私たち早稲田大学繊維研究会は「思想ある服造り」を行うサークルです。しかし「思想ある服造り」と一言で言っても、それを体現し、かつ来場者に感じ取ってもらうのは容易ではありません。来場者の前をモデルが通り過ぎるほんの数秒。その一瞬では語り尽くすことのできないコレクションの真髄を伝える一助となるのが、ショー演出です。
「思想ある服造り」を伝えるために

見る人に「これを作った人は何を考えていたのだろう」と考えを巡らせてほしい。演出案を考案する上で、来場者の思考を促すショーの在り方を模索しました。
ロールモデルとして採用したのが、2020年頃の弊会のショー。当時のショーからは、語らずとも1着1着に思考が恐縮されていることが感じ取れるためです。ショーの特徴を、硬さ、冷たさ、乾き、実験的、青み、幾何学、直線といったキーワードで解釈。これらのキーワードと、今年度のコンセプトから発想した「資本主義社会」「人々の交差」「交通」といった要素を掛け合わせて、音響、照明、導線を組み立てました。
土台を築く

ショーにおいて、その環境である会場は重要な意味を持ちます。会場の雰囲気によって、ショーのコンセプトの伝わり方も左右されるといっても過言ではありません。
会場は、九段下にある科学技術館。都内の公立小学校の多くの卒業生には、なじみのある場所かもしれません。私自身、幼少期によく訪れた記憶があります。その会場で、ショーを行えるのは非常に楽しみです。コンセプトである「変わりゆくなかで変わらないもの」が秘める、無機質さや現代性といった部分を会場の配線やシャッターなどによって引き立たせたいと考え、決めました。
空間で語るーー交差・複層
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数多の商品を運ぶトラック。数百万もの人々を乗せて交差する地下鉄。目まぐるしく過ぎ去る日常の中に立つ個人。
ルックブックにおいて歩道橋での撮影や長時間露光といった手法で表現した資本主義社会と人と物の交差のイメージを、ランウエイの形にも落とし込みました。中央を2本の柱が貫く会場に、大きくN字をなぞるようにランウエイを設計。ランウエイを横から眺めると、Nの左側の直線(以後A列)、中央の斜辺(以後B列)、右側の直線の3本の線が重なり、複層的な構図が立ち現れます。さらにランウエイ上に4カ所の停止位置を設けることで、A列上の停止位置で立ち止まるモデルを、B列上を通常通り歩くモデルが追い越していく状態が発生します。このレイアウトにより、上述した資本主義社会や日常といった変化の奔流のなかにいながら、個として流されることなく立つ姿勢を具象化しています。
音が描く「変わらないもの」
音楽について意見を出し合う会議の様子

ファッションショーにおいてのランウエイミュージックは、衣服の魅せ方や空間の温度を決定づける不可欠な要素です。視覚よりも先に空気を震わせ、観客の感覚を作品世界へと導く最初の入口でもあるでしょう。
今回のショー音楽は、「fault」や「vapour」で知られるDJ、イリーコール(illequal)氏に制作を依頼しました。テーマである「変わりゆくなかで変わらないもの」を15分のショーBGMで表現するため、音楽が移り変わっても軸として存在し続ける共通の軸をどのように体現できるかを探りました。その中で生まれたのが、楽曲全体を通して一貫した音を流し続ける構成です。変化を重ねるランウエイに対し、一定の音がショー全体の時間軸に1本のラインを引くことで、揺らがない核を示しています。
さらに、「コンセプトである資本主義を彷ふつとさせるモチーフがちりばめられた会場の造りを活かし、電車の走行音や人々の話し声といった都会的な環境音を楽曲に取り入れました。都市で生きる私たちの身体に染みついた音をあえて響かせることで、観客の皆さまにショー空間と日常がより深くつながる感覚を是非体験していただきたいです。
色でつながり、光でつなぐ
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本番中のコレクションを輝かせる照明は、音響と並んで演出においてなくてはならないものです。没入感、ルックの見え方、その背後にあるコンセプトなどショーにおいて重要な部分に、多様な影響を及ぼします。
またそれだけでなく、来場者が眩しくて見えないといった視覚的な障害にならないかなど、双方向で考える必要があります。
会議では、部員で共有していたルックブックのような透き通るような青みがありつつ、生活感を感じるような懐かしさのある色味や、直線的かつ流動的なイメージを照明に落とし込みました。
最終的に採用されたのは、地下鉄や車がトンネル内を通り抜けていく際の車窓の光です。前から後ろへと繰り返し流れていく、外部から差し込む照明を1周目とフィナーレの間のインターバルで再現しました。
コンセプトから部員が描くショーの様子というのは、一人一人で異なっていると思います。しかしその中で、色という視覚情報はその差異を含みつつも、最も直接的にイメージを共有できる素晴らしいものだと考えます。ショー開始前の照明についても、会議で幾度となく話し合ったため、この目で見るのが楽しみです。
アートブレーンカンパニーのご協力のもと完成した照明はイメージ通りのもので感動しました。拘りぬいた演出を通じて、コンセプトをめぐって私たちが考えたことが皆さまに少しでも伝われば幸いです。
TEXT:DAIGO MICHIMORI, MIYU SUGITA, TSUMUGI HAGIWARA