ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。少子化の進展で空前の売り手市場になった昨今、大手企業による新卒初任給の賃上げが相次いでいる。アパレルチェーンにおいても「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングを筆頭に初任給30万円以上の企業が出てきた。ただ生産性と利益率が低いといわれるアパレル業界に、賃上げ競争を勝ち抜く条件をそろっているのだろうか。各社のデータを細かく分析し、読み解いていこう。
少子高齢化による若年労働力不足にインフレが加わって「賃上げ」競争が熾烈化しているが、「賃上げ」をできる原資がないと競り負けてしまう。主要アパレルチェーンの運営効率と人時効率、給与水準を比較して「賃上げ」の原資と余力を検証してみた。
初任給30万円にはもう驚かない
日本経済新聞が集計した2025年春の大卒初任給は25万円以上が54.3%、中でも30万円以上が10.2%と1割を超えていたから、もはや初任給30万円はトピックではなく新たなスタンダードとなりつつある。45.7%と過半を割った初任給25万円未満の企業が採用に苦戦するのはやむを得まい。
停滞が続いていた賃金水準も22年から物価とともに上向いたがインフレに賃上げが及ばず、22年は実質1.1%のマイナス(賃金1.9%増<物価3.0%上昇)、23年も実質2.5%のマイナス(賃金1.3%増<物価3.8%上昇)、24年も実質0.2%減(賃金2.9%増<物価3.2%上昇)と3年連続の実質減少となった。コロナ前19年から累積すると賃金が5.4%増えた一方で物価が10.0%インフレし、実質所得は4.2%減少したことになる。とりわけ生活に必需な食料品の値上がりが19.4%と大きく、この間にエンゲル係数は25.7から28.3に跳ね上がり、ファッション係数(被服・履物支出)は3.67から3.33と9掛けに落ちた。
そうは言っても、若年・女性労働者の賃金は全体平均を抜け出して上昇が加速している。厚生労働省の賃金構造基本統計に拠れば、23年は20〜24歳が4.0%増、25〜29歳が3.3%増と若年男性の賃金が伸び、男性平均の2.6%増を上回ったが、女性は10代が5.6%増と大きく伸びても平均は1.4%しか伸びなかった。24年になると状況が一変して女性の賃金が4.8%も伸び、男性の3.5%増を凌駕した。男性では10代が6.5%増、30〜34歳が4.7%増、45〜49歳が4.8%増と伸びても20〜24歳が2.1%増、25〜29歳が2.6増%と平均を下回るなど若年世代全体が押し上げられたわけではなかったが、女性では20〜24歳、25〜29歳が5.0%増、35〜39歳が5.3%増、45〜49歳が5.8%増と、20代から40代まで幅広く賃金が伸びた。
男女間賃金格差も75.8%と2001年から10.5ポイント縮まり、男性から女性へ、壮年から若年へ所得移転が進んだが、この3年間に賃金が男性6.7%、女性8.6%上昇しても消費者物価は10.4%もインフレしている。インフレに抗して実質賃金をプラスにするにはそれ以上の賃上げが必要で、採用が逼迫する女性や若年層では毎年5.0%を上回る賃上げが必須だが、「賃上げ」競争を勝ち抜く原資はどうするのだろうか。
主要アパレルチェーンの初任給格差
「賃上げ」競争が最も過熱しているのが新卒者の初任給で、5%どころか20%も引き上げるケースも見られる。昨年はTOKYO BASEの30万円が話題になったが、今年は40万円に引き上げた。40万円と言っても一律の通勤手当(2万円)とその他一律手当(5000円)、80時間の固定残業代(17万2000円)が含まれており、給与計算の基準となる「基本給」は20万3000円でしかない。
同社は所定8時間の年間117休日だから年間所定労働時間は1984時間(8時間×248日)で、給与計算の基準となる時間単価は「基本給」を12倍して1984時間で割れば1227.8円と算出できる。
定期購読についてはこちらからご確認ください。
購⼊済みの⽅、有料会員(定期購読者)の⽅は、ログインしてください。