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細尾が「人生をかけた勝負」、技術・文化・地域を統合した国産シルク生産に挑む

京都・西陣織で知られる細尾を傘下に持つHOSOO COLLECTIVEは29日、国産シルクを生産するプロジェクト「京都シルクハブ(KYOTO SILK HUB)」を始動すると発表した。約15億円を投じて京都府与謝野町に養蚕拠点を設立し、次世代型の養蚕と製糸技術の開発に着手する。自動化と再エネを核に桑栽培から蚕の1~5齢、製糸までを統合管理して高品質シルクを生産、市場流通できる価格帯で供給するという先例のない画期的な産業モデル構築を目指す。2030年には年間10トンの繭生産を計画し、35年以降は構築したスキームの全国展開を視野に入れる。

6000年の絹の歴史を更新する「人生をかけた勝負」

「人生をかけた勝負」と意気込む細尾真孝・HOSOO COLLECTIVE社長が目指すのは「自動化と再エネによる『未来型養蚕』を起点に、シルク文化と地域の未来をともに創造すること」だという。

第一期の25~28年は桑畑と養蚕施設を一体型のシステムに統合する「次世代型養蚕ファームの構築」を目指す。具体的には、自動刈り取りロボットが収穫した桑をそのまま施設に運搬し、蚕が育つ工程へとつなげ、養蚕の1齢~5齢までの全プロセスを自動化し、管理するというもの。土壌環境から育成までが連動する統合型の養蚕施設を構想する。古くから絹織物の産地として知られる京丹後・与謝野町に4万2000平方メートルの土地を購入し、すでに蚕の餌となる桑の木の栽培を開始。27年に約1500平方メートルの養蚕施設の建設に着工し、28年から試験養蚕を開始する計画だ。全施設を太陽光エネルギーで稼働し、将来的な拡張と全国展開を見据えた拠点をつくる。

第二期の28~35年は「シルクの未来産業基盤の構築」を目指す。課題の多い製糸(繭から糸を取り出す工程)に取り組む。「ロボティクスや温度、光、音、振動などの情報を定量的に取得するセンシング技術を使い、これまで人が担ってきた繭の糸口を取り、糸を引き出すという非常に繊細かつ高度な作業をどこまで機械化できるかが鍵」と細尾社長は語る。現在、日本国内の稼働している製糸工場は3軒。古い機械を修理して使っているのが現状で、10年後に動かせるか不透明だという。製糸設備に加えて、研究ラボを整備し、建材やバイオ素材、ウェルネス領域への応用研究を行う。30年に本格稼働して年間約10トンの蚕の繭、シルク糸換算で2トンの産出を目指す。「従来は人手に頼らざるを得ずコストが高騰していた養蚕を、高品質を維持したまま市場流通できる価格帯にまで引き下げる。これが本プロジェクトの大きな目標であり、全方位で先端テクノロジーを活用する、これまでにない挑戦だ」と細尾社長。

文化・産業・科学による地方創生のモデルケースに

35年以降は、京都で確立したモデルの全国展開を進める。「これによって日本が再び“シルク大国”になり得ると考える。文化・産業・科学による地方創生のモデルケースとなり、観光や食、雇用など新たな価値を生む可能性を秘めている。単にシルクを取り戻すだけでなく、テクノロジーと地域文化を掛け合わせた“新しい日本発のモデル”を世界に提示していける取り組みだ。グローバルサプライチェーン依存型の生産から脱却し、日本・京都から新たな世界標準を創り出すことを目指す。当社の一事業にとどまらず、日本から世界をリードする大きな運動になると考えている。150年前、西陣の先人たちはフランス・リヨンから当時の最先端技術であるジャカード織機を持ち帰り、大きなイノベーションを起こした。その時と同じ規模の挑戦を、これからの10〜20年で成し遂げたい」と細尾社長。また国際的シルクネットワークを構築し、新産業モデルとして世界標準化を目指す。

日本の英知を結集して進める今回のプロジェクト、連携先の一つが今回明らかになった。養蚕におけるロボティクス開発や施設の稼働方法、製糸の機械化といった技術面はソニーコンピュータサイエンス研究所と連携する。同社の北野宏明社長は「私たちは応用可能な基礎研究を通じて人類、社会の発展に貢献することを使命としている。伝統と革新が交差する京都シルクハブにおいて、自然と調和しながら科学を発展させ、地球規模で持続可能な産業モデル構築への貢献を目指す」とコメントを発表した。

