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西陣織の細尾が考える現代の美 伝統工芸と最新技術の協業から美を生み出す 【後編】

 西陣織で知られる細尾は、伝統工芸の西陣織を先端テクノロジーを用いて新しい織物を制作して、注目を集めている。昨年R&D部門のHOSOO STUDIESを立ち上げ、東京大学の筧康明研究室やZOZOテクノロジーズ、数学者やプログラマーなどと協業して織物の拡張を試みている。最新技術と協業から現代の“美”の表現を試みる細尾12代目の細尾真孝代表取締役社長に話を聞いた。

WWD:昨年、R&D部門のHOSOO STUDIESを立ち上げましたね。

細尾真孝代表取締役社長(以下、細尾):実は展覧会で発表した、数学者とコンピュータープログラマーと協働して三原組織を一切使わない組織を作ることを試みたプロジェクトや、東大とZOZOテクノロジーズと取り組んだ環境を織物で表現するプロジェクトもHOSOO STUDIESの一環です。それ以外にも現在約10のプロジェクトが走っています。

WWD:HOSOO STUDIESのメンバー構成を教えてください。

細尾:僕がディレクターを務め、そのほかにキュレーターとリサーチャーがいます。プロジェクトごとに大学機関や研究者、有識者やアーティストといった方々と協働しながらプロジェクトが走っています。

WWD:染色の探求も始めたそうですね。4月には京都・西陣の工房のそばに、古代染色の研究所を作られたとか。

細尾:古代の自然染色を研究するのが目的です。例えば、ニホンムラサキの根っこの紫根は、冠位十二階の紫の色を出していました。このニホンムラサキは絶滅危惧種ですが、辛うじて伊勢神宮の式年遷宮のために作られています。そうしたところと提携しながら、場合によっては自分たちで栽培したり作ったりできないかと考えています。

WWD:染色も奥深いですよね。

細尾:そうなんです。リサーチすると面白くて。もともと自然染色のものは漢方として用いられていた。だから、“服用”という言葉があるように、服に、用って、着ることは薬だったんです。服は大薬、中薬、小薬の三薬あり、小薬が塗り薬、中薬が飲み薬、そして、大薬は衣だったんですよね。もともと漢方で体にいいもの、これを染めたら体にいいんじゃないの?という考えがあった。リサーチするとここ200年ぐらい、特に産業革命以降に見落とされてきた知恵や美を見つけることができます。それをもう1回、掘り起こして現代に転換していくことができないかと考えています。

WWD:染色のテーマもやはり、美、ですか?

細尾:西陣のDNAは、美を上位の概念に置きながら、協業と革新をしてきたところにあります。フラットなコラボレーションとさまざまな協業によってイノベーションを生み出していく――長く続けていくための一つの方法論だったと思うんです。

ただイノベーション起こすための先進的なテクノロジーだけの話でも、実はないんです。やっぱり過去を振り返ることも大切にしています。リサーチだけではなく、実際に染める職人を招く、植物を栽培して育ててみる、山に入ってみる――そういうことを繰り返しながら、未来に対する有益なものをアウトプットしていきたいとも考えています。

国内での養蚕もスタートしています。産業革命以降、日本は養蚕業が輸出の主たるものでしたが、その後、米軍のパラシュート素材とか産業資材に振っていった。ここのポイントは、美のためではなくて資材に振ったという点です。その結果、何が起きたかというと、昔は、サイズが小さくても確度が高くて光沢がある美のために育てられていたけれど、だんだん、なるべく大きくて、糸が取りやすいという点が重視されていき、結局はブラジルや中国など人件費の安いところに移行して、日本で養蚕がほとんどなくなりました。

WWD:蚕は日本に残っているのでしょうか。

細尾:いわゆる農研機構や生物研究所で1000種類以上の種の保存はされています。その中から現代によみがえらすべく、取り組みを始めました。今回は「セヴェンヌ」という、東の「小石丸」、西の「セヴェンヌ」といわれるくらい、小さいんですが確度が高くて、めちゃめちゃ白い蚕を養蚕農家と提携して育てました。「セヴェンヌ」はもともとフランスのセヴェンヌ地方でロココ時代の王様が愛したものです。

WWD:さまざまに取り組まれていますが、ゴールは美、ということですよね。

細尾:今の時代にしかできない美を求めていきたい。私たちはモノづくりのビジョンに“More than Textile”と掲げています。織物の常識を超え続けていくという思いを込めました。西陣のDNAである究極の美を追い求めていくということでもありますが、その方法は時代によって異なってくると思うんですよ。150年前は、当時のハイテクノロジーであるジャカードを持ち込んでいたわけですが、当然、今も最先端のテクノロジーでしかできないアプローチがあるんじゃないかと思うんです。AIや機械学習などさまざまな技術を用いて、人が感動するようなものを作っていけるのか――それと古代から脈々と受け継がれている美と、全方位からやれることを全部やって美を求めていきたい。それこそがHOSOO STUDIESです。

WWD:研究したものを実際にHOSOO GALLERYで展示されています。

細尾:研究開発で終わっちゃって……とかよくあるじゃないですか。ではなくて、HOSOO旗艦店の2階のHOSOO GALLERYで年に2回行う企画展でまず提案していきたい。無理やりマイルストーンを作ることで、火事場の(馬鹿力)的な力を引き出していけるように思うんです。「あと1年あればもっといいものができる」ということって多いと思うんですが、多分、1年あっても同じことを言っていると思うんですよ。

WWD:確かに(笑)。STUDIESとGALLERYにそれぞれ役割があるんですね。

細尾:いろんな人が展示を見に来てくれて、その中でフィードバックとか、場合によっては、(展示を受けて)次のプロジェクトがまた走りだしたり。それができる一連の仕組みとしてHOSOO SUTUDIESとアウトプットの場としてのHOSOO GALLERYがあるんです。だから、STUDIESの中にキュレーターがいるのは、常にプロジェクトが展覧会になるということを想定しているからです。何かしら世の中に対して問い掛ける展覧会にしていきたいと考えています。

WWD:時代とともに美の概念自体も変わっていますね。ぜいを尽くすということでもなくなってきています。今、どういうものが美だと考えますか?

細尾:確かに概念は変わっていますね。昔はすごいお金持ちに見えるとか、いろいろあったと思いますけど、今は“調和”みたいなところが大切だと思っています。美を概念に置いて、美と、協業、革新がありながら調和する、ということなんじゃないかなあ。多様性を大切にするところはあるでしょうね。調和の部分においても、「環境と織物」展を通じて人間にとっての豊かさとは何か、人間とは何か、人にとっての美とは何かを表現しました。ラグジュアリーだけではなくて調和を含めて美、みたいな時代になっていますね。

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