三陽商会は、2023年2月期連結業績で営業損益が7期ぶりに黒字になる見通しだ。16年に屋台骨だった「バーバリー」事業を失って以来、リストラを繰り返したものの、3人の社長が再建できずに退場。コロナで店舗休業が続く20年5月、火中の栗を拾ったのが大江伸治氏だった。三井物産出身の大江氏は、やはり長期低迷していたゴールドウインをV字回復に導いた実績がある。常々「情緒的な判断はしない」と語るリアリストの大江氏は、苦悩する名門アパレルをどう変えたのか。

大江伸治/三陽商会社長
大江伸治(おおえ・しんじ):1947年8月27日生まれ。京都大学卒業後、71年4月に三井物産に入社し、繊維部門でキャリアを重ねる。2007年ゴールドウインに転じて取締役専務執行役員総合企画部長、10年に副社長として同社の改革を主導する。20年3月に三陽商会に転じ、5月から現職
WWD:23年2月期の業績予想を上方修正し、売上高566億円(修正前予想は560億円)、営業利益16億円(同12億円)とした。コロナ禍の長期休業の最中に就任して、3年目での黒字化だ。
大江伸治社長(以下、大江):当たり前の手を打っただけだ。僕がゴールドウイン時代でやったことをそのまま踏襲したに過ぎない。皆さんは改革、改革というけれど、多くの場合は「こうなったらいいな」という努力目標にすぎない。努力目標は十中八九「やってみたけどダメでした」で終わる。「バーバリー」を失ってからの三陽商会の“改革”は、厳しく言えばそうしたものだった。社長を引き受けた際、同じ轍は踏まないと固く決めた。決断すれば必ず実行する。実行できれば必ず結果がでる。それだけのこと。
WWD:定石通りのことを決断して実行したにすぎないと?
大江:調達原価の削減は、決断すれば実行できる。仕入れの抑制による在庫コントロールも同じだ。販管費の削減だって、具体的に削減額を決めて実行するだけのこと。構造改革の基本だろう。これを疎かにして、(新ブランドの出店拡大などの)成長戦略を同時に行うからおかしなことになってしまう。
「欠品は悪」にとらわれ、在庫が膨張
WWD:売上高の半分を占める「バーバリー」を失った後、その穴を埋めようと新規事業で売り場を作ったが、結果としてうまくいかず、在庫がさらに膨らむ要因になった。
大江:ブレーキとアクセルを同時に踏むことがそもそも間違っている。僕が取り組んだのはコストマネジメントとリスクマネジメント。楽観的な目標ではなく、三陽商会の実力値に基づいたトップライン(売上高)を前提に全てを考える。コストマネジメントは、販管費を身の丈にあったレベルまで引き下げること。リスクマネジメントは、在庫コントロールを徹底的にやること。商品力や販売力の向上によって消化率を上げることはできない。それは努力目標だ。消化率を上げるには入り口規制。つまり仕入れの抑制であり、品番やSKUを徹底的に絞り込むしかない。着任してすぐに品番とSKUは半分にしろと号令をかけた。みんな目を白黒させていたよ(笑)。実際には4割カットになったが、トップダウンで断行した。ブランドごとに精査して上限を詰めた。
WWD:荒療治に対して社内で抵抗はなかったのか。
大江:仕入れ額はコロナ前の19年度に年間280億円くらいだったのを6割カットした。ゴールドウインも同じだったけど、「仕入れ額や品番数を減らしたら売り上げが作れない」という反対の声があちこちから出る。でも冷静に分析すると、違う現実が分かる。あるブランドは1シーズン(半年)で約250品番作っていた。だけどよくよく調べれば、上位の30品番が売り上げの6割を占める。あまりに無駄玉が多かった。当たり品番を出すためにMDを磨く努力をせず、「数打てば当たる」に逃げていた。たった1匹の魚を取るために、何十メートルの大きな網を仕掛けるようなものだ。
WWD:商品量を増やすのは「欠品は悪」という長年の常識がある。
大江:そんな考えだから100の売り上げ計画に対して120を仕込むようなやり方を信じて疑わなくなる。キャリーオーバーが発生する前提で、仕入れをしていたわけだ。百貨店で服がどんどん売れていた時代の名残りなのに、誰も改めようとしない。結果、プロパー消化率は40%台に沈んだまま。「欠品は悪」の考えを引きずった作り過ぎを改めないと、スタート地点にも立てない。(百貨店などの商業施設が通常営業するようになった)今期も仕入れ額の計画は170億円に抑えている。コロナ前の半分の水準だ。
横断型の「商品開発委員会」でヒットを生み出せ
WWD:コロナ禍の非常時だから大ナタが振るえた面もあるか。
大江:それはその通りだろう。平常時だったら、社員の多くは腹落ちしなかっただろうね。「理屈は分かるけど、そうはいってもね…」となる。コロナによる危機感が変化を受け入れさせた。明確な成果が出ているので、今では現場も確信を持って仕入れ抑制に動いている。
WWD:成果が出ているブランドは?
