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難解複雑な「ジェイ ダブリュー アンダーソン」の提唱、「ファッションは読解するより“見る”ことをもっと楽しんで」

 「ジェイ ダブリュー アンダーソン(JW ANDERSON)」の作品の独自性は、多様なアートからの着想にある。同時にアートによって、クリエイティブ・ディレクターのジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)の鋭敏な感覚はシーズンを重ねるごとに磨かれている。ロンドンで発表した2020年春夏コレクションは、同ブランドをさらに上のステージへと押し上げる素晴らしいコレクションであった。

 今季のインスピレーション源はカナダ出身のビジュアルアーティスト、リズ・マゴー(Liz Magor)だ。マゴーは日常生活で見落とされがちな不用品を作品に変えて、新しい文脈で再提示する試みを続けている。ショー会場内には四角い部屋の壁に沿って客席を設け、真ん中に置いた透明のボックスには古びた人形や古着のニットウエア、おもちゃなどが入ったマゴー制作のオブジェが複数置かれていた。スタッフやモデルの集合時刻はショー当日9月16日午前9時半で、ショー開始時刻の3時間半前だ。筆者が会場に到着した11時ごろにはメイクアップとヘアスタイリングは順調に進んでおり、リハーサルが間もなく始まるタイミングだった。アンダーソンは、ショー開始までのほとんどの時間を本番スペースで過ごし、インスタレーションのセッティングを行っていた。手には常に2台のスマートフォンを持ち、電話にテキストにとせわしない様子だ。

アナ・ウィンター登場でピリつく現場

 経験を積んだチームとブランドにとってなじみの会場ということもあり、準備はスムーズに進んでいく。唯一の誤算は、バックステージでの騒動だろう。ショー開始約20分前に姿を現したアナ・ウィンター(Ana Wintour)=コンデナスト(CONDENAST)アーティスティック・ディレクター兼米「ヴォーグ(VOGUE)」編集長に向かって、警備員がバックステージパスの提示を要求したのである。アナ・ウィンターといえばほとんど“顔パス”が利くほど有名人なだけに、本人というよりも周囲の空気が一瞬にして凍りついた。ウィンターが「パスは持っていないのよ」と口にすると同時に、近くにいたアシスタントが素早い動きで彼女を奥へと案内したため現場もひと安心。コワモテの警備員の女性はウィンターだと気付いた後にすぐさま照れ笑いを見せていたが、制服の下は冷や汗が吹き出していたに違いない。

 約300人収容の場内は満席だった。ショーはきらびやかなクリスタルの装飾が目を引く、ドレープの利いた黒いドレスからスタートした。アシンメトリーなカッティングの波打つドレスや構築的なテーラード、スリーブが誇張されたトレンチコートにラフィアで縁取ったエスパドリーユなどが登場した。アンダーソンがクリエイティブ・ディクレターを務める「ロエベ(LOEWE)」に通ずる芸術性やクラフト感も漂うが、「ジェイ ダブリュー アンダーソン」はより実験的で、失敗を恐れることなく好奇心のままに衣服を楽しむ女性像が浮かび上がる。

今回も得意のアート性全開

 ショーの後、バックステージにはフロントローに座っていたシドニー・トレダノ(Sidney Toledano)LVMHファッショングループ(LVMH FASHION GROUP)会長兼CEOや歌手のクリスティーナ・アギレラ(Christina Aguilera)、「ユニクロ(UNIQLO)」の柳井正ファーストリテイリング会長兼社長の柳井照代夫人が祝福の言葉を伝えに来た。アンダーソンは照れくさそうに彼らとの記念撮影を終えると、10人ほどのジャーナリストに囲まれて取材に応えた。「マゴーの作品をハーバード大学で見て、彼女が伝えようとする“見る”ということに引かれた。不要になった物に焦点を当て、新たな場所を与えるというアイデアだ。テクスチャーやジュエリーをどのように“見る”のか、それらをどのように知覚するのか……。そして雑音を打ち消してシルエットにフォーカスした」。身振り手振りを交えながら説明を続けるが、筆者がテーマやメッセージについて明確に理解するのは簡単ではなかった。「テーラードはマリー・アントワネット(Marie Antoinette)の衣服のように誇張した後に空気を抜いた。ほかには1960〜70年代の雑誌で見かけるようなデイジーの花と図解からもアイデアを得た」。身頃の半分だけにボリュームを持たせたジャケットやコート、胸元にビーズでデイジーの花を描いたドレスはそうしたアイデアをもとにしているようだ。このように芸術作品から意味を見出すことを好むアンダーソンだが、「裏にメッセージは潜んでいない。僕にとってのテーマは“見る”こと。僕らは時々全ての事柄に意味を見出そうとしてしまうけれど、ただ“見る”ことをもっと楽しむべきなんじゃないかな」と取材の最後に語った。

パーティーからすぐに去るアンダーソン

 ショーを終えた日の夜にはアフターパーティーが開催された。翌日がアンダーソンの誕生日ということもあって会場で彼の姿を探したが、主役は日付けが変わる前にそそくさと帰ってしまったようだ。現代で最もいそがしい業界人の一人である彼は、27日の「ロエベ(LOEWE)」のショーの翌日に日本へと発ち、東京、京都、大阪を訪れる予定だという。日本で何を見て感じ、次のコレクションへと反映させるのか楽しみである。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける