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「ディオール」メゾンコード研究 第11回 ムッシュ・ディオールがハウンドトゥースを好んだワケ

 歴史あるブランドはアイコンと呼ばれるアイテムや意匠を持ち、引き継ぐ者はそれを時代に合わせて再解釈・デザインする。アイコン誕生の背景をひもとけば、才能ある作り手たちの頭の中をのぞき、歴史を知ることができる。この連載では1946年創業の「ディオール(DIOR)」が持つ数々のアイコンを一つずつひもといてゆく。奥が深いファッションの旅へようこそ!

 ハウンドトゥースはスコットランドにルーツを持つ織り柄で、名前の由来はその白黒の柄が猟犬(ハウンド)の牙(トゥース)のように見えるからといわれている。1920年代には希代のしゃれ男で狩猟も好んだ趣味人、英国ウィンザー公がこの柄を着用したことで紳士たちの間で人気に火がついた。ちなみにこの柄が日本語で「千鳥格子」と呼ばれるのは、千鳥が飛ぶ様に似ていることから。いずれにしても野性味溢れる、男性的な印象を与える柄である。

 この柄を女性の洋服に用いて一般的にしたのはムッシュ・ディオールだといわれている。ムッシュ・ディオールは幼少期をフランスの海辺の街、グランヴィルで過ごし、海を挟んだ対岸の国であるイギリスへの憧れを抱いて育った。大人になっても習慣や伝統を重んじる英国のカルチャーに愛着を持ち、メゾンを創立する前の1938年、ロベール・ピゲのもとで働いていた時にすでにハウンドトゥースを使った最初のドレスを制作している。

 そして自身のメゾンを立ち上げた後の47年、「ディオール」の初コレクションでもハウンドトゥースを大胆に使ったルックを複数発表している。ムッシュがこの柄に引かれた理由は大きく2つあったと推察できる。一つは、黒と白の規則正しいコントラストが生む視覚効果だ。それがアートに精通したムッシュの感性を刺激したことは想像に難くない。もう一つは、男性向けの生地を女性の服に仕立てるというアイデア。時は第2次世界大戦後間もないころ。時代の転換期とはいえまだ保守の力も強い時代に、紳士服の定番ファブリックをドレスやコートに仕立てる発想は画期的である。そんなムッシュ・ディオールの提案は、先見の明がある女性たちから賞賛をもって受け入れられた。実は同時期に発表されたフレグランス「ミス ディオール」のボトルデザインにもハウンドトゥースが使用されている。白と黒のマスキュリンなパッケージを開けると、中にはリボンで飾ったハウンドトゥース柄のガラス瓶の香水。その洗練されたデザインは今見ても新しくエレガントだ。

 歴代の「ディオール」のアーティスティック・ディレクターたちも、ムッシュ・ディオールの精神を受け継ぎ、この柄をデザインに取り入れてきた。現在のアーティスティック・テディレクターであるマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)は2020年春夏コレクションで、千鳥格子を編んだラフィアを織り込んだファブリックを使ったセットアップのルックを複数発表している。また、アイコニックでタイムレスなアイテムをそろえるライン“トロント モンテーニュ”では人気のバッグ“ブックトート”にこの柄を使用している。