「アットコスメ」4店舗目となる旗艦店が、ついに香港にオープンした。海外初となる旗艦店「アットコスメ ホンコン(@COSME HONG KONG)」は、香港の観光・商業エリアの尖沙咀(チムサーチョイ)に構え、売り場面積は1298㎡と日本の化粧品小売りが展開する香港の店舗の中でも群を抜く規模だ。同店は3フロア構成で、東京・大阪・名古屋の旗艦店で蓄積してきた運営ノウハウに、香港市場向けの新たな仕掛けを加えている。
すでに日本のアットコスメ店舗では”当たり前の光景”となった、ラグジュアリーからプチプラまで幅広いブランドを同一空間に配置する売り場づくりは、香港ではあまり例がない。運営するアイスタイルリテールは、日本同様に新しい小売りのあり方を香港市場で提示しようとしている。
「まずは香港の成功が前提」
「準備期間が限られた中で、よくここまで仕上げた」。現場を見渡した遠藤宗アイスタイル社長COOは、まずその点を強調した。「東京や大阪の旗艦店と比べても遜色がない。この規模でここまで整えられたのは大きな成果だ」と手応えを語る。
なぜ香港なのか、その理由は明快だ。「店舗運営を続けて市場の勘所がわかっている。香港は貿易規制や薬機法のハードルが低く、商品を集めやすい。生活者の審美眼も高く、文化的な受容度もある。まずはここで成功しなければ次を描けない」。初年度の売上目標は40億円。MDの成熟度は日本の旗艦店と比べるとまだ弱いが、現実的な起点として設定したと語る。
一方で、香港店を支える裏側には現地スタッフの育成という課題がある。「香港のスタッフはまだ経験が浅い。店づくりとは何かという基礎からのトレーニングが欠かせない。教育は日本と共通ではなく、(香港に進出した)2018年の立ち上げ時から独自に積み上げてきた。継続して機能している部分もあれば、再構築が求められる部分もある。今後はその体系を改めて整えていく必要がある」。
海外展開の拡大については、「まずはこの店をしっかり走らせることが最優先。香港で成果を出さなければ、次のステップには進めない」と慎重な姿勢を崩さなかった。
香港消費者の特性“リアル店舗志向”
アイスタイル香港・台湾ユニット長であり、アイスタイルリテール香港の社長を兼務する山本佑樹氏は、「日本の3つの旗艦店の良い要素を取り込み、海外で簡単ではなかったが、新しいチャレンジをここに詰め込むことができた」と自信をのぞかせる。
山本氏は7年前の2018年に現地法人の立ち上げに合わせて香港へ赴任し、香港の消費行動を継続的に観察してきた。香港の購買行動の特徴は「通販よりリアル店舗を好む文化が強い」と指摘する。買い物そのものがエンターテインメントであり、特別な体験があればそこに人が集まるという。コロナ後は日本で買い物を楽しむ香港人も増え、購買行動の幅が広がった。トレンド自体は日本との差が小さく、若年層では韓国文化への関心が高い一方、日本ブランドには「品質」や「安心感」への信頼が根強い。欧米ブランドはパッケージが醸す“見栄え”をフックに一定の支持を得ている。
香港の市中小売りは、「ワトソンズ(Watsons/屈臣氏)」や「ササ(SASA/莎莎)」といったドラッグストアが街中に密集し、生活導線の強さを武器に“コンビニ的チャネル”として機能する。最も動きの良い価格帯は1000〜2000円前後だ。一方で、百貨店のカウンターは“目的を持って訪れる場”ではあるものの、生活導線上の優位性は乏しい。日本ブランドは長年、百貨店中心のマーケティングに依存してきたため、顧客接点が限定され、若年層の獲得や顧客との関係深化という意味では課題が残っていた。
さらに、香港では若手人材の育成が難しく、SNS中心の情報発信だけでは顧客との関係が浅くなりやすい。この点で、リアル店舗の役割は再び高まりつつある。百貨店の集客力が低下し、“箱の価値”が揺らぎ始めている中で「アットコスメ ホンコン」のような店舗は、ブランドにとって新たな“育成の箱”として機能し得る。
