
2026-27年秋冬メンズコレクションサーキットの現地取材は藪野淳・欧州通信員と本橋涼介ヘッドリポーターが担当しました。1月20日から25日は、パリ・メンズ・ファッション・ウイーク。メゾンはクリエイティブ・ディレクターの交代ラッシュが一段落した一方で、公式スケジュールに15人もの日本人デザイナーが名を連ねました。20、21日のハイライトをお届けします。
同日に実施した「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」「オーラリー(AURALEE)」「ディオール(DIOR)」「ルメール(LEMAIRE)」ショーリポートは別途掲載しているので、こちらもぜひご一読を。
「ルイ・ヴィトン」が示す“未来のダンディー” タイムレスなラグジュアリーに機能性を融合
停滞か飛躍か「オーラリー」の次なる一手 陰鬱な冬に“カラーセラピー”で心を解き放つ
「ディオール」メンズは“異質“を大胆にミックス 批判やリスクを恐れないジョナサン・アンダーソンの挑戦は続く
「ルメール」がショーではなく“舞台”で伝えたもの 人と共に生きる服のあり方
「キディル」はカオスと静寂が混じり合う「ヘブン」
本橋:末安弘明デザイナーの「キディル(KIDILL)」は今回、過剰なパフォーマンスを削ぎ落とし、シンプルなステージで服と身体だけに集中させるスタイルに舵を切りました。ショーで際立っていたのは、末安さんが常に見つめてきた“矛盾”です。象徴的だったのは、東京アンダーグラウンドの巨匠、トレヴァー・ブラウン(Trevor Brown)のアートワーク。「キュートとハードコア」「無垢と背徳」が同居する少女や目玉のグラフィックが、オーバーサイズのシャツやドレスを侵食。パステルピンクのスウェットに描いた、包帯を巻き臓器が露わになった「メディカル・テディベア」は、痛みと可愛らしさが入り混じっていました。
今回のテーマである「ヘヴン(HEAVEN)」の真意は、ショー終盤に明らかになりました。「これまでは過剰に攻めていたが、自分の精神的な解放、居心地の良い方向に向かいたかった」と末安さんは語ります。その象徴が、ラストに登場した巨大な羽のルックだったのでしょう。
「自分なりに服作りに向き合いたかった」とバックステージで語った末安デザイナー。「アルファ インダストリーズ(ALPHA INDUSTRIES)」とのコラボMA-1は、武骨なミリタリーを繊細なチュールで包み込むことで「強さ」と「脆さ」を共存。「アンブロ(UMBRO)」とのコラボアイテムには40箇所以上ものアジャスターを埋め込むなど、機能を超えた過剰な装飾でパンクを表現しました。現代をサバイブするための鎧のようなその服は、どこか危うさも感じさせましたが、だからこそコアな「キディル」ファンの共感を呼びそうです。
「ケンゾー」は折衷感のあるカレッジスタイルで“原点回帰”
藪野:NIGOさんが手掛ける「ケンゾー(KENZO)」は今回、ショーではなくプレゼンテーションを行いました。会場に選んだのは、創業者の髙田賢三さんが1990年代から2009年まで暮らしていたという広々とした邸宅。バスチーユ地区という割と賑やかな街中にあるのですが、一歩足を踏み入れると、そこは静謐とした空気に包まれています。現在は別のオーナーが所有しているとのことで、隈研吾さんが改修を行ったのですが、鯉の池もある竹や杜松が生い茂った庭園や木材を多用した温かみのある空間からは日本の美学を感じます。
