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眼鏡「アヤメ」が初の路面店オープン 千駄ヶ谷3丁目にこだわった理由は?

 日本のアイウエアブランド「アヤメ(AYAME)」が先ごろ、東京・千駄ヶ谷に初の路面店「アヤメ本店」をオープンした。建築ディレクションを手掛けるトリップスターによる店舗設計は全面ガラス張りで、明るく開放的なリラックス感のあるサロンのような雰囲気だ。来年ブランド設立10周年を迎える「アヤメ」創設者の今泉悠デザイナーに心境を聞いた。

WWD:なぜ千駄ヶ谷を選んだのか?

今泉悠「アヤメ」デザイナー(以下、今泉):まったく想定してなかったのですが、「アヤメ」の愛用者でもあるインテリアデザイナーの片山正通氏とお話した際、片山氏のオフィスがある千駄ヶ谷のよさを教えていただいたことが興味を持ったきっかけです。時間がゆるやかに流れる千駄ヶ谷は、ブランド独自の空間をゼロから作りたいと願っていた私の理想に近い場所だと感じました。にぎやかな商業エリアではありませんが、近くにはコアなファンを持つアパレルや雑貨の人気店も点在しています。そして近隣に競合する眼鏡店もないことから出店地に選びました。

WWD:ショップコンセプトは?

今泉:一般的に消費者が依然として持っている“眼鏡店は入店しづらい”という印象を払拭したいと思いました。そのため、店内が外から見えるように全面ガラス張りとし、音楽好きの店長がセレクトした心地よいBGMが流れ、ソファがあるリラックスできるスペースを設けています。眼鏡というパーソナルなアイテムをお客様自身のペースで選んでいただけると思います。“東京っぽい眼鏡店とは?”と自問した私の答えです。

WWD:来年のブランド設立10周年を前に、成長を感じさせる出店だ。そもそも「アヤメ」をスタートしたきかっけは?

今泉:私は眼鏡業界に入る前、ヘアメイクが好きで20歳ごろまでビューティサロンで働いていました。今でも顔をメイクする感覚で眼鏡をデザインしています。眼鏡作りに興味を持ったのは、自分に似合う眼鏡が市場になかったことから自分で作ろうと思ったことがきっかけです。そして、人生の転換点となったのは、東京・代官山のユニットでアルバイトをしていた時、同じアルバイトの大学生が素敵に眼鏡をかけていたことから興味が高じて、眼鏡の産地である福井県鯖江市を訪れたことでした。ある方のツテで現地の田中眼鏡本舗を紹介され、さらにつながった眼鏡ブランド「イエローズプラス(YELLOWS PLUS)」の山岸稔明デザイナーに眼鏡デザインの指導を受けることになりました。それから約4年間、鯖江に出向いたり、メールでやりとりをしながら修業を重ね、「アヤメ」のデビューにこぎつけました。ファーストサンプルを作っていただいたのも山岸氏です。まさに私の師匠ですが、私には今でも山岸氏のような美しい線のデザイン画は描けません。ビンテージへのこだわりを見事に具現化する「アイヴァン」の中川浩孝デザイナーと山岸氏は、眼鏡業界において私がとうてい及ばない才能を持った方として尊敬する2人です。

WWD:「アヤメ」のビジネスは順調だった?

今泉:スタートしてから4年は厳しい日々が続きました。“しがみついてきた”という表現が適切かもしれません。そして5年目を迎えたころにやっとかすかな光が見え出し、それ以降は売り上げが毎年10~20%成長するようになりました。“温故知新”をコンセプトとして、自分が欲しい眼鏡、自分が買える眼鏡を追求してきたことが実を結んできたのだと思います。私は眼鏡作りと経営の両面を担っていますが、”デザインする“という点で共通点があります。

WWD:念願のショップをオープンしたが、次の目標は?

今泉:現在の国内の取り扱い店舗数は約50で、これ以上拡大する考えはありません。私は全国に出向いて一店舗一店舗とのコミュニケーションを大切にしており、この店舗数が限界なのです。本店のこの1年の結果を見て、新しい動きを考えたいと思います。また、一つのきっかけ作りとして、9月27日から30日までパリで行われる国際眼鏡展「シルモ(SILMO)」を初めて視察します。15年に発表した「アヤメ」でトップレベルの売り上げがある代表的モデル“マンレイ(MANRAY)”を持参して現地のバイヤーに見てもらい、海外市場におけるビジネスの可能性を探りたいと思います。あまり先のことは明確に考えられませんが、これからも自由でわがままなブランドでありたいと思います。