
ビューティ賢者が最新の業界ニュースを斬る
ビューティ・インサイトは、「WWDJAPAN.com」のニュースを起点に識者が業界の展望を語る。今週は、ブランド価値の設計と消費者への伝え方の話。(この記事は「WWDJAPAN」2025年5月19日号からの抜粋です)
PROFILE: 弓気田みずほ/ユジェット代表・美容コーディネーター

【賢者が選んだ注目ニュース】
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日本のドラッグストア市場におけるヘアケアカテゴリーは、高価格帯へのシフトがますます顕著になっている。その中で、「機能の進化」と「感性の深化」という2つのベクトルが存在し、二極化が進んでいるように見える。
機能と感性のバランスに揺れる、高価格帯ヘアケア
花王の「ジアンサー(THE ANSWER)」やマツキヨココカラ&カンパニー(以下、マツキヨココカラ)のプライベートブランド(以下、PB)「コンクレッド(CONCRED)」は、機能訴求型ブランドとして登場した。「ジアンサー」は、花王の100年に及ぶヘアケア研究の一つの到達点として2024年11月に誕生し、科学的なアプローチで信頼を築いている。一方、今年4月に登場した「コンクレッド」は、マツキヨココカラと長年タッグを組むカラーズとの共同開発により、アミノ酸の濃度に着目したヘアケアシリーズを展開。PBとしては常識破りの1980円という価格設定からも気合のうかがえるデビューとなった。
これらの機能軸のブランドが売り上げを伸ばす一方で、感性訴求型のブランドも確かな成長を見せている。I-neの「ヨル(YOLU)」、花王の「メルト(MELT)」などがその例だ。香りや質感、パッケージデザインなど五感に訴える要素を重視し、心地よさやリラックス感を提供する。新たに登場したアンド・ナインの「サボンドサボタ(SABON DU SAVOTA)」はAIを活用してワード分析を行い、ターゲット層である26〜38歳の女性にとって「キャッチー」な要素を詰め込んだ製品設計を行った。
このように見ると、それぞれのブランドがコンセプトやターゲットに応じて「機能」と「感性」の2軸のバランスをどう設計するかに心を砕いている構図が浮かび上がる。高価格帯だからこそ、消費者は「効果」だけでなく「使う意味」まで問うようになっており、その期待に応えるには2つの要素を両立させなければならない。「機能」と「感性」、2つの要素をどのような配分と文脈で組み合わせ、ユーザーの納得と共感を引き出すか。今後の市場で強さを発揮するのは、そのバランス設計に長けたブランドであることは間違いない。
「ベアミネラル」撤退に見る、ナチュラルコスメの理想と現実
「ベアミネラル(BAREMINERALS)」の日本市場撤退は、化粧品業界内外に少なからぬ衝撃を与えた。肌への負担を極力抑えるシンプルな処方で設計された“ミネラルファンデーション”は、ルース状の粉をブラシでくるくると肌にのせるという、新しい使い方のデモンストレーションとともに登場し、インパクトをもって市場に迎えられた。
00年代初頭、日本ではオーガニック・ナチュラル志向が高まりを見せていた。当初はスキンケアやヘアケア製品が主軸だったが、07年の「エトヴォス(ETVOS)」、08年の「ナチュラグラッセ(NATURAGLACE)」といった国産メイクブランドの誕生を皮切りに、ナチュラルメイクアップ市場も拡大を始めた。これらのブランドは、バラエティーショップやECといった身近なチャネルで展開し、日本人の肌質や感性に寄り添った製品作りで支持を得ていく。
一方、「ベアミネラル」は資生堂傘下で百貨店を主力チャネルとした。従来の中心販路だったテレビショッピングQVCでもしばらく販売を継続したが、“お得なセット”での価格訴求と、百貨店での定価販売という戦略のねじれがブランドの立ち位置を不安定にした。当時の百貨店にはオーガニック・ナチュラルブランドを集約する環境が整っておらず、一般的なメイクアップブランドと真正面から競合する構造となったことも逆風となった。
同ブランドは、日本のメイクアップ市場に「肌に優しい処方」「負担をかけないメイク」という新たな基準を持ち込んだ先駆者だった。その存在は、後に続く国産ナチュラルブランドの誕生や、クリーン志向の土壌形成において重要な役割を果たしたといえる。
現在、日本のビューティ市場においてナチュラルコスメは一定の定着を見せている。だが同時に、SDGsやエシカル意識の高まりによって「オーガニック・ナチュラル」という価値観は、原料の栽培方法にとどまらず、環境負荷の少ない生産・流通のあり方や、トレーサビリティー、労働環境まで含めた「クリーンビューティ」へと広がっている。にもかかわらず、日本の消費者にとって「クリーン」や「エシカル」という観点は、依然として化粧品選びの主軸とはなりにくい。
むしろ近年は韓国コスメの影響もあり、「美容成分の機能性」や「即効性」が注目を集める傾向が強い。そうした中でナチュラル志向のブランドが支持を得るには、理念を掲げるだけでなく、それを消費者にとっての「分かりやすさ」や「納得感」に落とし込む仕組みが必要だ。