしてモデルを通して描く女性のアティチュードなどで感情を表現。創業デザイナーのジル・サンダーは厳格なまでのミニマリズムの中でわずかな色、シンボリックな柄などを用いることで、その意図を浮かび上がらせていたように思う。ミニマリズムとエモーショナルをどう両立させるのか?シモーネの挑戦は続く。