
かつてない規模の西陣織を外壁に用いた建物として大阪・関西万博で話題を集める飯田グループと大阪公立大学の共同出展館。メビウスの輪を応用した三次元の構造物に、京都・西陣の細尾が手掛けた西陣織を全面に纏わせ、「伝統と進化の融合、持続性や循環性、継承や進化を表現した」という。「世界最大の西陣織で包まれた建物」としてギネス世界記録にも認定された。細尾はこれまで「織物の領域を広げていきたい」として、さまざまに取り組んできたが、外壁として西陣織を用いるのは「前代未聞の挑戦」だったという。開発秘話を細尾真孝社長に聞く。
PROFILE: 細尾真孝/細尾12代目、社長

WWD:飯田グループホールディングスと大阪公立大学の共同出展したパビリオンの外壁を手掛けるに至った経緯を教えてほしい。
細尾真孝社長(以下、細尾):パビリオンの設計者である建築家の高松伸さんからの依頼だった。構想段階の4年前にお声がけいただき、3年前から実装させるために本格的に動き出した。西陣織を外壁として用いるのは前代未聞のこと。「ホソオ(HOSOO)」としては2010年に150cm幅の織機を開発してインテリアの内装材への活用を始め、20年には「レクサス」の内装に搭載するなど織物の領域を広げてきたが、西陣織が“外”に出ることはなかった。しかも巨大なサイズで半年間風雨や日光に耐えうる建築素材である必要があった。建材として耐火性、耐水性、耐光性をクリアする必要があり、素材の選定から始まった。
WWD:シルクではなく耐久性や耐光性を付与したポリエステルを用いて実現した。
細尾:建築家の高松さんから膜構造で世界有数の技術を持つ太陽工業を紹介いただきタッグを組んだ。最初は「不可能でしょ?」という感じで、太陽工業、当社、高松さんそれぞれの知見を持ちよりながらゼロから探っていった。実際に織り始めたのが2年前だった。
WWD:最もハードルになったことは何か。
細尾:大きく2つある。1つ目は外壁の建築素材としての耐久性と機能性を実現させながら寄っても引いても美しい織物として成立させること。普段使わない糸を用いて、糸の撚り方や織り方で西陣織ならではの立体感を表現することに注力した。織りが染めと違う点は立体感や光の当たり方によって表情が変わること。コーティングが厚すぎても織物らしさは出ない。制限がある中で織物の装飾的な美しさを実現した。
2つ目は柄を1枚の絵になるようにつなぐこと。そもそも平面の織物を平面上でつなぎ合わせて柄にすることはできても3Dにすると辻褄が合わなくなりつながらない。当社の研究部門ホソオスタディーズ(HOSOO STUDIES)の数学者やプログラマーを動員し、3Dマッピングの技術を応用して3Dにしたものをカットして張り合わせた時に柄が合うようなプログラムを開発した。着物の絵羽(えば、生地をつなぎ合わせていくことで連続紋様を表現する技法)でさえミリ単位での調整が必要だし、そもそも織物は経糸緯糸の交差なので織機や織る柄によってそれぞれ動きが出る。その動き幅を測定しながら織り上げた。1000以上のトライアルを経て実現できた。
WWD:伝統的な和柄が印象的だった。
細尾:依頼内容は「吉祥文様で日本を表現できる柄」で、当社が柄を起こした。伝統的な柄だが、最新技術を使わないと実現できなかった。これまでの蓄積があったからこそできた。柄の合わせを気にしないような現代的なものであれば楽だった。
WWD:改めて今回のプロジェクトを振り返ると。
細尾:これまでいろんな山を登ってきたが、今回の山はてっぺんが見えなくて、どう登っていいかもわからなかった。何回も登っては落ち、登り方を変えて再度登るようなプロジェクトだった。合理性や機能性ではなく、装飾美を上位概念において手間暇かけて織るのが西陣織。個人的に今回のプロジェクトは人間にとって装飾とは何か、美とは何かという問いが背景にあると感じた。
WWD:建物の外壁に織物を活用するというアイデアは以前の取材で「いつか『ホイポイカプセル』のような移動可能な建物を作りたい」と話していたことに少し重なる。
細尾:思いの他でかくなった(笑)。「ホイポイカプセル」みたいに即座にドーンと展開できないけれど、ギネス世界記録に登録されるほど大きな建築物になった。われわれはコンセプトに「More than Textile(織物の領域を広げていきたい)」を掲げて取り組んできており、今回の外壁も(西陣織本来の)着物とはかけ離れているように感じられるかもしれない。けれど、僕にとっては結局“着物”。着物は人が着るものだけど、部屋が着れば内装になるし、これまで車にも着せてきた。今回構造物に着せたことで、最大級の着物ができたという思いだ。人が着るのか、構造物が着るのかの違いで、いずれも人を感動させる美がそこにあることが重要だ。
WWD:今回のプロジェクトで西陣織を外壁に活用できるようになった。今後の展望は。
細尾:半年間外装材として西陣織が使える、と証明できると思う。織物の領域を広げられたことは、スタンダードになるだろう。織物の建物ができるかもしれないし、織物で覆われたモビリティができるかもしれない。宇宙領域も可能性があるかもしれない。織物の可能性は無限大だ。その前提に美しさがある。美しいものは残る。人に感動を与えられる究極のものづくりを目指したい。
また、展望としてエネルギーも美の要素となるだろう。テクノロジーの活用を始めて10年になるが、実験レベルではソーラーパネルを糸化したものを織り込めるようになった。実装はこれからだが、構造物で発電・蓄電して発光させることは、実は「ホイポイカプセル」構想のときからある。