PROFILE:(うつの・ともや)1997年に伊藤忠商事入社、食料部門で穀物取引などに従事。2012年に退社した後、13年にファーストリテイリング入社、生産部リーダーに就く。14年に生産部部長、15年からイノベーションファクトリー取締役を兼務。20年にユニクロ 3Dニット事業推進室長、ニットイノベーションセンター長に就任。同年12月にイノベーションファクトリー社長にも就任。現在47歳 PHOTO;HIRONORI SAKUNAGA
「ユニクロ(UNIQLO)」のファーストリテイリングが、東京都23区内に自社工場を持っていると聞いたら驚く人は多いだろう。東京・有明にある同社本部からすぐの、東雲(しののめ)のニット工場がそれだ。「ユニクロ」の商品といえば、取引先企業の中国や東南アジアの工場で大規模生産されているものがほとんど。日本国内の、それも都内に自前で工場を持つとなるとコストがかさみ、低価格高品質というブランドイメージとはどうにも折り合わないように感じる。それでもファストリは工場を持つことを決め、4月から稼働させている。その狙いを、同工場の社長であり「ユニクロ」の生産分野のキーマンである宇津野智哉氏に聞いた。
――島精機製作所と合弁で立ち上げていた和歌山のニット工場、イノベーションファクトリーを今春東雲に移転し、出資比率も以前とは逆転させた(現在はファストリ51%、島精機49%)。その目的は。
宇津野智哉イノベーションファクトリー社長(以下、宇津野):目的は大きく2つだ。東雲工場はファストリの開発拠点である有明本部と至近距離にある。移転したことで、開発部門と生産部門とが本当の意味で一体となってモノ作りが進められるようになった。また、生産工場の株式の51%をファストリが持つのは初めての試み。子会社化することで、生産面のノウハウを自分たちの中に蓄積するというのが2つ目の目的だ。
――人件費や家賃の高い都内の工場で生産して、採算は取れるのか。
宇津野:生産効率を海外工場よりも高めることで、東京で作っても成り立つと考えているし、それが大前提だ。(編み機運用の)マニュアル面で生産性を極大化させ、自動化できる部分はフルで自動化し、なるべく人には頼らない。東雲工場は24時間の稼働も可能だ。その分の設備投資はかかるが、稼働率を高めることで製品1枚あたりの生産コストを下げていく。現状は稼働直後なのでまだ採算は取れていない。
――東雲工場は“3Dニット”の生産において、海外工場に生産ノウハウや技術を伝えていく“マザー工場”と位置づけられている。“マザー工場”の役割とは。
宇津野:東雲工場で客のほしいものを最速で商品化していく。そのために有明本部5階にある(ニット製品のアトリエの)ニットイノベーションセンター(以下、KIC)と東雲工場とが連動する。KICと東雲工場には同じ編み機や設備を入れているので、スピーディーな商品化が可能だ。できあがった商品を近隣店舗で販売してみて、本当に客の求めているものに近しいと分かれば、海外の大規模な取引先工場で量産に取り掛かる。そのように、最初に商品化する場所という意味で東雲は“マザー工場”だ。日本国内で不足した商品のQR(クイックレスポンス、追加生産)も東雲工場は担うし、オーダーメイド対応も視野に入れている。
また、最も効率的な生産の手法を編み出して、それを海外の量産工場に横展開していくという役割も“マザー工場”たるイノベーションファクトリーは担っている。取引先の海外工場にも同じ編み機が備えられており、糸も同じ、編み機も同じ、プログラムも同じなのだから、量産もスピーディーに進む。
――そのように、東雲工場で小ロットで作った製品をテスト販売し、海外で量産にかけるか判断する、という仕組みはいつから可能になるのか。
宇津野:現状では、東雲工場を挟まずにKICと海外工場とで直接やり取りをして、量産に入っている商品もある。しかし、「すべての“3Dニット”をまず東雲で生産し、そこから海外へ横展開する」という仕組みが既に理論上では可能だし、今後半年ぐらいの間に実際の流れもそうしていきたい。また、商品企画開始から量産にゴーサインを出すまでの期間は、従来の3カ月から1カ月に短縮したい。それも今後半年の間に実現していく。
――工場を移転したことで何が一番変わったか。
宇津野:移転したことの影響は非常に大きいと感じている。今までは和歌山と東京という物理的な距離があったし、以前は島精機がマジョリティーを持つ会社だったことで、(ユニクロ社員が業務を自分ごと化しにくいという)心理的な部分もあった。移転前はファストリ側から和歌山に駐在していた担当者はいない。移転後はわれわれが主体者なんだという意識が明確になってきた。そのように、物理的、心理的の両面において近づいたことで、移転後は有明本部と工場との情報共有が進み、連携も格段に密になってきたと感じる。もちろん、移転前も今も変わらず島精機にはしっかりご協力いただいており、引き続き多数の技術者の方にも出向していただいている。
イノベーションファクトリーの株式の51%をファストリが持つという話が出てきたのは、19年の後半ごろ。せっかく島精機と取り組んでいるのに、ファストリ側の関与が少なくて非常にスピード感が遅い。それならば、子会社化して移転もし、ファストリ側が主体的に動くように進めていった方がいいという議論が出たのがきっかけだった。
――東雲のように、都市に工場を作るという構想は他にもあるのか。
宇津野:東京でできるものならば、将来的にヨーロッパ、アメリカの都市でも可能性がある。欧米ではセーターのニーズが強いが、量産地であるアジアからは遠く、輸送の日数も長くかかる(それだと、好調商品が出てもQR対応もできない)。都市に工場を持つことのメリットは非常に大きく、夢は広がる。将来的に、東京以外の都市にも工場を持つことは視野には入れている。
――都市部に工場を作るというのは、ニット工場だから可能なのか。布帛製品の工場でも同じようにできるのか。
宇津野:“3Dニット”で採用している島精機の無縫製ニット編み機「ホールガーメント」はリンキング(ニット製品のパーツ同士を縫い合わせる工程)が不要だ。それはつまり、工場が(多くの人手を要する)労働集約型ではないということ。そういった観点で考えると、現状の技術では「ホールガーメント」以外のリンキングを必要とするニットで都市型工場を持つということは難易度が高いだろう。「ホールガーメント」以外で同じ量のニット製品を生産するとなると、おそらく編み機と同じかそれ以上の人手が必要となり、コストがかさんでしまう。
布帛製品についても同様で、(生産に人手を要する)現状の技術では、すぐに都市型工場が持てるというレベルではない。しかし、技術は日々大きく進歩しているので、将来的な可能性はある。有明プロジェクトの一環として東京で自分たちで生産するとなると、「ホールガーメント」が現実的な選択肢だったということだ。
――東京で工場を持つことで見えてきた課題は。
宇津野:課題というより、予想以上によかったのは人材採用の面だ。海外の方を含めて人材が集まりやすく、なかには縫製業などの経験者もいる。一方で、東京であるがゆえの課題はやはりコスト。コスト面以外は思っていたよりもいいことが多かった。社員は20代から50代だが、比較的若い人が多い。和歌山で人材募集をかけた時よりも、最初の募集で集まった人は多かった。今後はなるべく長く働いてもらうために、ミスマッチを減らしていくことを心掛けたい。