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カイコで世界の健康課題に挑む、モルス佐藤亮CEOが描く“予防医療”の新産業

カイコを予防医療の観点から注目し、「日本発のグローバルな産業をつくり世界の健康課題解決する」と研究・生産・供給を進める信州大学発ディープテック・スタートアップのモルス(Morus)。佐藤亮代表取締役CEOは新卒で入社した伊藤忠商事繊維カンパニーで養蚕業と出合い、その後ベンチャーキャピタルを経て2021年にモルスを創業した。22年に特許庁の「知財アクセラレーションプログラムIPAS2022」に選ばれ、23年には経済産業省所管のNEDOのディープ・スタートアップ支援事業に採択された。これまでの資金調達額は9.3億円。強みは食品栄養学に基づく製品開発力とカイコの量産、原料レベルからの高い研究力、日本市場ではなく海外市場を主戦場に定めたチーム体制だ。現在、「食・ヘルスケア事業」と「研究開発事業」2つの事業を行う。食・ヘルスケア事業では、食原料販売とその原料を使った食・ヘルスケア製品「KAIKO」の製造販売、研究開発事業では、イリノイ大学やシンガポール政府の研究機関であるA*STARとの共同研究を行う。トレーサブルな原料生産が可能な点と一つの原料に予防医療に貢献する多機能性が含まれることが評価され、現在、世界各国の有力企業から引き合いがあるという。なぜ今、カイコに注目したのか。佐藤CEOに聞く。

PROFILE: 佐藤亮/Morus代表取締役CEO

佐藤亮/Morus代表取締役CEO
PROFILE: 2016年、東京大学教育学部卒業。在学中はアメリカンフットボール部に所属し、タンパク質・アミノ酸・スポーツ栄養学を実践的に研究。卒業後は伊藤忠商事入社。繊維カンパニーでアパレル原料調達やOEM生産管理に従事した後、ベンチャーキャピタルのサムライインキュベートで化学品、エネルギー、総合商社領域及び日本企業と海外スタートアップのオープンイノベーション・新規事業開発支援を担当。 2021年、カイコ研究の第一人者である信州大学の塩見邦博教授とともにMorusを共同創業

アカデミアとビジネスを結び付けて世界的産業をつくる

WWD:モルス創業の経緯を教えて欲しい。

佐藤亮代表取締役CEO(以下、佐藤):大学時代はアメリカンフットボールに打ち込み、筋肉とタンパク質のことしか考えていなかった(笑)。スポーツ栄養学を独学で勉強した、この「栄養」への関心が事業の原点にある。

カイコとの出合いは新卒で入社した伊藤忠商事時代。紳士服や婦人服を扱うOEM事業に携わり、生地手配の際にシルクや原料としてのカイコに触れた。当時感じたのは日本のシルク産業は衰退産業を通り越して消滅寸前で、伝統産業としては残ってはいるが、産業としてはかなり厳しい状況にあるということだった。

その後、ベンチャーキャピタルのサムライインキュベートに転職し、大学や大企業に眠る研究技術をビジネス化するプロジェクトに携わった。日本には世界トップレベルの研究が数多くあるにもかかわらず、アカデミアとビジネスとの距離が遠く、社会実装されていない点が課題だと感じた。アカデミアとビジネスを結び付けることができれば世界的産業を作ることができる。日本はカイコ研究が世界トップレベルで、カイコに関する栄養学の論文も日本をはじめ中国やインドからたくさん出ており、カイコには予防医療に役立つさまざまな栄養素があることがわかった。しかし、研究では解明されているのに、ビジネスとほとんど結びついていない。豊富な研究論文を読み込み、日本の優れた研究者との対話を重ね、世界の健康課題を少しでも解決したいという思いと、これまで注いできた栄養学への情熱を重ねて、研究者とともに会社を立ち上げた。この領域に本格的に取り組む企業がほとんど存在しないこともチャンスだと考えた。

WWD:カイコは近年、医療分野などへの広がりがあるが、食べるという発想はなかった。

佐藤:地域差はあるが、少なくとも200〜300年にわたりアジア各地に食文化が根付いている。糸を取った後のカイコのサナギは「もったいない」という考えのもと、タンパク源として活用されてきており、日本では佃煮、韓国では甘辛い煮付け、中国では揚げて食べられていた。

WWD:タンパク源としての昆虫食は一時話題になったが、昆虫が予防医療に貢献する視点は新しい。

佐藤:昆虫食が注目されたのは2013年。国際連合食糧農業機関(FAO)が「将来的なタンパク質不足への対策として昆虫食を選択肢にすべき」と提言したことを契機に、コオロギなどを活用するスタートアップが北欧を中心に生まれている。当社はタンパク質そのものを前面に押し出す戦略は取っていない。理由は肉などの既存タンパク源が十分に手に入る現状では、「昆虫由来で高タンパク」「サステナブル」といった訴求だけでは市場は広がらないと考えたから。実際、コオロギ食が一時的に注目を集めたものの、急成長が求められるスタートアップビジネスとしては難しかったと見ている。

私たちがカイコを選んだのは「昆虫だから」ではなく、予防医療や生活習慣病の改善に寄与する多様な栄養素が含まれており、その有用性は論文でも明らかになっているから。カイコ由来の原料はタンパク質をベースにしながら、血糖値の上昇抑制やコレステロールへの作用など複数の機能を併せ持つ点が最大の強みで、実際に血糖値の上昇抑制効果についてはヒト臨床試験でも確認されている。こうした「一つの原料で多機能」という特性から、当社ではこの素材を「高機能タンパク質原料」と位置づけている。

