ファッション

研究者の夢をパリコレへと導いた「ダブレット」  “空気”から生まれた革新素材に笑いを織り込んで

“ファッション界の喜劇王”と称される井野将之「ダブレット(DOUBLET)」デザイナーだが、昨今は単にユーモラスなだけではなく、彼の素材革新の審美眼がコレクションを意義深い領域へと押し上げている。過去数シーズンに採用したのは、岐阜大学発のベンチャー企業ファイバークレーズ(FiberCraze)が開発した、工業的に欠陥とみなされる素材を独自の製法で有効利用した生地や、機能性食品を手掛けるファーマフーズによる、卵の殻の内側にある薄膜を再利用した新素材オボヴェール(ovoveil)といった、いずれも初の製品化を果たした革新的なテキスタイル。そしてパリで1月25日(現地時間)に発表した2026-27年秋冬コレクションでは、そうした流れをさらに推し進めるかのように、“空気”を起点とした素材と向き合った。

コレクションの中心となったのは、樹脂研究者の梅村俊和氏が率いるエコ素材研究開発企業「プレジール(Plasir)」が近年開発した、大気中から回収された二酸化炭素、つまり“空気”を原料とする素材「ゼフィル(ZEPHYR)」。コレクションタイトルに掲げられた“AIR”は、雰囲気や軽やかさの比喩ではなく、物質としての“空気”を意味する。

“空気”という見えない存在をファッションで可視化するというアイデアは、会場装飾にもはっきりと表れていた。窓から差し込む自然光をあえて遮断し、会場全体にスモークを漂わせることで、普段は意識されない空気の流れを目で感じられる空間をつくり出した。スモークに紛れてディテールの視認性が下がったとはいえ、ユーモアたっぷりのルックは明快に伝わってくる。バルーンアニマルを模したスカーフや襟、空気を含んだかのように膨らむ中綿アウター、シースルーのツイード風スーツ、完全に肌が透けるボタンダウンシャツ。見た目は厚手のコットンのように映る「プレジール」社のテキスタイルは、スーツやジーンズ、シャツなどいくつものアイテムに使用され、“空気”はコレクション全体を貫く欠かせない存在として表現された。

さらに今季は、温室効果ガスを食べる微生物によって培養された最先端の合成繊維糸や、工業排出物から回収されたカーボン由来のインクといった、国内外の企業との協働による素材表現も実現した。工場から灰色の煙を吐き出すモチーフのセーターには、汚染物質を想起させるフェイクファーコートが重ねられ、環境負荷というテーマを視覚的に浮かび上がらせる。ネクタイやフーディのドローストリングは、風に吹かれた一瞬を留めたかのように形状記憶され、台風の中を歩いてきたかのように落ち葉や新聞紙が貼り付いた風景をプリントしたコーデュロイのセットアップも登場した。映画『ハリー・ポッター(Harry Potter)』に登場し、亡き両親を侮辱したことで魔法によって風船のように膨らまされてしまう意地悪な叔母、マージ・ダーズリー(Marge Dursley)への愛を告白するプリントTシャツは、後からジワジワと笑いが込み上げてきた印象的な一着だ。

バッグの数々はラグジュアリーブランドのアイコンをバルーンで表現したような、際どいユーモアを含んだデザインが並ぶ。新作バッグでは、スマイルマークのジップをあしらった、あるブランドのバッグを踏襲するかのように、さまざまな表情の絵文字をモチーフにしたトートバッグ。アクセサリーも象徴的で、プロパンガスボンベを模した水筒や空気呼吸器のフォルムのバッグ、二酸化炭素から作られた樹脂をパールに見立てたロングネックレスも目を引く。また、継続的に協働している「キッズ ラブ ゲイト(KIDS LOVE GAITE)」とのコラボシューズでは、空気の抜けたビーチボールのような造形のアッパーを持つレザー製ローファーを発表。シューズは実際に空気を入れることが可能で、膨張によって足元のボリュームやシルエットそのものが物理的に変化するという、ウィットと機能性を両立したプロダクトに仕上がっていた。

ショーでは笑いが堪えられず頬が緩むゲストがほとんどだったが、笑いへと“オチ”るコレクションの発表までの過程には、笑うことも忘れてしまうほどの苦労の積み重ねだったはずだ。量産化がようやく可能になったばかりの新素材は、井野デザイナーの創造意欲を掻き立てると同時に、数多くの試練を与えた。とりわけ、「プレジール」社の開発した“空気”から生まれた糸は、染色や熱加工の工程で極端に縮んだり、形が崩れてしまったりと、試行錯誤の連続だったことを明かした。それでも壁に向かって挑み続けた理由について井野デザイナーは、素材そのものの革新性を世に広めたいという思い以上に、開発者である梅村氏が生涯をかけて研究に打ち込んできた姿勢と生き様に深く心を打たれたからだという。この糸で作られたセーターを着用した井野デザイナーは、ショー後にこう振り返った。「奇跡のような糸の誕生の裏には、空気と同じように、目には見えない歳月と労力の積み重ねがある。何千もの失敗を重ねながらも『次こそは』と信じ、ものづくりを続けてきた開発者の存在なくしては生まれなかった。研究一筋の人生を歩み、周囲からは変わり者呼ばれりされても、自分の信じた道を貫いてきた梅村さん。その可視化できない時間や努力を服として形にしたいと思い、今回のコレクション制作に向き合った」。

パリ・メンズ・ファッション・ウイークの公式スケジュールに15もの日本ブランドが名を連ねた今季は、「国際的な場でコレクションを発表する意味」を改めて記者として自問する機会が多かった。世界的なブランド認知の向上や海外販路の拡大といった実利的な目的もあるが、20年1月から継続的にパリメンズに参加する「ダブレット」にとっては、ものづくりの姿勢や思想を世界と共有する役割も担っている。井野デザイナーは、ウェブマガジン「フイナム(HOUYHNHNM)」のブログにて、「パリコレは誰かの夢を連れて来れる場所かもしれません」とショー数時間前に綴っている。パリという国際的な舞台は、産声をあげたばかりの素材や、その先に無数に広がる可能性の出発点になり得る。井野デザイナー率いる「ダブレット」チームはその舞台に、革新的な素材の可能性と、それを生み出した研究者たちの長い時間と信念までも織り込み、今季のコレクションとして提示した。また次のシーズンには、未来のものづくりに向けた対話として、まだ名前すら持たない技術や素材を見せてくれることだろう。ジョークに満ちた笑いを携えて。

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