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背水の三陽商会 大江社長「悲観はしていない。打つべき手は打った」

 昨年5月に三陽商会の社長に就任した大江伸治氏は、73歳と高齢ながら三井物産の商社マンとしてファッションビジネスの表も裏も知り尽くし、業績不振だったゴールドウインの副社長に転じてV字回復に導いた実力者である。バーバリー事業を失ってから5年連続営業赤字の三陽商会に乗り込み、人員整理や不採算店の撤退などの荒療治も断行した。徹底したリアリストである大江氏は、名門アパレルを復活に導けるのか。

WWD:3度目の緊急事態宣言に伴う商業施設の休業要請は、三陽商会の再建にどんな影響を及ぼしているのか。

大江伸治社長(以下、大江):3月の売上高は19年比69%で、計画よりも改善した。粗利益が上振れ、販管費は下振れしたので、単月の営業損益は黒字になった。だが、4月は商業施設の休業要請のため売上高は59%で終わり、3月の上振れ分が消えてしまった。5月は(東京都や大阪府など)ゴールデンウイークの商戦が丸ごと消えた。5月半ばから東京の百貨店は営業再開したものの、回復にはほど遠い状態だ。

WWD:緊急事態宣言前の4月14日に行われた決算説明会では、今期(22年2月期)の最終損益をトントンにすると発表した。見通しに変わりはないか。

大江:変わりない。自治体の雇用調整助成金なども活用し、なんとかバッファの範囲内で抑えるよう努める。ただ、今の感染状況で5月末に宣言が解除される可能性は低い。一部の休業は継続されるかもしれないが、百貨店も背に腹は変えられないということで、おそらく大半は営業を続けるだろう。その前提で対策を講じ、数字を確保していくしかない。ワクチン接種で出口が見えるまでは、非常に難しい舵取りになる。

それでも僕はあまり悲観はしていない。打つべき手はすでに打っているからだ。前期の構造改革の成果が歴然と出くる。例えば販管費の削減は計画以上に進んだ。3月単月の売上高は37億円くらいだが、営業損益は黒字化している。今期は売上高440億円の予想なので、単純に単月売上高を40億円前後と考えれば、(3月のように)37億円の売り上げを取れれば損益分岐をクリアできる。40億円なら確実に黒字だ。

これまでは在庫の消化を優先し、かなり荒っぽい売り方をしていた。セールを連発して売り上げを確保する。今期からはプロパー(正価)を守るようガラッと変えた。だからコロナで売上高が下がっても、粗利率が上がっているので利益が出る体質になっている。

セール会場だった自社ECを刷新

WWD:コロナが収束しても三陽商会が得意としてきた百貨店の市場はさらに厳しくなるのでは。新常態で消費者が求める服も変わってきた。

大江:市場には一過性の変化と構造的な変化がある。マスコミは一過性の変化をあたかも構造的な変化のように喧伝する場合も多く見受けられる。カジュアルウエアが有望で、フォーマルが駄目になるとか、そんな単純は話ではない。当社の主戦場はアッパーミドル市場。ラグジュアリーブランドほどではない価格で、デザインと品質を両立した商品を提供していく。2極化ばかりが叫ばれるが、確実に存在する市場だ。

例えば、オケージョン(冠婚葬祭や入卒式、パーティーなど)対応の服。コロナ禍でオケージョンが中止になったので、当然落ち込んではいるが、これも回復が見込める。実際、(緊急事態宣言前の)3月まではけっこうスーツが動いていた。リモートワークはある程度定着する。在宅でもきちんと見えて、リラックスできる服のニーズは高まる。消費者は1年以上、がまんを重ねている。ファッションへの潜在需要はマグマのように溜まっている。リベンジ消費だってあるだろう。

WWD:ECのニーズに対応できるか。

大江:これが一番の変化かもしれない。デジタルに疎かったシニアのお客さまもECを利用するようになった。当社は中高年のお客さまが多く、また高価格の製品が多いため、直接ECにお客を奪われることは少なかった。でも今は店舗とECの両方を回遊する導線を作ることが不可欠だ。デジタルを通じてお客さまの情報量が格段増えている。

低価格のカジュアルブランドはどんどんECに移行するだろう。ECがメインだと主張するアパレルも出てきた。でも当社は違う。お客さまの声を聞くと「ECだけは味気ない」「お店で品定めしたい」「顔見知りの販売員さんにアドバイスしてほしい」という声が多い。店舗の空気感や販売員の接客を含めたブランドビジネスなので、三陽商会のEC戦略の軸足はあくまで店舗にあることは変わらない。

WWD:前期のEC売上高は16%増の約82億円。売上高のうちのEC化率は22.5%に上昇した。

大江:喜べる内容ではない。自社ECサイト「サンヨー・アイストア」は、セール会場みたいになっていた。昨年はECでの値引き販売に頼らざるを得なかった。今年3月からは刷新し、プロパーで売る姿勢を明確にした。昨年に比べて売り上げは苦戦しているが、粗利益率はぐっと改善している。プロパーで売れないと本当の実力にはならない。お客さまに対して店舗とECを通じたブランディングを行うために、プロパー強化は避けて通れない。