大江:5つの基幹ブランド「ポール・スチュアート」「マッキントッシュ ロンドン」「マッキントッシュ フィロソフィー」「ブルーレーベル/ブラックレーベル・クレストブリッジ」「エポカ」は、いずれも好調に推移している(9、10月の既存店売上高は、おおむね前年同月比2〜5割増)。特に「商品開発委員会」を通じて、ブランド横断して採用した「光電子」「パーテックス」など機能素材の商品が売れている。
WWD:全社横断で戦略商品を企画する商品開発委員会(21年5月発足)は、どんな効果をもたらしたか。
大江:三陽商会は商品やモノ作りへのこだわりが強いと聞いていたが、中に入って担当者と話すと意外と抜け落ちが多いなと感じた。確かにミセスの婦人服の担当者は、その分野の素材などの知識が豊富だ。でも、アクティブウエアなど他の分野の素材などについてはあまり知らない。僕の方が詳しかったりする。
担当ごとでタコツボ化するのではなく、知見を持ち寄って情報共有することで面白い商品を目指したのが商品開発委員会だ。それぞれのブランドにおいて個性や世界観を結集したフラッグシップモデル、すなわち頂上商品を作る。そのために本部の商品企画だけでなく、自社工場サンヨーソーイングの青森ファクトリー(青森県七戸町)と福島ファクトリー(福島県福島市)の責任者も巻き込んだ。実はゴールドウインでも同じ取り組みをし、「シースリーフィット」や「MXP」を生み出した経験があった。
WWD:青森と福島の自社工場は、今の時代にどんな役割を担うのか。
大江:着任した20年に、商業生産は構造的にもう無理だと判断した。(事業を縮小した)三陽に年間稼働を保証するだけの発注はできない。アパレル企業が小売りまでやりながら工場の稼働責任まで負えない。だが自社工場を持つことは、クリエイション発信での優位性につなげることができる。
21年2月には商業生産からR&D(研究開発)に軸足を移す体制に改めた。コート専用工場の青森ファクトリーは人員を半分ほどに減らし、新しい素材や縫製技術に応じた生産方法を検証したり、「100年コート」に代表される高付加価値製品を作ったり、小ロット
の短納期生産に対応したりするなど、役割を明確にした。機械設備の増強で、コート縫製においては、縫い目からの雨水の浸入を防ぐシーリング技術や、裏地へのダウンの封入なども可能になった。スーツ・ジャケット専用工場である福島ファクトリーも同様の路線で、パタンオーダーやカスタマイズに特化した。
プロフィットセンターをコストセンターに変えることで、自社工場を最大限に活用しなくては損だという気運が社内に出てきた。自社工場の技術力と開発力を用いるのは、商品企画部門だけでなくマーケティング部門も一緒。だから商品開発委員会でもユニークなアイデアが次々に出る好循環になる。無理に生産キャパを埋める必要がないため、(外部のアパレル企業から)低収益の注文を取る必要もなくなった。青森は業界でも有名なので外からの注文も多いが、高い技術に見合った工賃しか受けないようにした。
品質と品位こそ三陽の生きる道
WWD:急激な円安、原材料などのコスト高騰は価格に影響するか。
大江:われわれは価格で戦っているわけはない。もちろん円安の影響はあるけれど、それよりも高い価値を受け入れてもらう知恵を絞ることの方が大切だ。新しく企画した“100年コート 極(KIWAMI)”は22万円以上する。ドメスティックブランドとしては高いかもしれない。でも海外に目を向ければ、ラグジュアリーブランドは40万円や50万円以上の値を付けて、消費者は価格を受け入れている。僕らにそれほどのブランド力はないけれど、商品価値を認めてもらえれば対価を払ってくださるお客さまは少なくない。三陽商会の主戦場はそこだ。自画自賛になるが、当社の商品のレベルは上がっている。三陽商会の商品には、品質と品位がある。
WWD:黒字化に目処をつけ、今後はどのような成長戦略を描くのか?
