
「ドーバーストリートマーケットギンザ(DOVER STREET MARKET GINZA)」による「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」のアーカイブを集めた販売イベントのため、デザイナーのラフ・シモンズが来日した。イベントでは初期の代表的なコレクションをはじめ、スターリング・ルビー(STERLING RUBY)とのコラボレーションなど、約30年にわたる作品から、本人が販売するアーカイブを厳選。12月29日には、サイニングイベントも催した。来日したラフに、アーカイブの販売に至るまでの経緯、休止している「ラフ・シモンズ」のクリエイション、そして、「未来そのもの」と話す若い世代への想いを聞いた。
WWD:今回、ドーバー ストリート マーケット ギンザでアーカイブを販売しようと思ったのはなぜ?
ラフ・シモンズ(以下、ラフ):「ラフ・シモンズ」というブランドを休止して、ようやくアーカイブと向き合えるようになった。ブランドを立ち上げて以来全てを保管してきたが、ようやく整理できるようになったんだ。(2023年春夏シーズンを最後に)休止する前は、とにかくコレクションを作っては一旦保管して、すぐさま次のクリエイションに取り掛かるほど慌ただしく、落ち着いてアーカイブと向き合う余裕がなかった。保管しているのは、洋服だけじゃない。1995年にブランドを立ち上げて以降のファッションショーの招待状やポスター、私が好きな音楽に関する資料なども保管している。今はデジタルの時代だから、こうしたリアルな思い出もまた美しいと思えた。
今は「ラフ・シモンズ」に限らず、過去のコレクションを買い集める人が増えている。特に日本では人気だと聞いた。そこでアーカイブを収めている箱を少しずつ開け始めた。もちろん中にはあと数着の洋服もあるが、創成期からの洋服がほとんど残っていた。そこで今ラフ・シモンズ社の最高経営責任者を務めているビアンカ・ケッツ・ルジ(Bianca Quets Luzi)がパリでドーバー ストリート マーケットと話をして、アーカイブの販売イベントを開くことになった。思い出を共有する良い機会になればと思う。
「ラフ・シモンズ」のアーカイブは
「カルバン・クライン」や「ジル サンダー」よりも豊富
WWD:久しぶりにアーカイブに触れて、何を思った?
ラフ:とにかく膨大、自分でも量に驚いた(笑)。ただ30年の歴史を物語るものだから、ビアンカCEOと「どうしようか?」と考えた。廃棄したり、美術館などに寄付したりのデザイナーもいるだろうが、私はファンのことを考えた。最終的には、「ラフ・シモンズ」の全てのアーカイブを誰かが楽しんで着てくれたらと思っている。そこで膨大な洋服から、アーカイブとして販売する洋服を選び出した。
小さなブランドだから、全てのアーカイブを保管し続けることは不可能だ。それでも「ラフ・シモンズ」は、多くのアーカイブを持っている。過去に携わった「カルバン・クライン コレクション(CALVIN KLEIN COLLECTION)」や「ジル サンダー(JIL SANDER)」よりも、遥かに多くのアーカイブを保有しているだろう。「ラフ・シモンズ」はサンプルもランウエイピースも保管しているから。中にはまだ鉢が刺さったままのプロトタイプもあった。
「ラフ・シモンズ」だけでなく、過去に携わった「ディオール(DIOR)」や「カルバン・クライン コレクション」「ジル・サンダー」のアーカイブと、「メゾン マルタン マルジェラ(MAISON MARTIN MARGIELA. 当時)」のアーカイブも見つかった。そこで今回選んだ60着の「ラフ・シモンズ」も含めて、全ての写真を撮影してデジタルデータにしている。膨大な量だが、少しずつ進めたい。
WWD:特に「ラフ・シモンズ」や、マルジェラ本人の時代の「メゾン マルタン マルジェラ」は、リアルタイム世代はもちろん、今の若い世代も魅了している。
ラフ:日本は早い段階から「ラフ・シモンズ」に期待してくれた国だ。真っ先にコレクションを買い付けてくれたのは、日本の7、8件のセレクトショップ。アントワープのブティックさえ、「日本でそれだけのショップが買い付けたなら」とバイイングしてくれたくらいだ。早くから日本とは強い絆を持つことができた。
考えてみれば、日本はあの時から少し特別な国だったと思う。昔はセレクトショップが雑誌とコラボレーションして、渡航費も捻出できなかった私を日本に呼んでくれた。そして雑誌は日本でファッション・シューティングして、一方の私は取り扱い店舗を回ってコミュニケーションを深めることができた。相互に尊敬し合う関係に恵まれた。1997、98年の話だ。ひたすら写真を撮られておしまいという国もある中、日本は今も特別だと思っている。
WWD:そして日本では、ラフやマルジェラについて、YouTubeやSNSなどでブランドやデザイナー本人をもっと知ろうとするコンテンツがアップされ続けている。ファンは学びを深めることで、創業デザイナーによるクリエイションに信ぴょう性を感じたいのだと思う。
ラフ:確かに私のコレクションと、実際マルジェラが手掛けていた頃の「マルタン マルジェラ」、同じく本人が担っていた「ヘルムート ラング(HELMUT LANG)」、そして「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」と、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)が手掛けていた頃の「セリーヌ(CELINE)」だけを厳選して販売する古着屋は多い。そんな店舗は今、私が手掛けていた頃の「カルバン・クライン コレクション」にも食指が動くようだ。
コンサートやクラブが社会との接点
だから音楽に強い影響を受けている
WWD:振り返れば「ラフ・シモンズ」は、少しずつ息苦しくなっている社会の中で懸命に生きる少年・青年像を描いていたように思う。なぜ少年の繊細さを骨子に据え続けたのか?
