PROFILE: 小林葵/トリクル代表取締役社長

早稲田大学AI研究会の創設者であり、大学3年生にしてAI開発・研修事業を手がけるトリクル代表取締役社長の小林葵さん。SNSでの発信やユーチューブチャンネル「リハック(ReHacQ)」のMCとしても注目を集める彼女のもとには、いま企業のDX担当者から相談が絶えない。そんな彼女に、デジタルに苦手意識を持つアパレルビジネスマンがAIを味方につけるための「最初のマインドセット」を聞いた。(この記事は「WWDJAPAN」2025年12月1日号から抜粋・加筆しています)
WWD: AI分野で起業したきっかけは?
小林葵トリクル代表(以下、小林): 起業したのは昨年2月です。AI・DXを国策として推進する現代は、まさに学生起業の絶好の機会だと確信しました。特に、人材開発支援助成金などによるAI研修費用の最大75%補助や、開発投資への公的支援(補助金50%超)が、初期のリスクを大幅に軽減し、事業化の決定的な後押しとなりました。この強力な追い風に乗る形で、市場ニーズが明確な受託開発と企業向けDX研修という事業形態で、戦略的かつスムーズなスタートを切ることができました。
WWD: AIの知識はどのように習得したのですか?
小林:AI関連企業や東大の研究室でインターンをしていましたが、私にとってAIは机に向かって「学ぶ」というより、情報の流れを「追い続ける」感覚に近いです。米国発のネット掲示板「レディット(Reddit)」など、ネット上に転がっている最新情報も泥臭くキャッチしてきました。独学の比重はかなり大きいですね。
現在は、開発業務はプロのエンジニアと組み、私はそこで得た最新の知見を蓄積して研修という形でアウトプットしています。私自身はコードをバリバリ書くわけではありませんが、エンジニアと対等に会話できる理解度は常に保つようにしています。
普段からSNSで発信していたら、「誰に頼めばいいかわからない」という企業様から自然と研修依頼が来るようになりました。AI活用を推進したい企業は多いものの、一般社員の目線に立って分かりやすく教えられる人は意外と少ないのかもしれません。最近も大手企業の子会社や人材派遣企業など、幅広い業界からご依頼をいただいています。
まずは期待値のズレを正すことから
WWD: 現場では「AIを触ってみたけどうまく使いこなせず、結局元のやり方に戻った」という声も聞きます。
小林:非常にもったいないですよね。それはAIに対する「期待値」がズレていることが原因だと思います。「AIなら魔法のように全部できる」と思ってしまうと、一度失敗しただけで「なんだ、使えないじゃん」と離れてしまう。現状のAIには「得意なこと」と「苦手なこと」がはっきりあります。その感覚を掴むには、とにかく普段からAIに触れる癖をつけるしかありません。
WWD:小林さん自身は、プライベートでどうAIを使っていますか?
小林:これはアパレルの方にもおすすめなのですが、画像生成AIを使ったファッションや髪型のシミュレーションです。自分の写真を読み込ませて、似合う色や髪型を試しています。あとは、恋愛相談にも使っています(笑)。私は中高女子校育ちで恋愛経験値が低かったので、気になる人とのライン履歴をAIに読み込ませて性格分析をしてもらうことも……。ライン履歴が膨大な時は、大量の情報を処理できるGoogleの「ノートブックLM」が便利です。
WWD: 生成AIを使いこなす上で大事なことは?
小林:まず相手(生成AI)のことをよく知ること。恋愛と同じですね(笑)。「AIはそもそも何ができるのか?」という全体像を把握するのが大事です。生成AIが作り出せるものは、大きく分けて「テキスト」「画像」「動画」「音声」の4種類。「チャットGPT」の有料版(Plus)に課金すれば、このすべてを現状のトップ性能で使えるので、まずは月額3000円ほど投資をして、全部の機能を触ってみてほしいです。
それから、AI業界は進化が速すぎて「これを学べばOK」という教科書が存在しません。本が出る頃には情報が古くなっていることもあります。普段からSNSやユーチューブで最新情報を発信している人をフォローして情報を追うのが、一番現実的で効率的だと思います。
WWD:ビジネスシーンではどう活用していますか?
小林:メール作成、用語の定義確認、スライド作成、研修資料の構成案、会食前の相手企業のリサーチなど、ほぼすべての業務で使っています。メインはチャットGPTです。
特にアパレルの企画職の方など、プレゼン資料作成に時間を取られていませんか? ただチャットGPTに「スライドを作って」と丸投げしてもうまくいきません。チャットGPTは複雑な処理時間が制限されているため、長尺のスライド作成は苦手です。しっかりした資料を作りたいなら、(中国発AIエージェントの)「マヌス(Manus)」や「スカイワーク(Skywork)」といったサービスを使うのがいいと思います。
ただし、かなり減ってきているにせよ、AIが「嘘をつく(ハルシネーション)」こともあるので要注意です。デザインツールの「キャンバ(Canva)」などに読み込ませて、最後は人間が手直しするのが吉です。AIはあくまで「下書き役」と割り切るのがコツですね。
組織を変えるのは「小さく作って、小さく改善」のサイクル
WWD:企業研修で、特にビジネスマンからの反響が大きい使い方はありますか?
小林: チャットGPTには「GPTs(ジーピーティーズ)」という、自分専用のAIボットを作れる機能があります。これを使ってグーグルフォームの自動生成を実演し、アンケート項目の考案からフォームの作成まで一気に完了する様子をプレゼンテーションすると、会場から「おおー!」と声が上がりますね。アパレルでも展示会での顧客アンケートや、店舗スタッフへのヒアリングなど、現場の声を吸い上げる作業は多いはず。手間を大幅に減らせるので、効果を実感しやすい活用法です。
WWD: ただ、自分で生成AIをカスタマイズするのはハードルが高そうです。
小林:このGPTsはプログラミング言語を使わず、言葉(自然言語)だけで指示して作れる「ノーコード」ツールなんです。「バイブコーディング(直感的な指示での開発)」なんて言われますが、ぜひ触ってみてほしいです。例えば「DMの返信案作成」「ビジネスメールの敬語変換」「会議の議事録要約」など、毎日30回くらい発生する地味な作業をGPTsに任せるだけで、本来使うべきクリエイティブな時間に割けるリソースが劇的に増えます。
WWD: 組織でAI活用を浸透させるコツは?
小林:「完璧を目指さないこと」ですね。一人で完璧なツールを作ろうとするより、まずはプロトタイプを作って社内のスラックなどで共有し、同僚からフィードバックをもらいながら改善していく。「小さく作って、小さく改善する」のが結果的に一番早いです。
周りに感謝されると、「もっと複雑なことをさせたい」「他のツールとも連携させたい」という欲が出てきて、自然とスキルアップしていきます。一人で完結させるのではなく、みんなで育てていくムードを作ることが組織導入の鍵です。今はAIに及び腰なベテラン社員の方、特に男性は凝り性な方が多いじゃないですか。一度AIの面白さにハマると「俺に任せろ」と、すごいスピードで習得されたりするんです。そういう方こそ、実は最強の「GPTs職人」になるポテンシャルを秘めていると思いますよ。