ファッション

「ニート」西野大士、パンツ一筋の10年とこれから

西野大士デザイナーのパンツ専業ブランド「ニート(NEAT)」が2015年の立ち上げから10年を迎える。

トータルコーディネート提案が当たり前、他業種コラボも入り乱れる今のファッション業界において、シンプルなスラックスで愚直に勝負し生き残ってきた「ニート」は、ある意味で異質な存在だ。

業界人やインフルエンサーなどがこぞって買い求めたのが5〜6年ほど前。それから一時のブームに終わることもなく、ファッション好きの男性を中心に根強い支持を集めている。

人気が過熱する中でも「自分が欲しいものを作る」ことを貫いたからこそ、今の「ニート」があるのだろう。西野デザイナーにこれまでの歩みと展望を聞いた。

「穿きたいスラックスがない」
から作った2本のサンプル

WWD: ブランドを立ち上げた経緯は。

西野大士「ニート」デザイナー:今から10年前なので、「ニート」を立ち上げたのは31のとき。「ブルックス ブラザーズ」のプレスを辞め、当時はアイウエアブランドのPRをしていた。ブルックス時代は雑誌広告もまだまだ元気で、毎日夜遅くまで働いて、忙しかった。それが転職後はリースや取材対応をしつつも、夜6時には飲みに行けてしまうような生活に。楽しかったけれど、「このままでいいのか」とも思っていた。それで「いつかは自分の店やブランドをやりたい」と思っていたこともあって、とりあえず動き始めた。

WWD:最初から「パンツブランドをやろう」と?

西野: 僕は大の古着フリーク。新品は、インポートを時々買ってはいたものの、ドメスティックブランドにはほとんど縁がなかった。だから自分がブランドをやるとなった時に、「自分が着ないものは作らない」というのがまずあった。で、パンツだけは巷に欲しいものがないな、と。

WWD: どんなパンツが欲しかったのか。

西野:ブルックスをやめてから自転車通勤をするようになって、ライフスタイルが変わった。ネクタイをしなくなったり、革靴を履かなくなったり。でも、もともとクラシックな服が好きだったので、スラックスは穿きたいけれど、ブルックスの「いわゆる」なスラックスで自転車に乗るのは、なんか違う。しっくりくる1本を探したが、意外と選択肢がなかった。インポートブランドなら、コンフォートな着用感でかっこいいものもちょくちょくあったが、そもそも日本人体型の僕にはフィットしなかった。

そこで、「誰が穿いてもシルエットがキレイで、快適なスラックスを作ろう」と。日本人の骨格に合わせて、お尻回りや太ももにゆとりを持たせる。そのために、深いタックを入れる。170〜175cmくらいの人でも裾上げしたときに、1番キレイなシルエットに見える。これが僕の求める条件で、上はTシャツ、足元はスニーカーでも「きちんと見えるように」という意味を込めて、ブランド名は「ニート」に決めた。

WWD:その考えをどうやって形にした?

西野:そこが問題だった(笑)。今思えば、よくそれでブランドやろうと思ったなと。ブルックス時代にパターンができる知り合いがいたので、とりあえず頭を下げた。普通なら無理な頼みだけれど、「2型だけなら」と作ってもらえることになった。ただ空いた時間での作業だったから、修正をお願いすると、次のサンプルが上がってくるのは3カ月後だった。完成までに、1年くらいはかかった。

WWD:最初の展示会(15年秋冬)で反応はどうだったか。

西野:ラックにぽつんと掛けたスラックス2本に、奇跡的にも49本のオーダーが入った。バイヤーのつながりもないので、ほとんどが知り合いからだったが、嬉しかった。ただ、そんなに注文が入るとも思っていなかったから、今度は量産に困った。サンプル用の生地は文化(服装学院)の生協で調達していたが、それじゃダメじゃん!とこのタイミングで気づいたのもアホ。

でも救いの神はいるもので、たまたま同い年のアパレルの飲み友にOEM会社で働いている奴がいた。49本という小ロットだったが、友達のよしみということで特別にやってもらえることになった。マーベルト(腰裏ベルト)仕様にしたいという、個人的なワガママものんでくれて、ファーストシーズンはなんとか完納できた。

WWD:どうやって展開を広げた?

西野:次の16年春夏の展示会に「レショップ」の金子(恵治元バイヤー)さんが来てくれた。当時の「レショップ」の店長とはブルックス時代からの知り合いで、彼が「ブランドを始めたなら、うちのバイヤーに話してみるよ」と取り計らってくれた。

金子さんのオーダーが、ブランドの転機になった。「レショップ」の店頭では1日で完売したらしく、「在庫ないの?」「いや、ないです。作れないです」というやりとりは、今でも覚えている。取引先のアカウントは、2、7、14、25、30とシーズンを追うごとに増えていった。現在は40くらいで安定している。

WWD:パンツからのラインアップの拡大は考えなかった?

西野:もちろん、考えた。トップスに比べればパンツは地味だし、アイキャッチがない。スタイリングで見せることへのジレンマが出てきて、他のものも作りたくなった。一時期は「ドレス(DRESS)」という別ブランドでシャツなども作っていたが、結局「自分では着ないな」とやめてしまい、今はコットンのタートルネックだけ作っている。結局、自分で着たいと思うものしか、作り続けられない性なんだと思う。

WWD:浮き沈みはあった?