「今回の店舗を通じて(香港における)百貨店の外に顧客接点を広げられれば、メーカーも日本と同じようなパフォーマンスに近づける。われわれの“箱”を活用していただきたい」と語り、メーカーの成長の受け皿としての役割を強調した。
「アットコスメ ホンコン」一挙公開
販売員は約50人で、日本での勤務経験を持つ香港籍スタッフも在籍する。「アットコスメ」の香港版アプリは英語と中国語に対応し、店頭のQRコードを読み取るとユーザーのレビューを即座に確認できる。AIによる商品特徴のサマリーにもアクセスでき、英語または中国語の音声案内が流れる仕組みも導入した。取り扱いブランドは約500に上り、構成比は日本ブランドが7割、韓国ブランドが3割で、ラグジュアリーブランドが残りを占める。
GF(1階)
“体験の場”に集中
GF(日本での1階に相当)には、正面に年間ベストコスメ受賞商品を集めた「THE BEST COSMETICS BUILDING」が配置され、5つの円柱ブロックで構成される比較購買の場を形成する。このほか、手洗い場を備えたテスターバーや、アットコスメストアの中でも最大規模となるミニコスメコーナーを設け、オープン時点で100を超えるブランドが並んだ。
入口右横の通りに面したスペースにはポップアップエリアを設置し、オープン時は「カネボウ」、翌週は「メディキューブ」と日本の旗艦店と同様に1〜2週間単位でブランドを入れ替えて運用する。
GF(1階)にはレジを設置していない。建物構造と導線を踏まえた判断だ。香港の建物は上階ほど床面積が広く、限られた1階を“体験の場”に振り切った。アイスタイルリテールの石井亮・執行役員 店舗カンパニー副カンパニー長は、「行列ができると世界観が見えにくくなる。まず1階でアットコスメの楽しさを感じてもらい、上階へ進んでいただきたい」と説明する。
1F(2階)
常に新しい情報が生まれる編集売り場
1F(2階)では、エレベーターを上がった正面にもポップアップスペースを設け、売り場のどこを切り取っても「常に新しい何かがある」状態をつくり込んだ。また、同店の売れ筋がひと目で把握できるランキングコーナーも配置。オープン時は原宿旗艦店のランキング製品を陳列し、3カ月後をめどに同店のセールスデータに基づくランキングへと切り替える計画だ。
2F(3階)
アジアのトレンド編集
2F(3階)には、アジア、ソウル、東京のトレンドを集めたゾーンをそれぞれ設けた。フレグランスゾーンには、原宿旗艦店でも導入しているセントマティック開発のAI香り診断システム「カオリウム」を配置している。その奥にはメイクアップアーティストが施術できるスペースを設け、ライブ配信の拠点としても利用できるようにした。
隣接エリアには、メーカーに依存しない肌測定器を設置し、13項目を測定した結果をアプリに蓄積できる仕組みを構築した。「シートマスクウォール」も用意し、箱売りが一般的な香港市場において、1枚単位で購入できる新しい体験を提供する。体験価値を高める施策として、500香港ドル、800香港ドル以上の購入者を対象に回せるガチャやUFOキャッチャーも設置した。
静かな開業、それでも人が集まる
今回、香港・大埔区で大規模な高層住宅火災が発生したことを受け、アイスタイルは地域社会の復旧・復興支援の一助として、同店の売り上げの一部を現地の支援団体を通じて寄付すると発表した。オープン準備には日本から約20人が渡航し主要メンバーが現地に集結していたが、祝賀ムードは控えた。贈られた祝い花は正面に出さず、初日10時の開店は静かにシャッターを上げる形でスタートを切った。地元客や観光客と見られる客が吸い込まれるように来店し、店内では写真撮影をする人の姿も目立った。静かな開業でありながら人の流れを生み出しており、同店が香港でどのような役割を担うのか、今後の展開が注目される。
■@cosme HONG KONG
オープン日 :2025年12月5日
所在地:Yue Hwa International Building, No.1 Kowloon Park Drive and No.7 Ashley Road, Kowloon, Hong Kong
営業時間:10:00〜22:00