ファッション

パリコレ開幕直前 2023年春夏で絶賛の「ヴァレンティノ」や賛否の「バレンシアガ」などを欧米メディアの講評で振り返る

 2023-24年秋冬シーズンのパリ・ファッション・ウイークが、現地時間2月27日に開幕する。思い返せば、昨年10月に23年春夏シーズンのパリコレ取材を終えてから、さまざまな出来事が起こった。例えば、ラフ・シモンズ(Raf Simons)のブランド終了やアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)の「グッチ(GUCCI)」退任、そしてサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)の就任などである。さらには「バレンシアガ(BALENCIAGA)」やカニエ・ウェスト(Kanye West)ことイェ(Ye)への批判も起こった。知人らとこれらについて意見交換をしていると、その人の感性や倫理観、生きる上で中核となる価値観まで見えてくることがあり、そういった副産物もファッション業界に身を置く楽しみの一つとして最近は捉えている。

 しかし、情報を発信する側である限り、個人的な感情は二の次で、公平かつ冷静にコレクションを見るのが第一だ。来たる新シーズンのパリコレに備え、現在店頭に並び始めているウィメンズ・コレクションへの欧米のジャーナリストの見解を振り返る。彼らの講評に賛成か反対か、もしくは全く異なる見解か――気の知れた仲間と意見交換しながら、新シーズンのコレクションをチェックするのもいいかもしれない。

「バレンシアガ」
「汚した服はラグジュアリーなのか?」

 「バレンシアガ(BALENCIAGA)」は泥まみれのスペースで、泥臭く自己探求する意義を説いた。自分らしく生きようとする過程で他者から受ける批判を傷跡のメイクで表現し、戦場のような人生でも力強く進んでいく様子を、激しいダメージ加工のジーンズや、体を保護するボリューム感のMA-1をはじめとするミリタリーウエア、そしてモデルは泥水のしぶきに目もくれず力強く闊歩する演出で表現。デムナ(Demna)=アーティスティック・ディレクターは、シーズンを重ねるごとに社会問題や政治に深く切り込み、ファッションを通して問題提起することがクリエイションの中核になっているようだ。

 同ブランドのショーに対しては、今季もコレクションへの講評ではなく、ショー演出について淡々と伝える記事が多かった。そんな中、フランスの新聞紙「ル・フィガロ(Le Figaro)」のエレーヌ・ギヨーム(Helene Guillaume)は、独自の見解を示した。「バックステージで評判のいいジャーナリストは、『わざと汚したセーターは、本当にラグジュアリーなのか?』と尋ねた。デムナはその質問に感謝しながら、『意図的に染色したセーターやアクセサリーなどは、メゾンが生み出した洗練された作品だ』と説明した。殴られた傷のメイクを施すのと同じくらい、着る人を美しく見せる洋服を作るのは難しいことなのだろう」。続けてギヨームは、1940年代以降に芸術家兼社会活動家として活躍したヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)とデムナを重ね合わせた。ボイスは、社会的・政治的な問題に芸術が積極的に関与していく必要性を説いた人物。“あらゆる人間は、自らの創造性によって幸福に寄与し、未来に向けて社会を彫刻しうる”という理論のもと、“社会彫刻”という独自の芸術概念を発展させていった。ボイスの“全ての人は芸術家である”という名言を引用し、「アートとファッションは同類だが、別である。『バレンシアガ』の成功を考えると、ボイスのビジョンが、人々のますます広がる輪と共鳴していることは確かだ」と締めくくった。

 ギヨームの言う「評判のいいジャーナリスト」を指しているのは、「ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)」紙のヴァネッサ・フリードマン(Vanessa Friedman)である。彼女はデムナの回答を受けて、現代におけるラグジュアリーの意味について考えを巡らせたようだ。「洋服が“ラグジュアリー”と見なされるのはなぜか?それは素材、装飾、非実用性なのか?バックステージで、デムナは大勢の記者にスマートフォンを向けられながら、新品の洋服を完全に破壊させたように見せるための作業について話した。意図的に泥を塗ったセーターに法外な値段を払うことは、馬鹿げていると感じる?でも、ダメージジーンズという前例があるではないか。実際に、メゾンが描くシナリオで新品の洋服を着る皇帝は誰か?他人から引き継いだ価値観を盲目的に受け入れる人?もしくは一周してその価値観に賛成する人?彼らは、それを“ダーティーな儲け”と言うことはないだろう」。ネイティブスピーカーの英語の表現は分かりくいかもしれないが、つまり彼女の見解は「巧みに計算された、“ダーティーな儲け方”」という批判だと筆者は読解した。

