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エディ・スリマン、病を超えてクリエイションに臨む 仏新聞に明かす

 エディ・スリマン(Hedi Slimane)「セリーヌ(CELINE)」アーティスティック、クリエイティブ&イメージディレクターが仏新聞「ル・フィガロ(LE FIGARO)」のインタビューに応じた。エディによる初の「セリーヌ」のショーは28日、パリで発表される。

 「フランスのメゾン、そして伝統とプロの仕事、アトリエに復帰できてうれしい」と同紙にエディ。「パリはハンドメードが最も得意であり、信じられないくらいシックな街だ。アトリエの職人技を超えた“サヴォアフェール”というものは、心の持ちようや仕事の仕方、モデルへの瞬時の理解、特別なフィーリングによるもので、パリにしか存在しないものだ」。

 セリーヌが本社を構える17世紀に建てられたコルベール・ド・トルシーには、「セリーヌ」初のメンズウエアを作るためのアトリエも設けられたという。また、「セリーヌ」のロゴから、フランス語のアクセント記号を取り去った。「自分らしさを出したかったのではなく、その逆だ。メゾンの歴史や基盤に根ざし、建築的かつグラフィックといったプロジェクトの本質に立ち返りながら、言葉の要素を取り入れた。ソーシャルメディアの影響もあって、ロゴについては常にはっきりとした反応が起こる。それは当然のことだし、皆がそれを期待するし、それに応えなければならない。波を起こさずして、現状を変革することはできない。議論が起こらなければ、それは意見がないということだ」。

 10年クリエティブ・ディレクターを務めた前任者、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)については、「われわれは違ったスタイルを持ち、それぞれに特徴があり、とても異なる。前任者の真似をするためにメゾンに参加するわけではない」と語り、「これまでの逆を行くのではなく、新たなチャプターの始まりだ」とした。

 珍しく幼少期についても語った。「子どもの頃は常に生地に囲まれていた。フランネルの生地のロールの上に座って母を待っていたものだ。公園よりも生地屋で遊んでいた」。

 また、シグニチャーとなっているスリムなシルエットは10代の頃の影響が大きいという。「1980年代当時、全てが私にとって大きかった。フリーマーケットで買ったアイビーリーグジャケットや18歳の時、ノッティングヒルで見つけたサヴィルローのスーツといった数点以外、完璧だと思えるジャケットに出合うことは不可能だった。全てがボクシーだったが、母はパターンなしでジャケットをシックに直すことができた。そしてそれこそが私にぴったりだった。私はイタリア・ペスカーラのテイラー一家の血を引く。つまりこのデザイナーという仕事は、一族の伝統を引き継ぐ手段なのかもしれない」。
 
 さらに、慢性的耳鳴りに悩まされているとも明かした。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の結果であり、聴覚の問題ではないという。「自分では手に負えず、耐え難い不安を抱えて、暗たんたる時期を過ごした」。

 しかし、その病によって彼は人生の意味を見つけたという。「創造すること、ファッションと写真をつなげることで感じる喜びと必然性こそ、私にとって生きる意味だ。人生に対する考えが変わった。視野が広がった。特に新しいコレクションを作るという考えに対して。クリエイションを通して、私は重荷から解放される感覚を再発見したんだ」。