
読者も、連日のように最高気温が40度近くまで上がった今年の夏を覚えていることでしょう。私たち「早稲田繊維研究会」にとっても、忘れられない1日があります。例にもれず東京都心の最高気温が37度の数値を叩き出した8月18日、半日に及ぶルックブック撮影が行われました。プロのフォトグラファー、ビデオグラファ―、モデル3人、ヘアメイク3人と部員16人が、文字通り額に汗して取り組んだ屋外でのロケ。今回はその内幕を綴ります。
「早稲田繊維研究会」がショーと等しく力を注いでいるのが、ルックブックです。毎年ショーの来場者全員に配布するコンセプトブックとして製作しています。ショーに登場するルック7体を着用したモデルを、コンセプトを反映したロケ地で撮影し一冊にまとめます。来場者の思考を促す役割を果たすと同時に、ルック製作はもちろん、ロケ地選定や撮影方法、画角を考案する過程で、ショーのテーマについて部員が思索する機会でもあります。
変化と不変を映す、風景の選択
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ルックブック撮影の構想では、「変わりゆくなかで、変わらないもの」というコンセプトを際立たせる方法を探しました。特別な場所ではなく、誰かの生活が続く風景にルックを立たせることで、観る人が身近な生活へ立ち返るきっかけになればと考えました。
撮影地の主軸に置いたのは、世田谷区の希望ヶ丘団地。人の営みが染みついた場所でありながら、連鎖する鉄パイプと無数に並ぶ住戸の構造美が共存し、「流れと連なり」を感じさせます。団地という場は、日々の生活と「消費とともに暮らす」という都市的な側面とが交わり、人生・身体・消費に象徴される変化と、部屋を借り長期的に暮らしていくことや、留まることに見出される不変を同時に映し出すことができると感じました。
加えて周辺の道路や歩道橋でも撮影を行いました。大通りは、素早い消費の流れと生活の営みが交差する場所。下見では、目に入るたびに歩道橋を撮影しては見え方を検証し、いくつも比較したうえで、最も“変化と不変”が交わる景色を選びました。
「青」い世界が立ち現れるまで
ルックブック撮影に向けて、準備を開始したのは4月。上述したロケ地探しを皮切りに、フォトグラファー、ビデオグラファ―、モデルを並行してリサーチしました。
今年度は「変わりゆくなかで、変わらないもの」というコンセプトの他に、2020年頃のクリエイションへの回帰を目指しています。当時のクリエイションを直線・硬さ・無機質といったキーワードで再解釈。さらにこれらの要素を強めるカラーとして「青」を意識的に用いており、ルックブックの写真およびティザー映像も知的かつ清涼な青を基調としています。得てして日常生活の素朴さや、ぬくもりといった柔らかい印象を与えがちな団地で撮影するからこそ、作品が当初目指した硬さをもって立ち上がるようバランスを意識しました。青く静謐な世界を切り抜いた作品に魅了され、フォトグラファーを笠原颯太さんに、ビデオグラファ―をすみあいかさんにオファー。モデルキャスティングとヘアメイクにおいても、柔らかさやぬくもりと青に委ねたイメージの理想的なバランスを模索し、昨年度からともにショーを製作しているプアラ(Puala)のヘアメイク師たちとすり合わせを重ねました。
現像された青い世界
ーープロの技術が思考を具象化する
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そうして迎えた当日。7時すぎからモデルのヘアメイクを開始しました。ヘアメイク師たちが、モデルの髪に滑らかにヘアアイロンの小手をあてるさま。アイシャドウを瞼に繊細にのせる手さばき。そんな身のこなしと、真剣な眼差しに目が釘付けになりました。そうしてヘアメイクを施されたモデルが、ルック毎に七変化してみせる姿にはプロの高い技術力と経験値を垣間見ました。