そんな会場で披露したのは、「ホームカミング」と題した創業者とメゾンの本質にオマージュを捧げるコレクション。NIGOさんは、服を通して表現する「自由、色彩、そして喜び」を着用者にも感じてもらいたいと考え、さまざまなカルチャーやアーキタイプを折衷しながら、22年のデビューコレクションで見せたカレッジスタイルやシルエットをさらに発展させました。ラインアップは、着物風のフロントが特徴的なテーラードジャケットやバーシティージャケット、アーカイブから引用した「K」のグラフィックやブロックチェックを用いたニット、ウエスタンシャツ、シアリングブルゾン、ゆったりとしたジーンズやスラックスなど。実際に日常で着用される姿が浮かぶアイテムが増えました。また、ボリュームたっぷりのフレアスカートはアーカイブを復刻したデザイン。そこに見られる花の刺しゅうやパターンをウエアからアクセサリーまでに散りばめることで、全体に統一感を生み出しました。
来シーズンはまたショー発表に復帰する予定とのこと。この”原点回帰”を経て、どんなコレクションを見せてくれるのか楽しみです。
ジェイデン・スミスによる初の「クリスチャン ルブタン」メンズ
藪野:「クリスチャン ルブタン(CHRISTIAN LOUBOUTIN)」が、メンズ・クリエイティブ・ディレクターにジェイデン・スミス(Jaden Smith)を起用したという昨年9月のニュースには、驚いた方も多かったのではないでしょうか?僕もその1人でした。今回、そんな彼が初めて手掛けた2026-27年秋冬コレクションが、プレゼンテーションで披露されました。
会場に入ってまず驚いたのは、「過去・現在・未来の対話」というテーマを表現した映像から音楽や空間演出にいたるまで、かなり世界観が作り込まれていたこと。プロダクトも予想以上にラインアップ豊富で、ジェイデンの本気度が伝わってきました。
コレクションの中心となるのは、レースアップブーツ“トラップマン(TRAPMAN)”やオックスフォードシューズ“コルテオ(CORTEO)”といったブランドを代表するモデルを再解釈したアイテムです。中でも目を引いたのは、チーズのようにいくつもの穴をカットアウトで施したり、スリングバックで仕上げたりしたペニーローファーやエナメルを垂らしたようなショートブーツ、テック素材でアッパーを覆ったシューズ、たくさんの外ポケットをつけたバッグ。正直、既視感のあるアイデアもありましたが、黒赤白を基調にさまざまなデザインを打ち出しています。
また、ファッション好きでも知られるジェイデンはレザーのハーネスやバンダナといった小物も提案。若く自由な感性を生かしながら、ウィメンズとは異なる世界観で新たな顧客開拓に挑むようです。果たして、彼は現在低迷しているメンズラインの救世主になれるのか?この先の動向も見守りたいと思います。
「アミ パリス」15周年 ルービックキューブのような計算なきエレガンス
本橋:「アミ パリス(AMI PARIS)」は創設15周年の節目。アレクサンドル・マテュッシがの今季のインスピレーション源は、「ルービックキューブ」だそう。「ほんのわずかな動きで、色も配置もムードも一変する」。その言葉通り、コレクションは色とりどりのピースが予測不能に組み合わさったような楽しさに満ちていました。マテュッシが語る「カフェのテラスから見える景色」のように、物語も服装も違う多様な人々が行き交うパリの日常をランウェイに再現しました。
個人的に唸ったのが、スタイリングの妙です。春夏のシャツスタイルの崩しも見事でしたが、秋冬でもその手腕をいかんなく発揮。特にタイドアップの崩しは「マジでいけてる!」の一言。シャツのボタンをラフに開けたり、カジュアルなアウターに忍ばせたり。ロングコートやピーコートといったアウター群も、モノ自体は非常にベーシックでオーセンティックです。単体ではそこまでのインパクトはないかもしれません。しかし、スカーフの無造作な巻き方や、襟の立て方、グローブの合わせ方ひとつで、強烈なキャラクターを作り出していく。この「スタイリングで個性を魅せる」手法こそが、まさに今の気分です。「アミ パリス」が15年たった今、若者を虜にしている理由を再確認した夜でした。
「アクネ ストゥディオズ」が“若者のフィルター”で逆輸入する、新しいメンズウェアの形
