
ハースト婦人画報社で「ウィメンズヘルス(Women’s Health)」や「エル・グルメ(ELLE gourmet)」の編集長を歴任してきた影山桐子は2025年12月に同社との契約を終了し、26年1月にはamuという会社を立ち上げて宅建業を開業する。目指すのは、家賃の滞納や認知症、そして孤立・孤独死などへの不安から賃貸物件を借りづらい、高齢者の賃貸物件難民問題の解消だ。なぜ影山社長は、大胆なキャリアチェンジに挑むのか?50歳を過ぎた今、「人生の後半30年を費やせば、どうにかなるかもしれない」と話す高齢者の賃貸物件難民問題への思いを聞いた。
WWD:編集長の仕事を辞め、不動産業への転身を志したのはなぜ?
影山桐子amu社長(以下、影山社長):2023年のゴールデンウイークのころ、認知症の初期症状が始まったため母親のため、両親は地元である神奈川県横浜市への引っ越しを決めました。でも78歳の父親と73歳の母親が住む物件探しは、本当に大変。まず最初の不動産屋には「高齢者には物件を紹介できない。UR(旧:公団住宅)を探してください」と言われ、その次はサイトで「高齢者に優しい」を謳う不動産屋にいくつか物件を紹介してもらいましたが、両親の年齢を伝えると内見段階で3件連続断られてしまったんです。ショックでした。その後「高齢者歓迎」物件に出合いましたが、私と同じような境遇、娘が近所に住む高齢の両親が審査に落ちた話を伺い、「一緒に住むということにして契約されては?」と教えていただいたことも。結局、高齢夫婦の物件探しは、“全滅”だったんです。私がいてもこんなに大変なのに、一方で日本の持ち家率は下がり続けている。こうした現状を知らずに年をとったとき、両親同様に路頭に迷う人が増えるとしたら本当にマズいと思い、年齢を重ねてからの絶望という課題を解決したいと考えました。
編集の仕事は自分の中では一区切りついていて、エネルギーを他のことに傾けたいと考えていました。人生の後半30年を費やせば、この課題はどうにかなるかもしれない。そう考えて不動産屋さんになるため、翌日には「宅地建物取引士(以下、宅建士)」を目指して勉強を始めたんです。でもその1週間後、「ウィメンズヘルス(Women's Health)」に加えて、「エル・グルメ(ELLE gourmet)」の編集長にもなることに。仕事量も、会議も、目標の数字も、部下も2倍になって、勉強は思うように捗りませんでした。23年の6月に宅建士になることを志しましたが、10月に受けた最初の試験は5点足りずに不合格に。翌年の10月、2回目の試験で合格しました。
東京都世田谷区のインキュベーション・プログラムに採択され、期間中であればオフィスの開設費用などもサポートしていただけることになりました。会社には最初「これまでの50%なら編集長の仕事も続けられるかもしれない」と話していましたが、「編集長の仕事は、0%か、100%か。どちらかを選んで」と言われて、25年の12月にハースト婦人画報社との契約が終わりました。
高齢者が賃貸物件を
借りられない4つの理由
WWD:改めて、なぜ高齢者はこんなに賃貸物件が借りづらいのか?
影山社長:問題は4つあります。①家賃の滞納が怖い、②認知症が不安、③孤立・孤独死が心配、そして④相続権には賃貸に関する権利も含まれるため、居住者が亡くなっても大家さんは部屋を勝手に片付けたり、次の人に貸したりできないんです。ただ例えば、地方公共団体や居住支援法人が入居支援や家賃債務の保証などを通じて要配慮者の円滑な入居をサポートする「改正住宅セーフティネット法」など、今は法整備が進み始めています。地方公共団体や居住支援法人が物件探しから先までサポートできれば、仮に居住者が亡くなっても早めに発見できるので、3年間の告知義務がある事故物件になるようなケースは減るでしょう。加えて電気の使用量やトイレのドアの開閉回数などをトラッキングして異変に気づいたら対応するようなテクノロジーも進化中です。亡くなった居住者の“残置物”などについては、国土交通省が「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定・推奨しており、住宅セーフティネット法を改正して居住支援法人の業務に追加することで、単身高齢者の賃貸利用促進を目指しています。 東京都も高齢者の入居を推進するオーナーや不動産会社に補助金を渡すなど、高齢社会に進む中、行政は今、高齢者を全面的に後押しする法整備を進めているんです。でも、こうした情報は、大家さんには届いていません。不動産会社や管理会社にも、知らない人は多いでしょう。制度は追い風で良い方向に向かっているし、人口の4割が高齢者になる時代に彼らに物件を貸さないのでは不動産屋さんのビジネスは成り立たなくなっていく。メディアに携わってきた身として、私が騒いで、発信することで世間がザワザワすれば、何かが変わるのではないか?と思っています。
WWD:不動産の仲介や居住支援を行うに際して、これまでのキャリアは活かせると思う?
