2023年春夏コペンハーゲン・ファッション・ウイーク(以下、CPHFW)が、8月8〜12日に開かれた。いわゆるビッグブランドはいないが、「ガニー(GANNI)」や「ホルツワイラー」など世界的に拡大しつつあるスカンディナビア勢を中心に35ブランドがリアルショーを実施。パーティーやディナー、トークセッションといったイベントも多数行われた。また、期間中には大型見本市の「CIFF」と「リボルバー(REVOLVER)」も開催され、国内外からメディア関係者やインフルエンサーだけでなく、多くのバイヤーも現地を訪れた。年々注目度が高まるCPHFWに参加したブランドやバイヤーの声から、ローカルなファッション・ウイークが成功を収めるヒントを探る。(この記事はWWDジャパン2022年8月29日号からの抜粋に加筆をしています)
デンマークは近年、スカンディナビア・ファッションを業界の地図上に定着させるために熱心に取り組み、パリやミラノ、ロンドンの“妹分”とも言えるようなクールかつ先駆的でユニークなファッション・ウイークとして、CPHFWを打ち出してきた。そして、環境に対するアクションを起こすことをファッションの道徳的義務と考えるセシリー・ソルスマルク(Cecilie Thorsmark)CPHFW最高経営責任者(CEO)は、“サステナビリティ”を軸にすることを決め、20年にアクションプランを策定。参加ブランドには多様性や平等性、労働環境、ソーシング、サプライチェーン、服の寿命などに関する18項目の最低基準を満たすことを求め、業界の変化を促している。
具体的な基準は、「デンマークファッション倫理憲章に署名し、モデルのキャスティング時には多様性と包括性に配慮すること」「コレクションの最低50%に認証された素材や再生素材、デッドストックなどを使用すること」「国際的なガイドラインや基準に従ってサプライチェーンにおけるデューデリジェンスを実施し、サプライヤーと協力して不当な雇用がないことを保証すること」「ハラスメントや差別のない労働環境を全ての従業員に提供し、誰もが平等な機会を享受できるように努めること」「ショーのセットやプロダクションが廃棄ゼロであること」「過去のコレクションの在庫を廃棄しないこと」「毛皮を使用しないこと」など。もちろん、紙の招待状は一切なし。水はペットボトルではなく紙パックで提供され、ゲストの送迎には電気自動車が使用された。
加えて、CPHFWは冠スポンサーであり戦略的パートナーでもある独EC大手のザランド(ZALANDO)とタッグを組み、21年2月から「ザランド サステナビリティ アワード(ZALANDO SUSTAINABILITY AWARD)」を開催している。同アワードは、ファッショブランドが持続可能な代替手段を模索することを奨励し、業界がよりサステナブルになることへの貢献を評価するもの。4回目を迎えた今シーズンは期間中にファイナリスト3組がショーを開き、優勝したロンドンとアイスランド・レイキャビクを拠点にする「ランラ(RANRA)」には賞金2万ユーロ(約278万円)に加え、ザランドとコラボコレクションを制作する機会が与えられた。
そして、CPHFWが他のローカルなファッション・ウイークと異なるのは、自国だけでなくスカンディナビア全体のブランドがコレクションを披露するプラットフォームになっていることだ。10年以上現地に足を運んでいるという英百貨店ハーヴェイ・ニコルズ(Harvey Nichols)のローラ・ラーバレスティア(Laura Larbalestier)=ファッション・ディレクターは、「彼らはコレクティブ(共同体)として取り組んでいて、それがマーケットの独創性につながっている」とコメント。その数はシーズンを追うごとに大きくなり、さらなる広がりを見せている。
期間中にディナーを開催したスウェーデン・ストックホルム拠点の「エイティーズ(EYTYS)」を率いるジョナサン・ハーシュフェルド(Jonathan Hirschfeld)共同創業者兼CEOは、「CPHFWは、ロンドン、パリ、ミラノなどの開催時期に挟まれることなく、皆がハッピーなムードに包まれるこの時期を選んでいるところが賢明だと思う。そして、より大きなブランドがバイヤーを引きつけ、たくさんの人が集まる機会になっているし、ビジネスとイベントがうまくミックスされている。その機会を活用したかった」と説明。一方、ショーを開いたハンガリー・ブダペスト発「エアロン(AERON)」のエスター・アーロン(Eszter Aron)=デザイナーは、「この街は平和で家族的。美意識やサステナビリティの基準も私たちのブランドと一致し、一緒に成長していくことができる」と、初めてCPHFWで発表した理由を話す。
成長著しい“スカンディ”ブランド
