人口減少と需要の成熟、原材料や人件費の高騰、さらには消費やモノに対する価値観の変化—日本のアパレル業界は今、複合的な難局に直面している。こうした状況を打開するヒントを探るべく、デジタル戦略のエキスパートで、アパレル企業の変革支援を行う藤原義昭300Bridge代表取締役による連載(全5回)を届ける。本当に原因は外部環境なのか?第4回は在庫の役割転換が顧客との関係を変えることについて解説する。(この記事は「WWDJAPAN」2026年6月8日号からの抜粋です)
アパレル業界では、毎年新商品が大量に投入され、シーズンが終わるとセールで処分されます。コロナ禍以降は在庫を絞る企業も増えているものの、ここで在庫を通して顧客との関係性を考えてみたいと思います。在庫は経営の数字である前に、ブランドが顧客と日々交わしている“言葉”でもあるからです。
「在庫は多い方が安心」という前提を疑う
シーズン初めの会議で在庫が議題に上がるとき、議論はたいてい「品切れさせない」「機会損失を防ぐ」という方向に向かいます。在庫は欠品防止の保険として扱われ、顧客との関係をどうつくるかの議論にはなかなかなりません。会議の主役は売り上げ計画と回転率で、棚の向こうにいる顧客の顔が議題に登場することは少ないです。
ですが、在庫を「顧客との関係を結ぶ言葉」として見直すと、別の景色が広がります。
多くの企業は「売れるから持つ」で在庫を決めています。マーケットで売れている商品を仕入れる、競合の動きに追従する、トレンドに合わせて品ぞろえを広げる。隣のブランドが出したから自社も置く、SNSで話題になったから棚に加える。一つひとつの判断は合理的に見えますが、積み重なると、ブランドのラインアップは市場の映し鏡になります。
どこのブランドの棚を見ても同じような商品が並んでいる状態では、顧客はブランドを選ぶ理由を失います。業界の多くが定価で売り切れていないのは、「このブランドとつながりたい」と思わせる理由が、棚から伝わっていないからではないでしょうか。
ブランドと顧客の関係を決めるのは、「何を持つか」よりも「何を持たないか」だと思います。流行っているけれど自分たちの世界観に合わない商品。売れそうだけれど他社と同じになる商品。市場が求めているけれど自分たちが本当に良いと思えない商品。これらを「持たない」と決めると、残った商品が顧客との関係の輪郭になります。
「持たない」を決める作業は、現場のMD(商品計画)にとっては苦しい仕事です。売れそうな商品を意図的に断る、競合が攻めている領域から意図的に降りる、ということだからです。短期の数字は確実に落ちます。社内では「攻めが弱い」と言われ、現場の士気にも影を落とすかもしれません。ですが、その苦しさを経営が背負わない限り、ブランドは市場の映し鏡から抜け出せず、顧客との関係も薄いままです。「何を持たないか」を決められる経営が、ブランドと顧客の長い関係を支えていくのだと思います。
在庫は顧客との約束
在庫を「売り切るリスク」ではなく、「顧客との約束」として捉えると、問いが変わります。何をそろえるかは、顧客にどんな関係を約束するかの表明になる。何を棚に置くかは、顧客にどんな日々を提案するかの宣言になる。何を絞るかは、顧客との約束を守る覚悟の証しになる。在庫の一つひとつが、顧客への約束を運ぶ言葉になっていきます。
顧客から見ると、棚はブランドが日々送り続けている手紙のようなものです。手紙の中身が薄くなれば、顧客はいつしか封を開けなくなります。
「売り切れごめん」をどう作るか
顧客との関係を起点に在庫を絞るとき、現場で問題になるのが「売り切れごめん」をどうつくるか、です。「売り切れごめん」とは、計画した数だけを作って売り、売り切れたらそこで終わる売り方です。再入荷しない、追加生産しない、と最初から決めておく。実践は単純に見えて、組織にとっては難しい仕事です。「追加で作れば売り上げはもう一段伸びる」というMD(商品計画)の声を、経営が断れるか。それが分岐点になります。
具体的には、最初から少量で計画し、追加投入の余地を残さない。顧客に「再入荷予定はありません」と事前に伝え、「今買う理由」を渡す。売り切れた後の「次のドロップ」を用意して、顧客との関係を切らさない。次のドロップは、前のドロップを買えなかった顧客への次の手紙でもあります。「今回は買えなかったけれど、次は」と思える顧客が積み上がっていくと、ブランドへの期待は、セールへの期待ではなく、ドロップへの期待に置き換わっていきます。
「売り切れごめん」が定着すると、顧客との関係が変わります。セールを待つ顧客から、ドロップを待つ顧客へ。値下げの後で安く買う関係から、定価で先に確保する関係へ。これは在庫の話ではなく、ブランドと顧客の関係の組み替えです。

量ではなく、関係で勝負する
顧客との約束を持った在庫は、顧客に語りかけます。棚を見たときに、「このブランドは自分のことを考えている」と顧客が感じる。スタッフが商品を紹介するとき、「私たちはこう考えてこれを置いています」と言える。
同じ商品をずっと作り続けているブランドが、何年も同じ顧客から選ばれ続ける理由は、ここにあります。「在庫を減らすと、顧客が増える」というのは、ここに関わってきます。量で勝負することをやめ、関係で勝負する。約束のある在庫は、たとえ点数が減っても、顧客との関係を深くしていきます。
在庫が顧客との約束だとすると、次に問われるのが「価格」の問題です。価格は単なる数字ではなく、ブランドが顧客に対して何を約束し、何を貫くかの表明です。
第5回は、「価格は覚悟の表明だ」という話をしたいと思います。
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