ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。長らく低迷していた米国のアパレルチェーン「アバークロンビー&フィッチ」のV字回復が話題だ。どん底にまで沈んだアバクロが復活できた理由を考察すると、日本のアパレルチェーンにも参考になるヒントがたくさん隠されていると小島氏は語る。
長い凋落の果てに行き詰まって売却されたライトオンやマックハウスはもちろん、マルキュー系やストリート系でも壁に当たって伸び悩むカジュアルチェーンが少なくないが、立て直しは容易ではないようで「復活劇」は滅多に聞こえてこない。そんな中、米国では業績も評判も一旦は地に落ちたアバークロンビー&フィッチ(以下、アバクロと略す)が劇的な復活を見せ、他のカジュアルチェーンにも似たような再建策が波及していると聞く。わが国のカジュアルチェーンにもアバクロの再建策は効くのだろうか。
どん底からのV字回復
2000年前後に一世を風靡した「アバクロ」も、多くのY2Kなカジュアルチェーンと同様にリーマンショック以降の低価格志向や等身大志向というマーケットの変質に押され、2008年1月期をピークに業績が落ち込んだ。
不採算店舗の整理とオンライン販売や海外展開、手頃価格の「ホリスター」に注力(11年1月期に「アバクロ」の売り上げを超えた)するなどして10年1月期を底に回復に転じ、13年1月期には45億1000万ドル(オンライン15.5%、海外26.5%)と売上高はピークに達し、営業利益率8.1%と収益性も回復したが(粗利益率は08年1月期の67.0%、営業利益率は07年1月期の19.8%がピーク)、他のカジュアルチェーンとは異質な「差別的・性的なマーケテイング」が社会的な批判を浴びて業績が暗転した。
14年12月には、92年にCEOに起用されてクラシックなアウトドアブランドだった「アバクロ」を過激なセクシーWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)コンセプトで一躍、人気ブランドに押し上げたマイケル・ジェフリーズ氏が業績悪化の責任を取ってCEOを退任。在任時からセクハラの噂が絶えなかったが、退任後の24年10月には在任時のモデル志望男性らに対する性的な人身売買に関与したとして米当局に逮捕・起訴されている。
15年には「全米で最も嫌われる小売りブランド」(米国顧客満足度指数、ACSI)に認定されるほどイメージが悪化し、年々売り上げが減少して17年1月期には33億3000万ドルまで落ち込んで営業赤字寸前に陥った。一時は身売り話も出てCEOが2年間も不在になるほど経営が混乱したが、ブルーミングデールズやサックス・フィフス・アベニュー、エクスプレスやアンテーラーでキャリアを積んで14年10月に「ホリスター」のブランドプレジデントとして入社し、15年12月に社長兼チーフ・マーチャンダイジング・オフィサーに就任していたフラン・ホロヴィッツ氏が17年の新決算期からCEOに就任し、ようやく本格的な再建に取り掛かった。
19年1月期には売上高35億9000万ドル、営業利益率3.7%まで回復したが、コロナ禍で業績が暗転して21年1月期は売上高が31億2500万ドルに落ち込んで2047万ドル(売上対比0.7%)の営業赤字に転落。翌22年1月期は売上高が37億1300万ドルと18.8%上昇して営業利益率9.2%と急回復したが、23年1月期は米国は既存店売上高が4%伸びたものの海外が11%も減少し(とりわけアジアパシフィックが29%も減少)、「アバクロ」は11%伸びても「ホリスター」が9%減少して足踏んだ。
24年1月期はアジアパシフィックの既存店売上高が26%増と急回復して全体でも13%増加し、「アバクロ」が23%、「ホリスター」も4%伸び、売上高が42億8100万ドルと15.8%伸びて粗利益率62.9%、営業利益率11.3%と本格回復。株価も1年間で5倍以上に上昇して同期間のエヌビディアの上昇率を上回り、アパレル業界を超えて復活が注目されるに至った。
売上高が急回復したと言っても店舗数を増やしたわけではない。19年1月期末の861店舗(「アバクロ」319店、「ホリスター」542店)から24年1月期末は765店舗(「アバクロ」247店、「ホリスター」518店)と96店も減少している。この間に286店舗を閉鎖して188店舗を新規に出店、44店舗を改装するなど効率化へのスクラップ&ビルドを押し進めた。
24年1月期の月坪売上高は2526ドルとピークだった07年1月期の1480ドルを70.7%も上回り、平均店舗売上高も440.56万ドル(平均184.9坪)と07年1月期の354.51万ドル(平均199.6坪)を58.2%も上回るから、この間の米国の累積インフレ率51%を割り引いても「復活」というより「変貌」というべきだろう。
25年1月期も3Q累計で売上高が前年同期比19.0%増、粗利益率が65.4%(同プラス2.5ポイント)、営業利益が同85%増、営業利益率14.4%(同プラス5.1ポイント)と絶好調を継続しており、通期業績を売上高15%増(49億2300万ドル相当)とわずかながらも上方修正し、営業利益率を15%と見込んでいるが、着地はさらに上回るかもしれない。売上高はピークだった13年1月期を超えて過去最高を更新するのは確実で、営業利益もピークだった08年1月期を超えるかも知れない。
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