PROFILE: ニマ・クリングス「ニメッテ」創業者

パリで日本のファッションに特化した秘匿性の高いショッピングサロンが、富裕層の間で評判を呼んでいる。完全予約制のショールーム兼ショッピングスペース「ニメッテ(NIMETTE)」だ。ラグジュアリーブランドの旗艦店が立ち並ぶ高級ショッピングストリートのサントノーレ通りに25年5月に開業。取り扱うのは、パリ・ファッション・ウイークで発表する「アンリアレイジ(ANREALAGE)」や「ターク(TAAK)」をはじめ、「アキコアオキ(AKIKOAOKI)」「オサケンタロウ(OSAKENTARO)」、さらに「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」のヴィンテージピースまで約20ブランドの男女のアイテム。設立者ニマ・クリングス(Nima Krings)が日本への度重なる旅の中で出合った、希少で手仕事に根ざしたブランドを紹介している。
原点にあるのは、夫ピエール・クリングス(Pierre Krings)が共同創業した企業プライスミニスター(PriceMinister)を10年、日本のEC大手の楽天に売却したことだ。彼女は日本で過ごす時間を重ねる中で、「日本のファッションとクラフツマンシップに深い敬意を抱くようになった」と語る。顧客は、ファッションやカルチャーへの感度が高い富裕層コミュニティにおける口コミで広がっている。従来のブティックとは異なるショッピング体験を提供する「ニメッテ」設立者のクリングスに取り組みや、日本発ブランドの価値について聞いた。
現代のファッションはあまりにも速すぎる。
慎み深く、信頼あるプライベートサロンを作りたかった
WWD:「ニメッテ」のコンセプトとは?
ニマ・クリングス「ニメッテ」創業者(以下、クリングス創業者):時代を超えた価値を持つ、希少で意味のある製品を扱う、完全予約制のプライベート・ファッションサロン。単なるブティックではなく、服が“個人的な表現の領域”となるよう、キュレーションした環境を提供している。プライベートアポイントメントを基本に、パーソナルスタイリング、フィッティング、必要に応じたお直し、さらには長期的な視点でのワードローブのオーガナイズまでを行う。すべては、親密で思慮深い空間の中で完結する。
WWD:従来型のブティックではなく、プライベートサロンという形式を選んだ理由は?
クリングス創業者:私はギニアで生まれ、幼い頃から母に付き添って仕立て屋に通っていた。インディゴやバティック、バザンといった生地を選び、着る人の身体や個性に合わせて服が一着ずつ仕立てられていく光景を日常として見て育った。その経験を携えてパリに暮らす中、デザイナーとクラフツマンシップを“物語”として伝えられる物理的な空間を作りたいという思いが強くなった。「ニメッテ」は、私自身の旅の延長線上にあり、記憶と文化、そして現代的表現が交差する場所だと感じている。
一方で、現代のファッションはあまりにも速すぎる。対話や意味、発見のための余白は、ほとんど残されていない。だからこそ私たちの使命は、大量消費型の創造的消耗から距離を置き、よりサステナブルで思慮深いファッション体験を生み出すことにある。プライベートサロンという形式は、慎み深さ、信頼、そして深みを可能にする。顧客の時間とデザイナーの仕事の双方を尊重し、価値が消費されるのではなく守られる文脈を提供したい。
WWD:サントノーレ通りにプライベートサロンを構えたきっかけは?
クリングス創業者:「ニメッテ」は23年10月にオンラインショップとしてスタートした。ただ、私はずっと触れられる体験、そして物語を共有できる場を作りたいと思っていた。転機になったのは、夫が関わる会社のオフィスが空いたことだった。ラグジュアリーブランドのショーの舞台装飾も手掛ける著名なインテリアデザイナー、マリー・アンヌ・デルヴィル(Marie-Anne Derville)の協力を得て、無機質だったオフィスを光に満ちたファッションの“繭”へと変貌させた。顧客は、テラスを備えた静かで落ち着いた空間で、極めてパーソナルなショッピング体験に没入することができる。
COMME DES GARCONS
WWD:顧客に対するキュレーションはどのように進めている?