影山社長:業界は全く違うけれど、編集者としてクライアントワークもマネージメントもやってきた経験は活かせると思っています。例えば物件の紹介は、タイアップに似ているのではないでしょうか?すでに東京R不動産などは個性ある物件を独自の視点でセレクトして紹介していますが、ネガティブにも言えることを特定のターゲットに向けてポジティブに表現すること、その価値をできるだけ高めて紹介することは、まさにタイアップのコンテンツ作りと一緒です。不動産の世界には、そんなスキルがある人がとても少ない。だからこそ社名は、「舟を編む」ではないけれど、「暮らしを編む」「つながりを編む」という思いを込めて、amuにしました。
WWD:確かに近所で賃貸物件を探しているとき、「もっといいアングルで写真撮れるのにな」や「あのお店が近いことも紹介すればいいのに」なんて思うことはよくある。
影山社長:今はとある不動産会社で修行中なんですが、私も「成功報酬だけど」と前置きして、カメラマンにちゃんとした写真を撮影してもらいました(笑)。もちろん編集者のキャリアを活かすことができるとは思いつつも、内見のアポにいらっしゃらないお客さまが意外に大勢いらっしゃるなど、これまでの常識が通用しない業界であることも痛感しています。
「男子ごはん塾」や「寝たままストレッチ」
ライフワークのコミュニティーイベントも開催
WWD:「つながりを編む」ため、コミュニティーイベントも開催する予定だ。
影山社長:これは半分私のライフワークでもあるんですが、孤立・孤独死を防ぐため、世田谷界隈でコミュニティーを作りたいと思っています。例えば「男子ごはん塾」は、家族が喜ぶ趣味として、自分自身の健康寿命増進のため、そして退職後に友人関係が希薄になりがちな男性のつながり作りの場として、料理に苦手意識がある男性のために定期的に開催している料理教室です。孤立・孤独死は男性が8割と言われ、中でも60代の男性が最多です。一方で私の父親は今、母のためにも嬉々として料理しています。
フリーエディターだった頃は、一般社団法人ランガールを立ち上げ、女性のためのランニング大会を主催してきました。ランガールは今、いくつになっても動ける健やかな心と体を応援する「&everyday」プロジェクトを推進中。「寝たままストレッチレッスン」など、年齢・性別を問わず参加しやすいイベントを定期的に開催し、心身の健康増進を応援しています。まずは小さな成功例をたくさん作り、それを広げていくこと。と同時に、みんなが重大だと認識している問題について、火中の栗を拾おうとしている人たちを応援したいと思います。
WWD:今後の計画は?
影山社長:年明けには宅建免許が交付予定で、そのために事務所も借りました。まずはこれからの30年で会社としての信用を積み上げ、80、90歳までバリバリ働きつつも、私が死んでも残り続ける会社にしたいと思っています。特に編集者には、60歳になって会社を定年退職すると、急に姿を見なくなってしまう方が多い気がしています。とても優秀な方なのに、60歳になった瞬間ヒマになってしまう方が多いのだとしたら、私は、そんなパワフルな60歳オーバーの人たちを雇用したい。自分も含めてワクワク老いることで、若い人に見守ってもらうのではなく、同世代同士が声を掛け合うつながりを編みたい。さらには高齢者のシェアハウスや、賃貸物件の入居者が食を囲む食堂なども作りたいと思っています。高齢者の賃貸物件難民問題はとても難しいけれど、解決に向けて活動を始めるには、今が一番いいチャンスです。