デンマークをはじめとする北欧のデザイナーズブランドは、飽和状態のグローバル市場において、急速に支持を拡大している。その強みになっているのは、スカンディナビアならではの美的感覚だ。ビンテージドレスをまとい、石畳の道をさっそうと駆け抜けるハッピーで若々しい女性のイメージはすっかり定着し、エフォートレスかつシックなパリジェンヌや黒でまとめたシャープなニューヨーカーのように憧れの存在になっている。そんな“スカンディ”スタイルは、幅広い年齢層の女性がビンテージを愛し、ハイ&ローのミックススタイルを日常的に楽しんでいるデンマークの首都の街角から生まれ続け、その雰囲気の中で発表されるからこそ輝きを増すようにも感じられる。
「ガニー」「ホルツワイラー」「スティーヌ ゴヤ(STINE GOYA)」「サックス ポッツ(SAKS POTZ)」など、CPHFW参加ブランドの多くは兄弟や夫婦、旧知の親友同士で手掛けることで力強く協力的なチームを築き、着実な成長を見せている。例えば、カラフルな花モチーフと輝きが印象的なコレクションを見せた「スティーヌ ゴヤ」は、9月に同ブランドにとって最大の市場である英国初の店舗をロンドンのソーホー地区にオープン予定。にじんだフラワープリントやクラフト感のあるディテール、パラシュート生地のアップサイクルが目を引いたノルウェー・オスロ発の「ホルツワイラー」は、セコイア・キャピタル・チャイナ(SEQUOIA CAPITAL CHINA)から投資を受けたばかりだ。さらに、多彩なコラボレーションを織り交ぜ、高揚感あふれるコペンハーゲンの夏を表現したクリエイションもさることながら、ブランドビジネスとしても他の一歩先を行く「ガニー」に関しては、17年に過半数株式を取得した投資会社Lキャタルトン(L CATTERTON)が5億〜7億ドル(約700億〜980億円)規模でブランドを売却する可能性が報じられている。
有力店バイヤーの評価は?
北欧ブランドの魅力について、参加したバイヤーたちは幅広い層を魅了するスタイルとウエアラブルなデザインを評価。より手の届きやすい価格帯のコンテンポラリーブランドが多いCPHFWは、最先端のトレンドを生み出すだけでなく、美的感覚的にも商業的にも理にかなったショーケースになっている。また、スウェーデン・ファッション協議会(Swedish Fashion Council)とのパートナーシップの一環として行われた、新進気鋭ブランドのショールーム「CPHFWニュータレント(CPHFW NEWTALENT)」もバイヤーの注目を集めた。そこで披露されたコレクションは、スウェーデン企業のリニューセル(RENEWCELL)による廃棄衣料から再生された素材「サーキュロース」をはじめ、デッドストックやビンテージのアップサイクルなどを駆使したもの。それだけでなく、スウェーデン発の「ディエモンデ(DIEMONDE)」は、アフガニスタンやシリア、ソマリアからの難民を訓練・雇用し、彼らのクラフト技術をコレクションに生かしている。そんなスタイリッシュなだけでなく、サステナビリティに対する総合的なアプローチが際立った。ラーバレスティア=ハーヴェイ・ニコルズ ファッション・ディレクターは、「ブランドが服のライフサイクルだけでなく、人についても考えているというESG(“環境”“社会”“ガバナンス”の英語の頭文字をとって作られた言葉)とDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)に対する全方位的なアプローチ、そして地域の協力体制にこそ、CPHFWの未来がある」と話す。
一方、コペンハーゲンを「重要な投資市場」と考えるイーダ・ピーターソン(Ida Petersson)=ブラウンズ(BROWNS) バイイング・ディレクターは、「スカンディナビアブランドには実に多彩な美的感覚があり、あらゆる人に似合うものがある。さらに、品質を妥協することなく、よく考慮された価格帯を実現している」と評価。買付予算を増やしており、「消化率はとても高い」と明かす。数年前からコペンハーゲンのファッション・ウイークと見本市を訪れているというブルース・パスク(Bruce Pask)=ニーマン マーカス(NEIMAN MARCUS)&バーグドルフ グッドマン(BERGDORF GOODMAN) メンズ・ファッション・ディレクターは、「北欧スタイルは、歴史的にメンズウエアの世界の多くに影響を与えてきた。今、CPHFWに参加しているデザイナーたちの幅広いクリエイティビティーやアイデアは、スカンディナビアの美学が体現するものを再定義している」と説明。今季は先のミラノやパリメンズに通じるスタイルも見られたとし、ショーや見本市でコレクションを披露するブランドはより広い市場に訴求できることを認識し、ますますグローバルなアプローチを取っていると考えているという。そして、「CPHFWは、ローカルなショーケースというよりも、世界のバイヤーやエディターが集まる他の主要都市のファッション・ウイークに加わる活気あふれる存在として位置付けられている」と付け加えた。