WWD:EC支援サービスの子会社ルビー・グループを3月に売却した。これは三陽商会のEC事業の後退にならないのか。

大江:売却したけれど、引き続き戦略的パートナーであることに変わりない。僕は当時いなかったが、(18年に)ルビーを子会社にしたのは、おそらくグループとしての相乗効果を得る目的だったのだろう。でも三陽商会にはもともとルビーに提供できるようなリソースはない。本業が苦しくてルビーの経営に関わるどころではなかった。今回の売却がデジタル戦略の後退なることは全くない。子会社ゆえにハードな条件闘争すらできなかった。是々非々のビジネスパートナーである方が健全だ。

「僕は情緒的な判断はしない」

WWD:構造改革によって止血にメドがついたとして、今後の成長戦略をどう描くのか。

大江:成長戦略の概略は先月発表した通りだ。25年2月期に売上高520億円、粗利益率55%、販管費率45%、営業利益率10%の達成を目指す。構造改革はこの先も継続して、粗利益率を毎年1ポイント改善させる。無理なくトップライン(売上高)を確保すれば、着実に利益が出せる。僕がゴールドウイン時代にやったことと基本は変わらない。収益構造を抜本的に変えた上で、「ブランドバリュー再定義」「デジタルマーケティング強化」「ECプラットフォーム再構築」「直営店出店強化」といった成長戦略を強力に進める。この辺りは今まさに喧々諤々の議論を行なっている最中で、今期中に具体的プランを発表する。

WWD:15年6月に屋台骨だった「バーバリー」のライセンス事業を失ってから何度も再建プランを推進しきたが、うまく行かなかった。

大江:幹がひょろひょろしているのに、無理やり枝葉を接ぎ木して繕おうとしたから失敗した。構造改革と成長戦略、アクセルとブレーキを一緒に踏もうとした根本の考え方が間違っている。まず構造改革によって幹を太く健康な状態にしないいけないのに、全てが中途半端だった。

WWD:ポスト・バーバリーと見込んだ「マッキントッシュロンドン(MACKINTOSH LONDON)」も穴埋めにならなかった。

大江:ポストなんとかなんて考えるから失敗した。「バーバリー」の跡地の売り場を「マッキントッシュロンドン」で埋めて、結果として膨大な在庫だけが残った。売り場と売り上げを失う強迫観念によって、ブランドを育てる本質を忘れたとしか僕には思えない。

WWD:今後の成長戦略の柱になるブランドは?

大江:当社でいう基幹4ブランド、つまり「マッキントッシュ」シリーズ(「マッキントッシュ ロンドン」「マッキントッシュ フィロソフィー(MACKINTOSH PHILOSOPHY)」)、「ブルーレーベル/ブラックレーベル・クレストブリッジ(BLUE LABEL/BLACK LABEL CRESTBRIDGE)」、「ポール・スチュアート(PAUL STUART)」、「エポカ(EPOCA)への投資を強める。旗艦店を含めた直営店の出店を強化していく。

WWD:米国ブランド「ポール・スチュアート」の国内商標権を取得した。

大江:メリットが大きい。まずロイヤリティーの負担がなくなる。企画・MDの裁量権が大きくなり、子供服やスポーツ、サブライセンス事業などマルチカテゴリーで展開できるようになる。契約更改リスクもなくなるので、長期戦略に基づいた投資ができる。

WWD:若い顧客の獲得も重要なテーマだ。

大江:ファッションビル向けの「マッキントッシュ フィロソフィー」の“グレーラベル”はポテンシャルがある。3月に出店した新宿ルミネで良いときは月坪70万くらいの売上高だった。今も引き合いが多い。もともと“MPストア”としてストアブランドにしていたが、店舗を作ると商品を広げないといけない。そうなると、どうしても効率の悪い商品が出てしまう。滑り出しの好調は、MDを集約していることも幸いしている。

WWD:低迷していたセレクトショップ業態「ラブレス(LOVELESS)」と婦人服「キャスト(CAST)」は期中に事業継続の可否を判断すると、決算説明会では説明していた。

大江:両事業とも、まだ(存続か否かの)結論を出していない。「キャスト」は苦労して、ようやく焦点が定まってきた。「ラブレス」のエッジの効いた店舗は、好きな人はものすごく好き。今期の黒字化は無理としても、収益の見通しが立つのであれば将来の成長エンジンの一つとして考えていいのかなと思っている。メジャーな基幹ブランドだけでなく、ファッション企業としては新しい挑戦もミッションだと思っている。

WWD:「ラブレス」の不振について、メディアのインタビューで「素人の遊びの結果」と一刀両断していた。あまり厳しすぎると、担当者が寝込んでしまわないか。

広報担当:大江はこう見えて、社内では意外とフォローしているんですよ。

大江:仕入れが遊びになっていたのは事実だ。1匹の魚を取るために、こんなに大きな網を仕掛けるなんて採算が合うわけない。ファッションに余裕と遊びが大切なのは承知しているが、そこにフィロソフィーはあるのか。商品編集はセレクトショップ運営の肝なのに、おざなりになっていないか。

辛辣なつもりはない。事実を指摘し、事実に即して改革を進めないと、展望が見えてこないからだ。僕は情緒的な判断はしない。

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