「ジバンシィ」
「ウィリアムズには時間が必要だ」

 「バレンシアガ」は言葉を濁した批判的な講評が目立ったが、「ジバンシィ(GIVENCHY)」には直球で辛らつな批評が集まった。同メゾンは初めてメンズとウィメンズを分けて、今季はウィメンズ単独のショーを開催。屋外の植物園(Jardin des Plantes)で披露したのは、マシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)=クリエイティブ・ディレクターが探求し続ける、クチュールとストリートの融合だ。

 講評の中で興味を引かれたのは、フランスとアメリカの記者で見解が分かれたことだ。仏「ファッション・ネットワーク(Fashion Network)」のゴドフリー・ディーニー(Godfrey Deeny)編集長は、「ベラやジジといったスーパーモデルでさえ、このコレクションを救うことはできなかった」と批評。「ジジは恐ろしいほどロゴに埋め尽くされた、デニムのセットアップを着ていた。ベラはもっとひどい状態だった。(中略)イブニングウエアに関しては、ぎこちないドレープのカクテルドレスのシリーズで、片側をカットしてインナーブラを露出させる手法が多く用いられた。これらのルックが、パリの偉大なメゾンのショーに登場する可能性があると一体誰が考えたのか、理解するのが難しい。(中略)『ジバンシィ』がバミューダトライアングルに見舞われるのも不思議ではない」。バミューダトライアングルとは、海難事故で乗務員のみが跡かたもなく消える、魔の三角地帯として知られる海域のこと。また、仏新聞紙「ル・モンド(Le Monde)」のヴァレンタン・ペレ(Valentin Perez)も「一貫した提案をしているが、面白みの欠如に苦しんでいる」と述べた。

 一方、「ニューヨーク・タイムズ」のフリードマンは、ディーニー編集長とは対照的にイブニングウエアを特に評価した。「リトル・ブラック・ドレスの終盤は、エレガントでありながら控えめなアーカイブのようだった」。しかし「ウィリアムズによる『ジバンシィ』は悪くない。ただ、記憶に残るほどでもない。何も感じさせないのだ」と、最終的には指摘した。

 「ヴォーグ ランウエイ(Vogue Ruway)」のルーク・リーチ(Luke Leitch)は、「明確なコードのないメゾンでのディレクションは難しい」と前置きした上で、コレクション全体を称えた。フリードマンと同じくイブニングルックについて多く触れ、「シンプルで洗練されていた。ショー後にウィリアムズは、これらはカリーヌ・ロワトフェルド(Carine Roitfeld)と共にアーカイブから掘り起こし、作り直したルックだと語った。結局のところ、『ジバンシィ』はコードのあるメゾンなのだ。(中略)ウィリアムズはまだ、このメゾンが抱える複雑な問題を解決できるのではないかと私は思う。ただ、彼には時間が必要だ。しかし、その時間を得ることができるだろうか」と綴った。

 同ブランドは2022年9月にニューヨーク・ソーホーに3500平方メートルの旗艦店をオープンさせた。さらに11月、ニューヨークを拠点とするブランド「ビーストロイ(BSTROY)」とコラボしたカプセルコレクションを発売。1月のパリ・メンズで発表した23-24年秋冬メンズ・コレクションでは、過去のメンズコレクションで出色の出来栄えという上々の評価を得ている。アメリカ市場に焦点を当てたマーケティングが成功すれば、ウィリアムズによる「ジバンシィ」をまだまだ見られるかもしれない。