ラフ:私がデビューする前にファッション業界が描いていた男性像が「私らしくないな」と思ったからだろう。私が10代だった80年代に一世を風靡していたのは、「ミュグレー(MUGLER)」や、マッチョなアメリカンブランド。一方の私は細かったから。生まれたのは田舎町で、カルチャーとの接点はレコード屋くらいしかなかった。コンサートやクラブに行くことが社会との数少ない接点だった。だから私は、音楽に強い影響を受けている。
振り返れば当時は、メンズではなくウィメンズに共感していた。マルジェラも88年から91年にかけてはウィメンズだけを手掛けていたし、当時は「コム デ ギャルソン」もウィメンズにより傾倒していた。ステレオタイプなグラマラスに迎合したくなかったんだと思う。加えて当時から機能的な洋服が好きだった。実際デビュー以来、自分も着られる洋服をデザインしてきた。
WWD:「イーストパック(EASTPAK)」とコラボした巨大なバックパックをモデルが背負っていた2008年春夏のランウエイショーの後、「巨大なバックパックの中には何が入っている?」と尋ねたら、ラフは「夢だよ」と答えてくれた。以来「エモーショナルなブランドだと思っている。
ラフ:振り返ればその頃から、リアルな世界を体感する価値を説いているのかもしれない。あの頃から人々はオンラインに夢中になって、「デジタルの世界にはなんでもあるから、なんでもできるから」という感覚が当たり前になってきた。以来、私はリアルな世界を探求する意味を問いかけ続けている。
自分だけの思考をもたらすから
孤立や孤独が悪いとは限らない
WWD:特に最近はSNSに警鐘を鳴らしている印象が強い。SNSは、人を少し縛り付けていると思う?
ラフ:「少し」どころではなく、「とても」縛り付けていると思う。ただ、すでに広まったSNSを悔いることもしたくない。私よりずっと年配のミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)は、過去を懐かしむのではなく、未来を考え続けている。私も同じだ。特に未来そのものである若い世代に興味がある。だからこそ、彼らを通じて「次は、どんな時代になるのか?」を考えようとしているが、世の中そしてファッション産業は複雑になっている。
業界は、とてつもなく巨大だ。だからこそ最近、若い世代は「成長して、大きな存在にならなければいけない」というプレッシャーにも縛られている気がする。幸い、私はそんな考えに縛られなかった。「ビッグ」ではなく、「グッド」であるべきだと考えていた。キャリアの中では「ジル サンダー」や「ディオール」そして「カルバン・クライン コレクション」のようにビッグなブランドで働き、規模の違いについても考えた。そして大きくなるばかりが正解ではないと考えるようになった。
かつてのブランドは、1人の人間、1つの頭、1つの心、そして2本の手によってコレクションを生み出してきた。今はそんな時代ではない。イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)やクリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)、ユベール・ド・ジバンシィ(Hubert De Givenchy)のようなデザイナーは姿を消した。業界の構造そのものが変化している。SNSなどの影響により、ファッション業界は業界人ではなく、ビッグスターに支配されているのかもしれない。それが正しいのか、間違っているのか?私に決める権利はない。ただ、それが今の現実だ。
SNSが人と人をつなげる役割を担うようになったとき(2016年)、私は「ISOLATED HEROES(孤独なヒーロー)」という書籍を発売した。特に若い世代は、時に孤立したり、孤独を感じたりするかもしれない。しかし私は、それが悪いとは思わない。孤立や孤独は、時に自分だけの思考をもたらすだろう。学校に通っていた頃、私は他の300人の生徒とは違う格好がしたかった。SNSの世界では、皆が同じような格好をしたいのでは?と思う時がある。人と違う格好をしたら、批判されるかもしれないという恐怖心があるのだろうか?だから私は、SNSについて問いかけ続けたいと思う。