ファッション

デムナの「グッチ」、ミラノデビューは映画で 「バレンシアガ」のようにディストピアだけじゃない【26年春夏 新デザイナーの初コレクションVol.1】

先日発表した「グッチ(GUCCI)」で初のコレクション“ラ ファミリア(La Famiglia)”(イタリア語で「家族」の意)に続き、アーティスティック・ディレクターのデムナ(Demna)はミラノ・ファッション・ウイーク初日の9月23日、このコレクションを着用した家族を描いた、スパイク・ジョーンズ(Spike Jonze)とハリナ・レイン(Halina Reijn)監督の短編映画「ザ タイガー(The Tiger)」を披露した。

映画は、実に奇妙なストーリーだ。主役は、グッチ インターナショナルの代表であり、グッチ カリフォルニア会長のバーバラ・グッチ(全て架空)。俳優のデミ・ムーア(Demi Moore)が演じた。一見すると華やかな才女のバーバラだが、彼女は仕事でも、家庭でもブランドの評判や自分に求められていると思い込んでいる姿にとらわれ、葛藤しながらも毎日必死。そんな彼女の誕生日を祝うため、一風変わった子どもたちと特別なゲストが集うパーティーが始まると、必死に作り上げてきた理想の家族像は簡単に崩壊し、バーバラと家族は新たな道を探ることにーー、というストーリー。「バレンシアガ(BALENCIAGA)」時代のデムナを知っている人なら、このストーリーを読んで、彼はまたディストピア(暗黒世界)を描こうとしたのか?と思うかもしれない。

デムナのサイコと「グッチ」の
「スプレッツァトゥーラ」が融合

確かにストーリーは、随所にサイコでホラーな場面が散りばめられ、ともすれば悲しい結末を迎えるのでは?とハラハラする場面が度々登場する。

しかし「グッチ」のデムナは、先に発表したコレクションが彼による「グッチらしさ」を表現していたように、映画でも「グッチ」のアティチュード、特にサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)前クリエイティブ・ディレクターの退任以降、ブランドが経営陣が変わってなお骨子に据えようとしている長らくのアティチュードの「スプレッツァトゥーラ(sprezzatura)」、気取らない余裕と計算された無頓着さと解釈するイタリア流のエフォートレスなエレガンスをちょっぴりサイコに映画で表現している。先日発表したコレクションでは自身のデザイン哲学と「グッチ」のメゾンコードが融合しうることを示し、今回の映画では自らの嗜好・志向と「グッチ」の信条もまた融合しうることを証明しようとしたかのようだった。

ここからは映画のネタバレになるが、例えば、それまで何とか取り繕ってきた家族が一気に崩壊するのは、バーバラの娘が連れてきたパートナーの彼女が持参した、“ホルモンバランスを調整して、気持ちを落ち着かせる”というナゾの薬がきっかけだった。日本ではこの段階でギリギリな内服薬は、アルコールと一緒に摂取すると副作用を生じるという。案の定それぞれは心の奥底に仕舞い込んでいた不安に苛まれたり、周囲に多くは語らないものの自分だけは密かに信じていた宇宙からやって来た“もう一人の自分”に出会ったりと、サイコなエピソードが続出する。が、いずれも最後は長年言えずにいた真実を期せずして家族に伝えることができたり、長らく抱えていたモヤモヤが言語化もしくは視覚化できてスッキリしたりと、一応のハッピーエンドを迎えていく。こうしたサイコとハッピーの狭間で揺れ動く物語は、自身のディストピアな世界観と「グッチ」の気取らないエレガンスの間を揺らめいたがゆえのものなのだろうし、同時に新しいコレクションを発表した際にデムナが目指すと宣言した「『グッチ』では、アティチュードも重要。これらの人物は皆自信に満ち、独自の視点を持っている」という姿をスパイク・ジョーンズたちが映像にしたものなのだろう。

個人的にはデムナによる初の「グッチ」のコレクションは、ミニマリズムという世界の中でデムナが「グッチ」らしさをデフォルメとも言えるほど最大限に描こうとしているもの、限界や臨界点と呼ばれるものに対してどれだけ近づけるか?に挑んでいるような印象を受けた。そしてデムナは、そんな姿勢やアティチュードこそ、さまざまな制約が存在する中でも自分らしさを表現すべく努力し続ける人間そのものなのでは?と考えているフシがある。映画のタイトルとなった「ザ タイガー」とは、バーバラの息子の問いかけ「もし、この部屋に虎がいたら、あなたはどうする?」に端を発している。これまでのバーバラなら、きっと虎に対峙し、戦ったり、手懐けたりするのだろう。しかし息子は、「ウサギのように食われればいい」と話し、母親であるバーバラに虚勢を張らず、自分らしく生きればいいと諭す。この映画は、そんな人間らしさをサイコかつホラーに、でも可能な限り人間らしく描こうとしたもののように思えた。

映画「ザ タイガー」は、明日ニューヨーク、明後日ミラノで上映される。

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