踊らない、踊れない人にとってバレエは「優美で可憐」というイメージが先行する。だが「チカ キサダ(CHIKA KISADA)」を通じて見えるバレエは、そこにとどまらない。テーマに「トレース」を掲げた今季は、アスリートであるダンサーの鍛えぬいた筋肉や骨格をなぞるような、そして自己コントロールされた呼吸の動きを服に映しとるような凄味がある。
2026年春夏コレクションのショーは小さな会場で、一ルックずつを小さな舞台に上げてスポットライトを当て、前後左右を360度から丁寧に見せる演出を選択。バレエダンサーたちの可憐さの奥にある強さや身体性、踊りの後の余韻など目に見えないをも浮かび上がらせた。
チュールとチュチュの再解釈
アイテムは今季も、ブランドの代名詞であるチュールやチュチュが多面的に展開された。そのアイデアの豊さはまるで「バレエの因数分解」。チュールは、肩パッドをむき出しにした脱構築的なジャケットの袖口やフラットシューズを飾ったり、ストラップやブラトップにアクセサリー感覚で用いたり。ポロシャツ地やシャツ地といったカジュアルな日常着の要素は、タイトなトップとボリュームあるミニ丈スカートのプロポーションバランスによりバレエ衣装にも見えてくる。そしてブランドのもうひとつのコアであるパンクの要素も忘れない。スタッズ使いや切り裂いたようなカットソーが甘いチュールの世界を彩る。
多様なダンサーとの仕事を経て
幾左田千佳デザイナーは今年7月、新国立劇場バレエ団のガラ公演において舞台衣装を手がけた。その経験を「これほどまでに大人数分を一度に作ったのは初めてで、衣装合わせでさまざまなダンサーの肉体と向き合い、その美しさに改めて衝撃を受けた」と語っている。舞台の現場で異なる骨格や筋肉、身長や可動域に対応した経験は、そのままプレタポルテのデザインにも還元されたのだろう。多様な身体にどう響かせるかという視点が、今季の「トレース」をより説得力あるものにしている。
バレエ的アライメントをプレタポルテに
バレエにおける「正しい姿勢=アライメント」は、骨格と筋肉が最も合理的に支え合う状態を指すと聞く。踊らない者から見れば不自然に見えるポーズも、実際には身体を自然に機能させた結果だという。「チカ キサダ」は骨格をなぞるようなカッティングや、呼吸を映すようなプリーツといった要素を用い、このアライメントを洋服に落とし込んでいるのだろう。
ダンサーが鍛錬を重ね、最後に舞台で表現するのは「力みのない美しさ」。「チカ キサダ」の服もまた、ストイックを経て美しさへと着地することに成功しており、バレエを踊らない女性たちにも「そうありたい」と憧れを駆り立てる。