本橋:「アクネ ストゥディオズ(ACNE STUDIOS)」はいよいよ30周年。クリエイティブ・ディレクターであるジョニー・ヨハンソン(Jonny Johansson)のクリエイションを見ていていつも思うのは、「オーセンティックなメンズウエアを、若い世代のフィルターを通して“逆輸入”するのがうまい」ということです。
それは単に「若者にしか着られない服」を作るということではありません。若者のユースフルな感度や遊び心を取り入れながら、それを大人が着ても「いいな」と思える普遍的なものへと昇華させる。このバランス感覚こそが真骨頂だと感じます。
その象徴が、今回コレクションの中核として復活した「1996年」のストレートレッグジーンズです。当時のオリジナルのプロポーションを再現しつつ、そこにはフォトコピーされたようなトロンプルイユ(だまし絵)や、テープで補修したようなディテールを加えていました。スタイリングにおいても、その“逆輸入”の感覚が表れています。ウエストをシェイプしたダブルブレストのジャケット、シルクスカーフといったメンズウエアのクラシックな要素を、あえてシワ感のあるシャツや着古したジャージーで崩します。
「敬意と再解釈がせめぎ合う緊張感」。リリースにあったその言葉通り、伝統的なコードを一度壊し、若々しいエネルギーで再構築することで、誰もが着たくなる新しい“品格”を生み出していました。
ジョニー・ヨハンソンが語る「対話」と「触覚」、日本への「共鳴」
30周年を迎えるアクネですが、僕が学生だった2010年代前半、「アクネ」といえばまだジーンズブランドというイメージでした。これほど軽やかに変化し続けるジョニー・ヨハンソンの頭の中は、一体どうなっているのでしょうか? 今回、展示会場で彼に話を聞くことができました。
話題はまず、彼らが発行する「アクネペーパー」の活動についてやパリにこのほどオープンしたギャラリースペースについて。なぜファッションブランドである「アクネ」が、物理的な「場」や「出版」に注力するのでしょうか。
「たとえばルック撮影というのは一つのプロジェクトであり、終わればそれで完了してしまうもの。でも、私たちが共に作り上げたいと選んだクリエイターには、奥深い魅力がある」とジョニーは語ります。「彼らにはもっと見せるべきコンテンツがあり、語られるべきことがある。ギャラリーは、単発で終わらせず、彼らとの継続的な関係(コラボレーション)を築き、拡張するためのプラットフォームが出版物であり、ギャラリーなのです」。そこは決して「売れ、売れ、売れ」という商業的な場所ではなく、自由な対話が生まれるスペースなのだといいます。
デジタル全盛の現代において、あえてフィジカルな空間にこだわる理由を尋ねると、彼は自身の性質を「触覚(タクトタイル)を大切にするタイプ」だと表現しました。「私はそこまでデジタル人間ではないんです。生地に触れるのが好きですし、『ああ、これだ。これがその一着(ピース)だ』と手で実感したい。ファッションにおいて、触れたいという欲求や人間的なつながり、物理的な実感がなければ、うまくいかないと思うのです」。コレクションに見られる、使い込まれたデニムの質感や複雑な加工への執着は、この彼の「手触り」への愛。そして支持層であるデジタルネイティブな若者たちを、新鮮な魅力で虜にしているのかもしれません。
最後に、日本の話題になると彼の表情が一層和らぎました。「東京にはもう30回くらいは行っているかな。最初は1989年、私がまだ若かった頃です」。宮崎でサーフィンをした経験もあるそうです。「あちこち行って感じるのは、日本人と(ブランドのルーツである)スウェーデン人はどこか似ているということ。どちらも少しシャイで、控えめ。でも、一度打ち解ければ、そこにはとても深い理解と敬意が生まれる。その『静かなる共鳴』のようなものが、私はとても好きなんです」。
30年という時を経ても、好奇心を失わず、人や素材との「対話」を大切にするジョニー。その眼差しこそが、「アクネ ストゥディオズ」を常に若々しく保つ秘密なのかもしれません。