ファッション

「ピリングス」の新章始まる 内向的世界観から日常のリアリティーへ

村上亮太デザイナーによる「ピリングス(PILLINGS)」は9月3日、「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」で2026年春夏コレクションを発表した。「ピリングス」といえば、ハンドニット。幼いころに着ていた母の手編みのセーターを原点に、その魅力を探求し続けてきた。母の年齢に近いニッターと技術を極め、前回は10年を振り返る節目として、“クラシック”を追求。ニットの温かみと、殻に閉じこもった独自の人間像を重ね合わせ、コレクションの中核とした。しかし、今回は布帛やチノ、サテンといった身近な素材のアイテムをベースにしながら、「ブランドとして次のステップへ」と新たなスタイルを模索した。

今シーズンのテーマは、「マイバスケット(mybasket)」。着想源の資料は、小型スーパー「まいばすけっと」のレシートだった。村上デザイナーはこれまで、少年時代の不登校の経験や団地暮らしのしょっぱい記憶をたどり、社会から少し距離のある人間像を描いてきた。想像すると、薄暗い部屋の中でひとりきり。ただ、彼はそうした孤立を否定することはない。緩やかに流れる時間や殻の中の内面世界にある、ひとつひとつの色や匂い、空気をすくい上げ、ファッションというフィルターに通し投影してきた。そして今回、部屋から一歩踏み出し、近所の「まいばすけっと」へ向かう。そんなありふれた日々のシーンで「言語化されていない“日本の日常着”に面白みを感じた」という。

シワや歪み、思い出のキャラクターが人間味を表す

久しぶりに浴びた太陽の光は、オールホワイトの明るいファーストルックに表れていた。トップスは、襟元から折り目をつけ重ねることで、多方向に射す光の陰影を描いているようだ。カプリパンツには、ブランドの特徴的なディテールのひとつ、裏地を出したポケットを施し、殻にこもっていた自分の個性を表現。「ピリングス」の新章を象徴するルックとなった。

村上デザイナーが説く“日本の日常着”とは、カワイイでも、オタクでも、アバンギャルドでもない。名前のついていない“いつもの”服装だ。胸元をあえて弛ませ、着崩した感のあるキャミソール、シワだらけのスリップスカート、お下がりのようなノスタルジックなノースリーブニット、小さな穴とほつれが点在するスエットのドレス。数年ぶりに履いたスカートは、ウエストのサイズが合わない。そんな時の移ろいを読み解けるほどに、大きな歪みを加えた。洗濯機に長く残されたままできたシワ、カバンの跡がついたシワ、ヨレたネックライン、アンバランスな歪みなど、「日常のささいな感情に向き合うことで、細部にまでこだわった」と語る。

そして、カーディガンにていねいに縫われたスズランや、お気に入りのキャラクターのモチーフは、ほっこりとする人間味を映し出す。ショーで注目を集めた、NHKの幼児向け番組「にこにこぷん」とのコラボレーションは、村上デザイナーの思い出から生まれたもの。幼い頃に母が作ってくれたセーターを、ネイビーのカーディガンに置き換え、胸元に手編みのキャラクターをあしらった。

前回に続き起用した振付師の山田うんが指導するモデルの表情は、まだ冴えない。うつろ目に不完全なヘアスタイル、バッグを握り締める手。腑に落ちない時代感に悩むその人間像は今も拭えていない。ただ、確実に彼女の世界観は広がり始めている。

「LVMHプライズ」での評価が新たな道筋に

そのステップのひとつのきっかけともなったのが、セミファイナリストとなった25年度の「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE)」だ。プレゼンテーションを行ったパリの審査会では、セント・マーチン美術大学MA(CENTRAL SAINT MARTINS MA)のファビオ・ピラス(Fabio Piras)=コース・ディレクターにコレクションについて、こう評された。「内向的な視点は理解できるが、誰もいない広い道を見ているようだ。世界観の表現は忠実だが、どこか映画を見ているような感覚で、実際に内向的な人々が手に取り、着用するのか疑問だ」。そこから日常のリアリティーと向き合い始め、今回のコレクションにもその気づきを反映した。

ショー会場は、前回の品川インターシティホールの大規模スペースから変わり、昨年事業譲渡契約を結んだサザビーリーグ本社で行った。向かいの別ビルの一室には、「ピリングス」のアトリエもある。スタンディングなしの限られたスペースで、観客とモデルの距離はグッと近く、これまで以上にブランドの“現実”に触れた感覚だった。次回はどんな世界へ誘ってくれるのか。「ピリングス」の新しい冒険は始まったばかりだ。

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