WWD:カイコは品種が多い。食用に適している品種はどのように選んだのか。

佐藤:品種選定は、日本で有数のカイコ専門研究機関である群馬県の技術センターなどと共同研究を行っている。食用に適したカイコの品種に加え、餌となる桑の品種による影響も大きいため、栄養価と味の二つの軸で検証を重ねた。その結果、栄養価が高く育てやすい品種にたどり着き、現在はその蚕を用いて生産を行っている。

また、栄養分析を行った結果、シルクを吐く直前の幼虫が最も多くの栄養素を備えていることが分かった。栄養価だけでなく、味の面でも優位性がある。桑の葉しか食べないため、幼虫は抹茶に近い風味があり比較的受け入れやすい味である一方、サナギは糸を取った後で酸化した油のような風味が出てしまい、味は劣る。

WWD:余すことなく「いただく」という視点に立つと、シルクを吐いた後のカイコの活用の可能性はどう考えているか。

佐藤:もちろん将来的にはアパレルを含めた他分野への展開や、他企業との協業も構想している。ただ、現状では、短期間で産業構造を変えるのはビジネスとして厳しいと判断した。

新たな切り口を提案し日本の養蚕の価値を再定義する

WWD:原料の調達先は。

佐藤:自社の試験工場での生産に加えて、国内の養蚕農家と連携して食用としてのカイコの飼育から出荷までを協働でノウハウを構築しながら、生産を担ってもらっている。農家の皆さまにとっては新たな収入源となり、われわれとしても安定した供給につながる。双方にとってプラスになる形で、現在取り組みを進めている。生糸というレッドオーシャンから抜け出し、食やヘルスケアという新たな切り口を通じて日本の養蚕の価値を再定義することで伝統的な一次産業の質的復権に寄与できると考えている。

WWD:生産拠点拡大の計画は。

佐藤:25年5月にシリーズAで約7億円の資金調達を行った。主な使途はASEAN市場の事業拡大、生産設備・生産拠点の拡大だ。売り上げも立ち始め、需要拡大に合わせて生産体制を段階的に強化していく計画だ。現在は、自動化や設備開発について複数のメーカーと協議を進めており、SMBCやみずほ、スパークス・グループといった株主・パートナー企業との連携を模索している。農地や工場については現在検討中だ。

WWD:売り上げの内訳は。

佐藤:シンガポールを中心とした東南アジアで、サプリメントやお茶パウダーを販売している。現在の中心価格帯は月額約2万円と高価格帯だが、生産コストを下げる目処が立ち始めており、今後はミドルレンジやマス向けのラインも展開予定だ。糖の吸収を抑える「シュガーブロッカー」機能にフォーカスしたサプリメントやお茶パウダーを主軸に、段階的な市場拡大を目指す。また、売り上げが立ち始めたここ1年、海外の食品・医薬品メーカーから原料販売での引き合いがある。ビジネスはスピードが重要であるため、早い段階で踏み出してくれるパートナーとの協業を模索している。

加えて、食品分野におけるトレーサビリティが評価され、最近、大きな進展があった。詳細は明かせないが、ある大企業と正式契約で協業を開始した。同社は複数の昆虫素材を検討したというが、最終的に当社を選んだ理由は、食のトレーサビリティを明確に担保できるからだった。カイコは桑の葉しか食べないため、飼料の管理が非常に明確。他の昆虫は雑食で共食いも起こりやすいが、カイコは飼育環境や原料の追跡がしやすい。さらに桑は天然で清潔な素材であることから、「昆虫食」ではなく、新しい食品原料として評価された。

WWD:創業当初から日本市場ではなく海外市場を主戦場とした理由は?

佐藤:アジアでは伝統的な漢方・食文化と現代科学を融合させた市場はすでに確立されている。私たちも、アジアの文化的背景を尊重しながら、日本製の品質と科学的エビデンスを組み合わせた価値提供を行っている。海外顧客に支持されている理由は、栄養学に基づいた研究力に裏付けされた製品力とメイド・イン・ジャパンの信頼性の高さで、価格が高くても選ばれるケースが少なくない。シンガポールでは、糖尿病が主要な死亡要因の一つであることから、血糖値対策への関心が非常に高く、同国政府とも予防につながる研究を共同で進めている。国の研究機関から評価を得られていることは、事業を進める上で大きな自信になっている。

WWD:今後の展望を教えてほしい。

佐藤:事業の軸は「栄養学」、中でも予防医療だ。単なる食事ではなく、健康課題解決に資する栄養を提供することを明確に定めている。また、原料研究を通じて新たな有用成分も見つかっており、用途の広がりも見えている。将来的には医薬品原料への展開も十分に考えられる。コスト低減が進めば、家畜や養殖魚向けの飼料分野への応用も視野に入れる。食品用途と非食品用途を並行して検討するハイブリッド型で事業を進めており、食品用については、安全性を最優先し、毒性試験などの衛生基準を満たした飼料を使用し、蚕そのものの検査も徹底している。

昆虫食ベンチャーの多くが「高タンパク」一本で飼料市場を狙う中、価格競争に苦しんでいる。飼料は極端な低コストが求められ、大規模投資と自動化が前提になるため、世界的にもまだ成功例は限られている。一方、カイコはもともと育てやすい昆虫で、必ずしも完全自動化が最適とは限らず、半自動化など現実的な生産体制を模索している。

アパレル分野では長期的なトレンドとしては成長の可能性があると考えている。ただし、生産者の数が圧倒的に少ないため、事業として大きく伸ばそうとすると、生産量がボトルネックになる可能性は否定できない。

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