ファッション

東京五輪の“表彰台ジャケット”を手掛けたのはどんな人? アシックスと組んだ廣川玉枝に聞く

 8月8日に閉会式を控え、東京2020オリンピックもいよいよ終盤戦だ。開幕からこれまでを振り返り、アスリートが競技をしている瞬間と共に、晴れ晴れとした顔で表彰台に上がるシーンを印象深く思い出す人も多いだろう。メダルラッシュに湧く日本選手団をいっそう輝かせているのが、選手が表彰台で着用している朱赤のジップアップジャケットだ。同ジャケットは大会パートナーのアシックスが提供しているが、同社と組んで特徴的な生地のデザインを手掛けたのは廣川玉枝。自身のブランド「ソマルタ(SOMARTA)」も手掛ける彼女に、今回のウエアデザインに込めた思いを聞いた。

WWD:オリンピックでは、どの国の公式ユニフォームをどのデザイナーが手掛けたかといった話が毎回話題になるが、今大会では廣川さんが製作に関わったアシックスの“ポディウムジャケット”(ポディウムは表彰台の意)がファッション業界内外で話題となっている。アシックスとはどのような経緯で取り組みがスタートしたのか。

廣川玉枝「ソマルタ」デザイナー(以下、廣川):数年前にアシックスからお話をいただき、“ポディウムジャケット”や陸上、テニスの競技用ウエアのジャガードメッシュのテキスタイルデザインを共同開発することになりました。東京の夏は湿度も気温も非常に高い。アシックスは選手の体力の消耗をできるだけ軽減できるウエアを追求しており、メッシュ状の編みで通気孔の開いたニットのテキスタイルを作ることになりました。ウエアが暑いため自身で穴を開けて通気性を上げているという陸上選手のエピソードを聞き、身体を保護しながら呼吸できる皮膚そのもののような編み地を開発することができないかと考えました。

WWD:皮膚のような編み地というのは、「ソマルタ」が2007年春夏のデビュー以来作り続けている無縫製ニット“スキンシリーズ”に通じるものだ。

廣川:「ソマルタ」を立ち上げる前、企業(編集部注:イッセイ ミヤケ)に属していた時から、ニットデザイナーとしてさまざまな編み機を使い、編み地の研究をしてきました。ニットは伸縮によって体の動きに付いてくるので、布帛(編み地ではなく織り地のこと)とは違って、生地を編むと同時に服の形をデザインすることができます。テキスタイルのデザインで自由度が高いニットは、スポーツウエアに応用できるのではないかと以前から思っていましたが、実際にスポーツウエアを手掛けたのは今回が初めてです。「ソマルタ」の“スキンシリーズ”と“ポディウムジャケット”は編む方法など技術的には似ていますが、“ポディウムジャケット”は編み地が表と裏を一体で編む2重構造になっているので嵩高性(ふくらみや弾力があること)があり、異なる点はほかにもいくつかあります。アシックスのスポーツ工学研究所が蓄積してきた機能性やスポーツウエアに必要な仕組みと、われわれの編みの知見や経験が一緒になって初めて実現しました。

WWD:具体的に、アシックス側からはどんな研究内容が提供されたのか。

廣川:アシックスは体の中で体温が上昇しやすく、汗をかきやすい部位などを長年研究しています。その「ボディマッピング」に基づき、体の発汗ゾーンを意識しながら、汗をかきやすい場所は編み地の穴(通気孔)を大きくし、発汗よりも紫外線からの保護を意識するべき場所は穴を開けずに編み地を詰めるなどして、テキスタイルを設計しています。モノ作りにおけるマニアックな話になるのですが、大きさの異なる穴を近くに配置すると生地が破れやすくなるので、どういう編み立て設計にすれば穴の大きさが違っても破れないのかなどを、試作を繰り返して検証しました。また、競技によって選手の体形は全く違います。どんな選手の体にも通気孔の位置が合うように、サイジングやグレーディングにも気を配りました。

