PROFILE: 嶋崎朝子/良品計画 上席執行役員 生活雑貨部 管掌

直近2年で急速に拡大する「無印良品」のヘルス&ビューティー(H&B)事業は、2025年8月期の業績説明会で成長ドライバーとして挙げられ、グローバル展開加速に向けて重要な戦略カテゴリーに据えられている。だが、その根底にある考え方は極めてシンプルで、初めて化粧水を発売した1997年から現在まで一貫している。良品計画の生活雑貨部門を率いる嶋崎朝子・上席執行役員は、「化粧品だから特別なことをしているわけではない」と繰り返す。(この記事は「WWDJAPAN」2025年11月24日号付録「WWDBEAUTY」からの抜粋に加筆しています)
急成長の理由
1. 都市型出店から“生活のそば”へ
2. 社会の“情報化”とケア意識の変化
全カテゴリーで共通する
「無印良品」らしさとは
WWD:改めてブランドの理念と化粧品の位置付けは?
嶋崎朝子・良品計画 上席執行役員 生活雑貨部 管掌(以下、嶋崎):あまり面白くない答えかもしれませんが(笑)、化粧品だけ特別な理念があるわけではなく、全ては「無印良品」のミッションに基づいています。創業時から変わらないミッションは「商品とサービスで世の中の役に立つこと」。そのために、生活の基本となる製品を、本当に必要なかたちで提供するというのが、全カテゴリー共通の“バイブル”です。食品であれば「おいしくて健康にも寄与すること」、衣服であれば「着心地が良く体になじむこと」、生活雑貨であれば「使い勝手がよく長持ちすること」。そしてそれらが「できるだけ手に取りやすい価格であること」。化粧品も全く同じで、日々の生活の基本として必要なケアは何かを起点に考えています。
WWD:24年8月期を最終年度とする3カ年計画で掲げた「第二創業」以降の変化は。
嶋崎:大きかったのは、企業理念を改めて言語化し直したことですね。「『感じ良い暮らしと社会』の実現に貢献する」というゴールを明確にして、そのための具体的な姿を“日常生活の基本を担う”と定めた。ここで、「もっとお客さまの生活圏のそばに出店しよう」と出店戦略を転換しました。それまでは都市型のマーケットが中心でしたが、地方や郊外にも積極的に出店し始めた。そうすると、「『無印良品』は知っているけれど、何を売っているかはよく分からない」「東京の店でしょう?」という人たちにも、きちんと店の姿を伝える必要が出てきます。その中で、新しいCMやチラシといった手法も使い始めました。化粧品だけのためではなく、まずは「『無印良品』という店に行ってみよう」と思っていただく入り口としてコミュニケーションの仕方も変わってきました。
出店が増えれば販売数量も当然増えますが、化粧品に関してはお客さまのケア意識の変化も非常に大きいと感じています。少し前までは、30〜50代くらいの男性は「化粧水なんてつけてないよ」と普通に言っていた。でも今は違いますよね。シェービングや日焼けなどで本来ダメージを受けやすいのはむしろ男性なのに、ケアをしいなかった。それがここ数年で、男女問わずスキンケアは「するのが当たり前」になってきた。そうした意識の変化の中で、服やノート、カレーと同じ売り場に自然に並んでいて、“生活用品の一つとして買える化粧品”であることが強みになりました。百貨店のカウンターに行くほどではないし、ドラッグストアの大量の棚から選ぶのも大変、という人が「無印良品」に来て、靴下や洗剤などの日用品を買う感覚で化粧水も一緒にカゴに入れるイメージですね。
そして、一番大きいのはお客さまの「情報化」です。00年代前半は、まだCMと雑誌が大きな情報源で、「大手ブランド=信頼できる」「CMで見たことがあるから良さそう」という価値観が主流でした。「無印良品」の化粧水は当時から580円ほどでしたが、「安いけど大丈夫?肌は荒れない?」とよく聞かれました。その後、口コミサイトやSNSで成分・処方に関する情報が飛び交うようになり、ブランド名ではなく中身で選ぶお客さまが増えた。そこで改めて「無印良品」の化粧品を成分表から見る人が増えて、「価格は抑えめなのに、この成分が入っている」「毎日たっぷり使える」という評価が広がっていきました。当初からボトルや広告ではなく“中身の良さ”に投資してきたので、世の中の価値基準と、私たちのモノ作りの姿勢が、時間をかけてすり合ってきたという感覚があります。

製品展開の出発点は
お客さまの声と生活の必需性
WWD:23年の“発酵導入美容液”発売以降、新製品や既存シリーズのリニューアルが続いているが狙いは?