西野:最初はすごい勢いでオーダーが付いたし、巷のインフルエンサーもばんばん紹介してくれて、飛ぶように売れた。それが顕著だったのが19年ごろ。別注の依頼が来て、「こんな素材どう?」と提案し、工場に頼み、納品されればすぐ在庫がはける。「商売って簡単じゃん」と思いかけたし、今では天狗になってしまう人の気持ちも身にしみて分かる。

ただその分、人気が少し落ち着いたときに、途端に不安になった。一時期は、パソコンで卸先の売れ行きを四六時中チェックしていたことも。そういう自分が嫌だったこともあって、直営店の「ニート ハウス」を作った。卸先に依存するのではなく、自分たちで発信できる場所を持つことが大事だと考えた。価格が高いもの、攻めた色柄のものなど、なかなかオーダーがつきにくいアイテムも、自分たちの店で売ればいい。卸先の売り上げにも、過剰にこだわらなくなった。

WWD:いい意味で肩の力が抜けた、と。

西野:流行を追いかけている人を、自分たちも追いかけていると、どこかで疲れてしまう。「たまたま引っかかってくれた」ではなく、強いベースを作らないと、ビジネスとして息が長く続かない。最近は、数年前の「はやり」に乗ってうちのパンツ買った人が、「やっぱりいい」とまた買いにきてくれている。こういうファンを増やしていきたい。

全部「中途半端」
だから生き残れた

WWD:10年やってみて。

西野:皆さんが「パンツだけのブランド」をやらない理由が、本当によく分かった。通常、セットアップを作るとしたら、スラックスの販売価格はジャケットの半額か、それに毛が生えたくらいだろう。ただ実は、スラックスを作るのにかかるお金は、ジャケットとそんなに変わらない。スラックスは細かい工程がすごく多いし、使う生地の用尺もあまり変わらない。だから、売る側としてはコスパが悪い。「ニート」のスラックスはまず3万3000円で出したが、当時は「めちゃくちゃ高い」と言われた。今では他が値上げ、値上げなので、むしろ「安い」と言われるようになったけれど。

WWD:トップスに比べ、脇役に見られがちなパンツ。差別化も難しい。

西野: だからこそ、まずはちゃんと公式サイトを作る(笑)。ただそこで、見栄えをよくするつもりはない。あくまで穿き心地やシルエットで選んで欲しいから、オールドファッションかもしれないけれど、店で試着をしてから買っていただきたい。だからECではなく、ホームページ。それぞれの商品ページから、卸先を確認できる仕様を考えている。

WWD:改めて「ニート」の強みとは?

西野:1つはやっぱり、僕自身が欲しいものを作っていること。ブランドを続けているうち「売れるものを作ろう」という、商売人としては至極真っ当な思考に寄ってきてはいるものの、それでも「自分が穿きたいか」というジャッジは、必ずしている。パンツといえど、10年も経てば好みも変わる。最近は定番3型にも手を加えて、テーパードタイプをなくし、スタンダードタイプとワイドタイプをリニューアルした。特に男性は、自分の安心するパンツの形が見つかると、そこに安住しがちだ。だから新型は、最初あまり売れない。でも、焦らないこと。1年半ほど前に出したフレアシルエットは、ここにきて売れ出していて、この秋冬はワイドよりも売れているくらいになった。

2つ目に、「中途半端」なところ。モノ作りのプロでは決してない、プレス畑の人間が中途半端に始めて、「チャリに乗って穿けるスラックス」という、これまた中途半端なコンセプトのパンツを作った。だから、あまり敵がいないポジションなのかなと。直営店ではオーダースーツも売っているが、結婚式の披露宴にはギリギリ大丈夫だけれど、プロのテーラーからしたら「ふざけんな」と言われるくらいの仕様だ。でもこの中途半端なバランスも、若い子には受けていて、オーダーも結構入る。意外と、こういう空気感が求められているんだと感じる部分もある。

WWD:今後の目標は。

西野:まず社会貢献。僕の故郷は淡路島で、やはり震災の経験があるからか、地元の役に立ちたいという気持ちは人一倍強いんだと思う。実は過去に「ニート」の事業売却の持ちかけもあって、正直目が眩むような金額ではあった。ただ奥さんにも相談して、やっぱり僕には「ニート」でやりたいことがまだまだあると思った。

もちろん、「ユニクロ」のヒートテックと違って、被災したときに「ニート」のスラックスを配っても何の役に立たない。でも神戸では母子手帳をファミリアが作っていたりする。こういうことなら、何か貢献できることがあるんじゃないかと思う。淡路島のある市役所の制服を「ニート」にしたい、と市長にも相談したが、「一企業の宣伝になるからダメ」とあえなく頓挫した。でも、めげずにチャンスを探っていきたい。淡路島には「ニート」の直営店もあるが、この周りで飲食店や貸別荘をやれたら、盛り上げられるんじゃないかと思っている。

そして、海外展開。1月にパリで3回目の展示会をした。少しずつ卸売は増えていて、アカウントは現在10件くらい。日本のブランドの作りのよさは十分認知されていて、この円安だから「グッドプライス」と驚かれる。その先に、憧れのアメリカに店を出すことを夢見ている。とはいえビザを取るのはけっこう大変だから、まずは1ヶ月くらい現地で様子見してみようかなと。これもまた、「中途半端」なのかもしれないけれど(笑)。

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