「ヴァレンティノ」
「まばたきせずにショーを鑑賞した」

 世界中の辛口な批評家から称賛を得たのは、「ヴァレンティノ(VALENTINO)」のピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)だ。“アンボックシング(Unboxing)”と銘打ったショーでは、モデルのスキントーンに合わせたヌードカラーのハイゲージニットを多用し、人種や個性を重んじる演出を披露した。昨今の主題である多様性やボディ・ポジティブの価値観を、次のフェーズへと押し上げたような印象だ。「ル・フィガロ」のギヨームは「体形の真のお祝い」と表現した。「ニューヨーク・タイムズ」のフリードマンは、「感情に溢れている」という言葉で講評を始める。「洋服に合わせて体を変形させるのではなく、洋服を体に合わせて変形させるべきという考え方が示された。着用者がドレスを指揮するという意味でだ。現代社会に対する一つの挑戦は、称賛に値する。女性がそうする力を与えられたと感じるのは、それ自体が前進である。フィナーレでモデルとピッチョーリは、会場外の通りに出たため、集まったファンの群衆も何が起こっているのかを見ることができた。雨のせいでドレスは少し汚れてしまったが、誰もがまばたきせずにショーを鑑賞した」と描写した。

 「ファッション・ネットワーク」のディーニー編集長も、「ピッチョーリは見事に『ヴァレンティノ』のDNAを新たな境地へ導いた」と称え、ストリートキャスティングにより素人モデルを起用した点にも触れた。「プレビューの中でピッチョーリは、ローマで若い男性に会ったことを説明した。その男性は、ファッションショーに出演するモデルになりたいとずっと思っていたが、夢を実現するためには自分の外見を変えるしかないと思っていたという。『私は彼に、何も変える必要はないと言ってショーに参加させました』と言い、画期的なコレクションにぴったりのキャットウオークへと彼を送り出した」。また、ピッチョーリは12月5日に開催されたブリティッシュ・ファッション・アワード2022(British Fashion Awards 2022)でデザイナー・オブ・ザ・イヤー(Designer of The Year)に輝き、業界内で高く評価されている。

「シャネル」
「メゾンのDNAが明確に表現されていた」

 同じく上々の評価を得たのは「シャネル(CHANEL)」である。ガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)が衣装を手掛けた1960年代の映画「去年マリエンバートで(L'Annee derniere a Marienbad)」から着想を得て、デザインコードを拡張させて現代的に昇華。ディーニー編集長は「エレガンス、ノンシャラン、魅惑、洗練といったメゾンのDNAが何らかのかたちで明確に表現されていた」と記し、ヴァレンタンも「流動性と軽量さがこのコレクションを支配し、ラグジュアリーのバランスが正確に取れている」と称えた。

 エレーヌは、キャスティングにも触れている。「今季は非常に痩せた女性があまりにも多くのショーに登場した中で、『シャネル』のキャストは丸みを帯びた、決してフェティッシュ化されていない雰囲気だった」。さらに、各市場に向けて全世界の女性を満足させる内容だったと語る。「アメリカ人を気楽なリトル・ブラック・ドレスで喜ばせ、きらめくイブニングドレスを愛する中東市場、ダブルCマークのファンであるアジア、簡素でシックなツイードを網羅したいヨーロッパ人を引きつけることだろう」と綴った。ヴァネッサは、「重い遺産を持つブランドを自分のものにしようと試みているが、その結果はあまり説得力がない」とやや批評するも、「サイズの多様性は、一歩前進した」と締めくくっている。

「イッセイ ミヤケ」
「スピリットに忠実で詩的」

 最後は、各ジャーナリストが感傷的な講評を示した「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE))」を紹介する。22年8月に創業者三宅一生が逝去し、直後のショーだった。各紙には、19年からウィメンズのデザインを手掛ける近藤悟史に向けた称賛の言葉が並んだ。ヴァレンタンは、「創業者の意志を継ぎながら、ちょっとした遊び心を加えている」と説明し、「スピリットに忠実で詩的なコレクションは、時を経ても色あせることがない」と記した。辛口のヴァネッサもブランドを称える。「三宅一生は多くの点で正しかった。技術とユニホームの重要性、人が世界をより簡単に移動できるようにする洋服の重要性。そして、未来的で彫刻的な編み物と、自由を祝う。ショー冒頭のスライドに書かれている通り、『デザインには未来がある。デザインには人々に驚きと喜びを呼び起こす』」。

 今季は“A Form That Breathes —呼吸するかたち—”をテーマにし、生き生きとした躍動感がルックと演出の両方から伝わってきた。エレーヌは「近藤氏はブランドの精神を今も引き継いでいる。コレクションは息づいていた」と綴った。「イッセイ ミヤケ」は終わりと始まりの狭間で、感情に訴える素晴らしいショーを披露した。命が絶え、魂を宿し、デザインの精神が今後も輝き続けることを期待したい。

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