WWD:スポーツウエアとして機能面は非常に大切だが、同時にかっこよく見える、美しく見えるという面もファッションとしては欠かせない。

廣川:体というものがすでに美しい形なので、発汗など体の持っている機能に沿って編み地をデザインしていけば、体そのものの強さ、美しさは自然と引き出されます。「ソマルタ」の“スキンシリーズ”も同様の考え方で作り続けていますが、今回、アシックスから提供されたより科学的な、人体工学に即したデータと照らし合わせることで、改めて納得した部分は大きいです。

WWD:今回の経験を生かして、「ソマルタ」でもスポーツウエアを作る計画はあるか。

廣川:スポーツウエアを意識した服をデザインすることはできても、われわれの力だけでは本格的な機能性も備えたアスリート向けのスポーツウエアを作ることは難しい。アシックスは長年アスリートにとっての優れた機能性を考えて、糸から開発を行っています。だからこそ、今回のように一緒に取り組んで開発することができれば、今までにないプロダクトが生まれる可能性があると思いました。

「選手に表彰台に一緒に連れていってもらった」

WWD:数年前に依頼がきたときはどんな気持ちだったか。

廣川:以前、国立近代美術館でやっていた1964年の東京オリンピックのデザインに関する展覧会を偶然見る機会がありました。前回の東京オリンピックは、今では巨匠と呼ばれているような日本を代表するデザイナーや建築家が力を合わせて作り上げたものだったのだと知り、とても感動しました。自分もいつかそういう仕事をしてみたいという夢を持っていましたが、今回の大会ではアシックスからお声がけいただいたことで、われわれもそこに加われることになり非常に光栄に感じました。

WWD:廣川さん自身はスポーツはするのか。

廣川:スポーツは好きですが、小さいころからあまり得意ではありません。“ポディウムジャケット”は選手が表彰台に上る機会があって初めて多くの人目に触れるものです。連日のメダルラッシュのニュースを見るたびに驚き、選手がコロナ禍の厳しい状況下でも日々練習を続けてきたことを知り、心が揺さぶられました。日本や各国の選手が人生をかけた戦いに挑む姿には、大きな勇気と活力をもらっています。スポーツが苦手な私でも、アシックスと組むご縁に恵まれて、そして何よりも選手の頑張りがあったからこそ、“ポディウムジャケット”を表彰台の上で見ることができました。表彰台に一緒に連れて行ってもらったようですごく感動しています。

WWD:特に印象的だった競技や選手は。

廣川:どの選手も印象的ですが、兄妹で金メダルを獲った柔道の阿部詩選手、競泳の大橋悠依選手はなかでも記憶に残っています。世界中の強豪選手が居並ぶ中で金メダルを獲った背景には、計り知れない努力の積み重ねがあるんだと思います。特に女性選手の活躍にパワーをもらいました。選手のインタビューなどを聞いていると、既に次のパリ大会を意識するなど、常に前を見ている人ばかりです。そこには私も刺激を受けますし、子供たちが自分の国で、世界中の選手が力を尽くす場面を目撃できたことは、未来に向けての大きな財産だと思います。

WWD:8月末には東京コレクションも行われる。「ソマルタ」はここ数年、東京コレクションには参加していないが、今後の活動は。

廣川:11月に、大分・別府で行われる芸術祭に招待されています。「廣川玉枝 in BEPPU」という名称で、服飾の力を生かし、地域の祭りを作ることをテーマにしています。別府以外でも、各地でさまざまなプロジェクトに関わることが多くなってきました。各地でさまざまな人に出会って、一緒にモノ作りができるのはとても楽しいこと。最近、自分のことを“ファッションデザイナー”ではなく、“服飾デザイナー”と名乗っています。ファッションという言葉には、「(過ぎ去っていく)流行を語る」といったニュアンスがどうしてもあるように感じています。でも、服だっていいものを作れば、すぐに古びてしまうことはないと思う。ブランド立ち上げ以来、研究開発を続けている“スキンシリーズ”もその一つです。いいものを丁寧に作り、少しずつ時代に残していきたいと思っています。

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