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「ディオール」メゾンコード研究 第10回 キム・ジョーンズが提案する新しいテーラリング

 歴史あるブランドはアイコンと呼ばれるアイテムや意匠を持ち、引き継ぐ者はそれを時代に合わせて再解釈・デザインする。アイコン誕生の背景をひもとけば、才能ある作り手たちの頭の中をのぞき、歴史を知ることができる。この連載では1946年創業の「ディオール(DIOR)」が持つ数々のアイコンを一つずつひもといてゆく。奥が深いファッションの旅へようこそ!

 連載10回目の今回は、キム・ジョーンズ(Kim Jones)「ディオール」メンズ アーティスティック・ディレクターが提案する新しいテーラリングにフォーカスする。2018年6月に発表したキムによる「ディオール」メンズのデビューコレクションは、エレガントなテーラードスタイルが核となり、それは二つの意味でインパクトがあった。一つは、ストリートからフォーマルへトレンドがシフトする決定打となったこと。キムが時流をつかむ才気あるデザイナーであることを改めて証明した。もう一つのインパクトは、キムが参考にした「ディオール」のアーカイヴが歴代のメンズ・コレクションではなく、ムッシュ・ディオール時代のオートクチュールのドレスやコートだったことだ。キムはそこに時代を経ても色あせないメゾンコードの革新性と普遍性を見いだし、クチュールメゾンが作るメンズの可能性を示した。

 キムが手掛けるテーラリングの中でも象徴的なのが、「ディオール」メンズの2019年サマーコレクションで発表した“タイユール オブリーク”スタイルだ。斜めのラインの打ち合わせが印象的だが、これは1950-51年秋冬のオートクチュールで発表した“オブリーク ライン”に由来している。“オブリーク ライン”は絞ったウエストや斜めのライン、なだらかなショルダーが特徴で、当時はコートやジャケット、ドレスなどさまざまなアイテムに取り入れられた。キムはこの独創的なラインを取り入れ、ダブルのジャケットをベースにしつつ、前立てを斜めのラインとし、ボタンを一つだけ付けた。エレガントかつ現代的な新しい、男性のためのテーラードの誕生だ。そもそも、アイテムや柄ではなく、“ライン”そのものがメゾンコードとなり得るのは、「ディオール」がクチュールメゾンであるから。微差の違いを生み出すアトリエの職人の手仕事なしには継承できないものだ。

 これらの話は、“タイユール オブリーク”に限った話ではない。バリエーション豊富なメンズのテーラードスーツは、いずれもフルキャンバス仕立てで、袖部分のライニングにはサテンストライプのキュプラを配し、ウエストバンドを内側に配するなど、英国サヴィル・ロウ(Savile Row)の伝統に基づきつつ、新解釈のシルエットを職人の手仕事により加えている。また、ディテールも重要だ。ラベルは全て「ディオール」を象徴するグレーに統一され、ラぺル部分には手縫いのボタンホールが配されさりげなく職人技を表している。そして、ハウンドトゥース、プリンスオブウェールスズといった英国調のファブリックが多いのは、ムッシュ自身が好んで度々用いていたことから。キムの“もしムッシュが今、メンズをデザインしたならば......”という視点は、このように一つ一つの選択に反映されているのだ。