朝8時、炎天下の中でロケがスタートしました。現場が予定通り進行しないのはご愛敬。10時過ぎには、スケジュールは当初の想定より1時間以上遅れていました。このままでは後半のルック撮影が間に合わないと、必死に挽回を図ります。ほとんど休む暇もなく撮影は進み、太陽が頭上に登り切った頃には、疲労と引き換えにスケジュールの余裕を得ました。撮影スケジュールが持ち直したのは、高い技術を持つプロのみなさんのお力添えによるものです。
午後は滞りなくそれぞれのルックをカメラに収めていきます。これで撮影が終えられそうだと安堵したのも束の間、今度は雨に見舞われます。最後に残ったルックは、急遽ロケ地を変更し屋根がある場所で撮影。予期せぬ出来事に見舞われつつも、半日にわたる撮影を終えました。時間の余裕が無いうえ、猛暑に体力を奪われる過酷な撮影だったにもかかわらず、終始和やかな雰囲気を保てたのは、カメラマンとしての技術のみならず、人間的な魅力も兼ね備えている笠原さんとすみさんのおかげです。
また、作り手の頭の中にあるイメージを丁寧にくみ取ってくださるヘアメイク師。背景毎に瞬時に世界観を構築し、ルックの魅力を引き出してくださるモデル。現場という場所は、プロの皆さんの仕事に対するまっすぐな眼差しと、底力を体感することができる贅沢な場でした。
共に見つめ育む、シャッターの瞬間
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笠原さんとすみさんとは、構想段階から一緒に準備を進めました。団地という生活感を含む空間が可愛らしさに寄りすぎず、ある程度のスタイリッシュさを保てること、また消費スピードのイメージから寒色寄りの涼やかなトーンを表現できる点で、お2人の作風はまさに理想的でした。
「ただ服を撮る」のではなく、「テーマに込めた思いまで写す」という考えに深く共感してくださり、光の扱いや撮影技法を丁寧にすり合わせました。「動」と「静」の対比を重ね、流し撮りやブレを残すことで、変化の中に立ち止まる瞬間を写しています。
お二人はそれぞれのルックに込められた思いを汲み取り、撮影表現に不慣れな私たちに代わってモデルへ的確な指示をしてくださったおかげで、撮ることそのものが対話のような時間になりました。
変わらないやさしさがつくる、現場の温かさ
撮影の合間にも、お2人は常に場を明るくしてくださり、緊張感の中にも温かな空気がありました。立て込む進行の中で「むしろ燃えるね」と前向きな声をかけてくださる笠原さん。一方では、車移動のたびに違う種類のパンを分けてくださるすみさん。これには思わず、幼少期に見た、元気と空腹を満たしてくれる“あのヒーロー”の姿を重ねました。タイトなスケジュールの中でも、そうしたひとときに心が救われました。
また、部員の中にも、6個しか入っていないピノをみんなに配ってくれる子がいて、忙しない時間の中でも“変わらずに”互いを気遣う姿勢がありました。こうした小さな思いやりの積み重ねが、撮影を無事に終えられた理由のひとつだと思います。細やかな気遣いを自然に交わせるメンバーに恵まれていることは、「早稲田繊維研究会」の誇れる部分のひとつです。
撮影を終え、写真に込めた想いは、ここから紙の上へと受け継がれていきます。次回は、ルックブックの製本とフライヤー制作。手に取れるかたちに変わっていく過程を追います。
■「早稲田繊維研究会」2024 seni fashion Show「それでも離さずにいて」
「早稲田繊維研究会」は12月7日、科学技術館でファッションショー「それでも離さずにいて」を開催。「変わりゆくなかで、変わらないもの」をコンセプトに、合計29ルックを発表する。今年の新たな取り組みとして、バッグやぬいぐるみといった小物も製作。また同団体のショーではこれまでウイメンズのみの発表を行ってきたが、今回からはメンズの発表も行うという。

日程:12月7日
時間:1部 13:30開場、14:00開演/2部16:30開場、17:00開演
会場:科学技術館9号館
住所:東京都千代田区北の丸公園2-1
料金:1000円
予約フォーム※完全予約制:https://forms.gle/JC967v4dNf3KYGxG6
TEXT:MOMOKO NAGANO、MIYU SUGITA