行政・地域とも連携

拠点となる京都府与謝野町とも連携する。与謝野町は人口1000人あたりの織物従事者が全国一と言われる町で、300社がテキスタイル産業に従事する。与謝野町は23年8月に特別チームを立ち上げた。桑の栽培に適した土地の選定や付帯施設の用地の選定にはじまり、地権者や地域の農業組合への説明、農地転用に関する手続きなどを担う。今後、国の予算を活用する場合の地域計画の策定や、国や京都府との連携と調整などを行う。29日に開かれた記者会見に登壇した山添藤真・町長は「世界唯一無二のシルク産業の未来を切り拓く挑戦が与謝野町を舞台に幕を開けることを大変嬉しく思う。今回の構想はまさに与謝野町の風土と歴史に合致するもの。今後の事業展開にあたり、確実に前進させていけるよう地域の皆さまのご協力を得ながら思いを共有し、広げていきたい」と語った。

同じく登壇した鈴木一弥・京都府副知事も期待を寄せた。

「京都は伝統産業と先端産業を掛け合わせながら、ものづくり、観光、文化を育んできた街。先人たちが橋をかけ続けてきたからこそ今がある。だからこそ、私たちも次の100年、200年につながる産業と地域づくりを続けていかなければならないと考えている。現在京都府では新しい総合計画のもと『産業創造リーディングゾーン』構想を進めている。世界に向けて京都から新しい産業を生み出そうという取り組みで、そのテーマのひとつがシルクテキスタイルだ。京都シルクハブはその流れの先に位置づけられる取り組みで、まさに伝統と先端の融合であり、地方から世界へ発信していくという点でも、リーディングゾーン構想に合致する。経済活動から丹後地域の文化的な基盤の活性化へとつながる、新たな地方創生のモデルとなることを期待する」。

「江戸時代の絹の品質を誰もやったことのない方法で復活させる」

細尾は15年から日本での養蚕に取り組んできた。「とても良い糸ができるが市場価格の8倍になることもあり、実装が難しかった。日本の養蚕は人件費が高く、農家さんに適正な対価を支払う必要もあるため、根本的な課題は解決しないと感じた。また補助金の減少や農家の高齢化、現在の賃金構造では厳しいという声を聞く中で、突破口がないか考え続けていた」と振り返る。「一方で、江戸時代の着物に触れる機会があり、そのシルクの圧倒的な品質に驚かされた。『現代のシルクは良い』と思い込んでいたが、江戸時代のシルクの方が美しかった。当時は手織りだったという違いはあるものの、明らかにクオリティが高い。この品質を何とか復活させたいと強く思うようになった。ではどうすればその糸をつくることができるのか。3年前から誰もやったことのない新しい方法を模索し始めた」。

「労働集約型産業」から「技術・文化・持続可能性が共創する産業」へ

細尾社長は現在の養蚕の課題をこう指摘する。「養蚕は労働集約型産業であり、日本から人件費が安い中国やブラジルへと移り、現在、中国が最大の生産国でインドが続く。生産量はインドが微増しているものの、長年世界をけん引してきた中国の生産量は大きく落ち込んでおり、シルクの安定供給は課題になっている。一方、Stratistics MRCによると世界のシルク市場は24~30年にかけて年平均成長率が9.8%(USDベース)の成長が見込まれており、市場成長をけん引するのはラグジュアリーマーケットだ。しかし、養蚕の課題は顕在化している。例えば、労働集約型構造における生産性の制約、環境への負荷、担い手の減少、気候変動による供給の不安定化などだ。加えて、特にラグジュアリー市場では、追跡可能な高い透明性も求められる」。

こうした状況に対して、「自動化×再エネ活用×技術高度化による新たなアプローチを導入して、『労働集約型産業』から『技術・文化:持続可能性が共創する産業』へと未来に開かれた産業モデルの展開を目指す」とし、「非労働集約型のビジネスモデルを構築し、透明性と職人技を担保するスマート養蚕で勝ち筋をつくり、ラグジュアリーマーケットに切り込んでいく」。

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