大江:「成長戦略は?」とよく聞かれるが、その考え方自体に疑問を持っている。われわれに奇手、妙手はない。新規事業などは一般論としては語れるが、それでお茶を濁したくない。僕が考える成長とは、基本的にオーガニックグロース(企業が内部資源を活用して既存事業の成長を図ること)。当社の基幹ブランドはだいたい50億〜70億円の規模だが、全て100億円規模のポテンシャルはあるし、そのための戦術論は持ち合わせている。
例えば「マッキントッシュ フィロソフィー」や「クレストブリッジ」は、若い人に向けたディフィージョンラインに着手している。都市型のファッションビルなど当社にとっては新しい販路に取り組む。緊縮財政をとらざるをえなかったプロモーションにも積極的に投資していく。あとは人材への投資も増やす。
アッパーミドル市場は捨てたものではない
WWD:主力販路の百貨店は衣料品の売り場を縮小している。
大江:チャネル戦略として百貨店は今も有効だ。当社の百貨店の売り上げは伸びている。(百貨店での立地を中心に)20年2月期末に約1040あった店舗は、22年8月末には約850にまで集約した。数は減ったが、既存店の売り上げや効率はだいぶ改善している。百貨店側の合理化策や掛け率の変更もあり、損益分岐点が下がっている。商売はしやすくなった。条件が合えば、百貨店の売り場も増やしていく。
悩ましいのは(ショッピングセンターや路面立地での)直営店だ。強化する方針に変わりないが、会社に小売りのリソースがない。百貨店の売り場も消化仕入れの形態は実質的には小売りのようなものだが、それでもショッピングセンターや路面は異なるノウハウが求められる。小売りに精通した人材が足りていない。店舗出身で現場をよく知る人材が本部でオペレーションをできるような流れを作っているところだ。店舗開発やMDにも店舗出身の人材をもっと登用する。
WWD:低価格ブランドと高価格ブランドへの二極化が進み、三陽商会が得意とするアッパーミドルの市場は縮小しているのでは?
大江:縮小なんてしていない。二極化論はマスコミが好む極論にすぎない。アッパーミドル市場で三陽商会が苦戦してきたのはその通りだが、二極化論はアパレル市場の一面しか見ていない。現実には若い世代だってラグジュアリーブランドを買っているし、アッパーミドルのブランドも選んでいる。ゴールドウインの「ザ・ノース・フェース」だって6万〜8万円のアウターが飛ぶように売れている。まさにアッパーミドルの価格帯だ。ファストファッションも買うけれど、上質な商品であれば対価を払うお客さまの層はけして薄くない。
先日、福岡の岩田屋で「サンヨーコート」のポップアップをしたところ20〜30代のお客さまの購入が予想以上だった。革靴の「三陽山長」でも10万円以上のモデルを求める若いビジネスマンが増えている。アッパーミドルのブランドの不振は、世の中の趨勢というよりも既存のアパレルメーカーが期待に応えていないからだ。消費者はある分野を極めたブランドしか認めない。売れ筋におもねるようなブランドには魅力がないのだ。三陽商会は品質と品位を徹底的に磨いて、そのポジションを取る。