嶋崎:よく「すごく製品数が増えましたね」と言われるのですが、実はそこまで急に増えてはいないんです。増えているのはアイテム数というより、売り場の面積ですね。一つの製品あたりの販売量が増えると、従来の小さなスペースではすぐ欠品してしまいます。セルフ販売なので、お客さまが探しに来たときに棚からなくなっているのは一番避けたい。その結果として、化粧品の売り場が広がり、「アイテムが増えたように見える」という側面が大きいです。
製品開発に関しては、お客さまの声と生活の必需性が出発点です。「もっとこうしてほしい」「こんな悩みがある」といったフィードバックや、市場のニーズを踏まえながら、「無印良品」がやるべきか、やらないべきかを吟味して、一つ一つ積み重ねてきました。また、第二創業以降、大きく変わったのは、「規模に見合う責任」をより意識するようになったことです。店舗数もお客さまの層も広がり、SNSなどで突然バズって、想定を超えるスピードで商品が動くことも増えました。需要予測の精度を上げて欠品や過剰在庫をできる限り防ぐ。店頭で製品が途切れないよう売り場設計を見直す。こうした体制づくりがより重要になります。もともと「無印良品」は、衣服も食品も生活雑貨も業界標準より厳しい品質基準を持っていましたが、H&Bでも同じように、確認プロセスや体制を強化してきたというのがこの数年です。
モノ作りの考え方
1. 素材の選択
2. 工程の点検
3. 包装の簡略化
WWD:急成長するH&B事業の新たな取り組みは?
嶋崎:スキンケアは「試したい」「テクスチャーを確認したい」という声が非常に多く、お客さまの要望を受けて昨年、ヘルス&ビューティーアドバイザーという社内資格制度を立ち上げました。化粧品検定と同等レベルの基礎知識を学んでもらい、「お客さまの悩みをきちんと聞き取る」「『無印良品』らしい選び方・使い方を提案する」という接客ができるスタッフを全国で育成しています。現在、アドバイザーは約500人、その上位資格を持ったシニアアドバイザーも数十人規模に広がっています。もともと店舗側から「もっときちんと製品について説明したい」という声が強く、その思いに応えるかたちで始まった取り組みです。「無印良品」は“セルフの店”というイメージが強いと思いますが、聞きたいときにはきちんと聞ける場にしたいという思いがあります。
WWD: 海外展開において「無印良品」の化粧品をどのように根付かせていくか。
嶋崎:国ごとに「無印良品」の認知度もマーケットも全く違うので、一概には言えませんが、根本的には日本と同じです。生活の基本商品で暮らしを良くするという役割は、海外でも変わりません。化粧品だけを切り出して「『無印りょうひん」のコスメです」と戦うイメージではなく、まずは「無印良品」という店がその国で受け入れられることが先です。その上で、「衣服や文具と同じ売り場に、肌や髪をケアするものが自然に並んでいる」という形で、生活用品の一つとして選んでいただきたい。海外でも化粧品は成長ドライバーの一つになりつつあります。日本と同じく、米ぬか発酵などの素材へのこだわりを軸にした訴求が共感を得ていて、「日本発の『無印良品』のスキンケアがある」と認識していただいている感触はありますね。
WWD:「無印良品」の化粧品らしさを一言で表すと?
嶋崎:あえて言うなら、「生活の中で、いい意味で存在感が小さいこと」。家に置いたときにノイズにならないパッケージ、押しつけがましくないコピー、そして天然水や天然由来成分へのこだわりといった“中身”のストーリー。どれも「こう使いなさい」「こうなりなさい」と訴えるのではなく、お客さまに余白を残すことを大事にしています。化粧品業界の常識からするとかなりずれているのかもしれません。ですが「無印良品」はメーカーであると同時に、小売りであり、店そのものがメディアでもある。だからこそ、自分たちの信じるモノ作りと見せ方を、店頭という場で一貫して貫くことに意味があると思っています。
WWD:H&B事業の今後の展望は?
嶋崎:モノ作りの姿勢は変えません。「無印良品」が掲げる理念に沿って、「日常生活の基本を支える」化粧品であり続けることが一番大事です。その上で、まだ「無印良品」の化粧品を知らない人や、店には来ているけれど化粧品を手に取ったことがない人に、どう届けていくかがこれからのポイントだと思っています。マーケティングの手法は時代とともにアップデートしていきますが、根っこにあるのはいつも同じ。「中身と暮らしに対する誠実さで選ばれるブランドでありたい」と考えています。