クリングス創業者:すべては会話から始まる。顧客のライフスタイルと個性、服との関係性をヒアリングすることに時間をかけている。来訪時はトレンドやシーズン関係なく“物語の一部”として提案する、個々に合わせてキュレートした洋服を並べる。フィッティングも急かされることなく、意図的にゆっくりと行う。イメージは、ウエディングドレスサロンに近いかもしれない。私たちが目指すのは、顧客が既存のワードローブを昇華させ、感情的に共鳴し、時間とともに自然に育っていく服を迎え入れること。
日本のクラフツマンシップに宿る規律、
謙虚さ、そして精度に強く惹かれている
WWD:日本発ブランドを中心に扱っている理由は?
クリングス創業者:日本のブランドには、素材と技術、ディテールに対する深い敬意がある。個人的にも、日本のクラフツマンシップに宿る規律、謙虚さ、そして精度に強く惹かれている。デザインは厳格でありながら、どこか詩的である点も特徴的だ。なかでも私が敬愛しているのは、トレンドからの独立性。彼らは季節的なノイズに応答するのではなく、感情的にも物理的にも長く持続する服を生み出している。ビジネスの視点から見ても日本のブランドは、限定生産と卓越した素材、真摯なストーリーテリングという「ニメッテ」の哲学と完全に一致している。
WWD:バイイングやブランド選定は、どのように行っている?
クリングス創業者:年に4〜5回は日本を訪れ、必ずデザイナー本人と会い、制作プロセスや価値観、地域に根ざした技術を理解するよう努めている。取り扱うすべてのブランドには、明確なアイデンティティと存在する理由が求められる。トレンドは意図的に避け、一貫性、持続性、そして着るたびに新しい表情を見せる服であるかどうかを主な選定基準としている。各アイテムは一点ずつ買い付けるが、その背景にあるのは、希少性を保つこと以上に服に宿る物語や時間を丁寧に伝え、顧客との一つひとつの出合いを大切にしたいという考え。
日本ブランドに触れ、最初は驚き、
好奇心、そして深い愛着へと変化する
WWD:日本発ブランドに触れた顧客の反応は?
クリングス創業者:多くの場合、最初は驚き、そこから好奇心、そして深い愛着へと変化していく。生地やカッティング、服に込められた意図の違いを、顧客は非常に敏感に感じ取っている。一度このレベルのデザインを体験すると、ファッションに対する期待そのものが変わる。特に支持が高い「ポステレガント(POSTELEGANT)」は、カッティングの正確さと服としての完成度の高さが際立っている。「アンリアレイジ」は独創性とテクニカルなアプローチで強い印象を残し、「フェティコ(FETICO)」は現代的で力強い女性像を体現しており共感を集めている。顧客は、自分だけでは出合えなかっただろうブランドや、これまで挑戦しなかったスタイリングを受け入れながら、ファッションへの愛情と感性を深化させている。
WWD:「ニメッテ」で取り扱われるは、ブランド側にとってどんなメリットになり得る?
クリングス創業者:多くのインディペンデントブランドにとって、パリという競争の激しい市場で可視性を得ることは容易ではない。「ニメッテ」は、彼らに文脈と守られた場を提供する存在。量ではなく、意味のある出合いを生み出すこと、クライアントとクリエイターの間に関係性と信頼を築くことこそが、私たちの役割。
WWD:「ニメッテ」の展望は?
クリングス創業者:今後も慎重かつ選択的に成長していきたい。日本のデザイナーはこれからも中心であり続けるが、クラフツマンシップとタイムレスさ、真正性への同じコミットメントを共有するのであれば、他の地域の才能も紹介したい。世界中の本物の技と物語を誠実に伝え続けることが「ニメッテ」の一貫した理念だから。