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「ニート」の“なんてことないチノパン”に若者が行列を作る理由

 西野大士デザイナーのパンツブランド「ニート(NEAT)」は、米国製にこだわった新ライン“ニートUSA”の第1弾となるチノパンツ(4万円)を南青山にあるベイクルーズのセレクト業態レショップ(L’ECHOPPE)で7月中旬に発売した。発売日当日は店の前に20〜30代の若い男性客が100人近く列を作り、即日完売した。

 同ブランドは「ブルックス ブラザーズ(BROOKS BROTHERS)」のプレス出身の西野氏らしく、米国のトラウザーズが着想源。深くとられた2つのインタックによる腰元のボリューム感と、国内外から取り寄せたユニークな生地使いが特徴だ。立ち上がりの2015年春夏以降、“ワイド”“テーパード”、腰元にアジャスターのついた“ベルトレス”とシルエットの異なる3型のみで展開してきた。

 今回発売した“ニートUSA”は通常品よりスッキリとした正統派なシルエットで、余計な装飾は取り除いた。「なんてことないチノパン」(西野氏)と言われれば、その通りかもしれないプレーンなルックスだ。

 ブランドは2019年7月末時点で卸先を30店まで広げており、毎シーズン消化率は100%近い。売り上げは初年度の50倍になった。毎シーズン、目新しさがないともいえる「ニート」が、なぜ若者の心を捉えるのか。

デザイナーの「好き」が凝縮

 「ニート」のパンツのこだわりについて西野氏は、「やはりこの深いツータック。インタックにすることで縦のラインがキレイに出て、野暮ったく見えないようにしている」と語る。ブランド名は英語で「きちんとした」の意。自身が思いを寄せる米国のトラウザーズをベースに、国内外から取り寄せた上質な生地使いにより洗練された印象を与えている。身長が低い日本人に合うようにも配慮し、「裾上げした時にもキレイなシルエットが出るよう工夫している」という。

 ブランドが若者を中心に浸透していく上で、取り扱い1号店であるレショップの存在が欠かせなかったと西野氏は言う。レショップの買い付けを担当する金子恵治コンセプターは、「ニート」の卸を始めた15年当時を「スラックスがビジネスウエアという呪縛から開放され、カジュアルにはけるものが求められるようになったころ」と振り返る。「色気がありすぎることはないが、誰でも似合って、はいていて心地いい。そんな理想の一本だった」と人気の理由を語る。

 だが、買い付けの決め手は別にあった。「ニート」のファーストシーズンは、「自分が好きなものを、はきたい人にはいてほしい」という西野氏の思いで、本来は個人向けの受注販売会という形で展示会を実施。招待者の中の一人だった金子氏は、デザイナーの個性が色濃く出たモノ作りに引かれ、卸の取り引きを願い出たという。「めちゃくちゃ大きなシアサッカー柄などラインアップはかなり攻めたものばかりだったが、本当に好きで作っていることが、熱心に説明する西野君を通じて伝わってきた。だからか、はいてみたいと思わせてくれる不思議な魅力があった」と金子氏。当時から服好きな若者のハブだったレショップで売れ筋となった「ニート」は、インスタグラムなどのSNSを通じて広がっていった。

若者たちから感じ始めた服への情熱

 レショップのMDは“背景のある服”に絞っており、その中で同ブランドも外せないラインアップの一つになっている。「うち(レショップ)はぱっと見、40代かそれ以上の人のための店に見えるかも知れない。でも実際の客層は20~30代が中心。たとえ手が届かなくてもデザイナーのこだわりを聞いてみたい、という熱心な方が足繁く通ってくださる」と話す。

 西野氏自身も地方の卸先に積極的に足を運んでブランドの語り部になり、「多くの若いお客さまが『ニート』のモノ作りに対し共感してくれる」と実感している。「かつては(故郷の)淡路島に帰ってパンツを作ろうと思ったこともあった。型紙さえあればどこにいたってできそうだから(笑)」と振り返る。「でも金子さんは、『それは違う』と。東京の街で自転車をこいで、納得いくまで生地屋さんを回って、その情熱がお客さんに伝わってるから『ニート』は売れているんだと。そう言われて、はっとした」。

 2人の間には、ファストファッションブームにより失われた服への情熱が、若者の間で蘇ってきているという肌感覚がある。「安かろうと高かろうと、つまらないものは買ってもらえない時代が来る。ちょっとの赤字よりも、お金のことを考えてばかりでブランドがつまらなくなることのほうが、よっぽど恐ろしい」(西野氏)と考えるようになった。

 「それならばお金のことは忘れて、自分たちで作りたいものを思い切り作ろうと意気投合した。サンプルが上がってから電卓を叩いて青ざめるくらいがちょうどいいんじゃないか、とアブないことを考えた」(金子氏)。“ニートUSA”は、そんな2人の“現実逃避”から始まったという。

「わざわざ米国で作る」ことの価値

 いかにも米国人がはいていそうなパンツを、米国の素材を使って、米国で作ろう――。コンセプトは固まったものの、実際の商品化には苦労がつきまとった。「2人で現地の工場に何度も足を運んだ。重いパターン紙を運び出すのには苦労した。生地を選ぼうにも、日本のアウトレット店で残っていそうな色ばかり。ボタン屋さんは頑固で言うことを聞いてくれなかったし……(笑)」。

 1年半の制作期間を経て完成した“ニートUSA”は、ツータックはそのままに、ピンループや持ち出しといったディテールも、「米国人が履いていそうなラフさ」を出すため一切排除。「結局、なんてことないチノパンになった」と2人は笑う。

 「パターンを外注して生地をリクエストすれば、ここにいても作れるようなものかもしれない。でも、自分たちで一つ一つのプロセスを踏んで、モノ作りのストーリーを組み立てることに意味があった」と西野氏。“ニートUSA”を求める長い客の列を見て、「僕がやるべき服作りは、“小説作り”だ」という確信を得たという。それを聞いた金子氏も、「売る側の僕らもモノ作りの背景を、小説を語るようにもっと面白く伝えられたらいい」と応じる。「そうすれば値段が高いものであっても100個、いや1000個だって売れるはずだ」。