「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」の2026年春夏コレクション(実売期は26年秋冬)は、「MEMORY.LOSS.(記憶。喪失。)」がテーマ。ショーノートには「自ずと浮かび上がる記憶は、私たちをかたちづくり、影響を与え、方向づける。(中略)ほろ苦くも美しい記憶は、現在と未来の行動を導く“目的”の作用である」と記し、ほろ苦くも甘い過去を追憶する記憶への旅路が、現在、未来へと突き進む活力になることを示唆している。
コレクションの着想源は、1965年の「イヴ・サンローラン・クチュール(YVES SAINT LAURENT COUTURE. 当時)」や、自身がクリエイティブ・ディレクターを務めてグランジ・コレクションとして伝説化した1993年春夏の「ペリー・エリス(PERRY ELLIS)」。さらに96年春夏の「プラダ(PRADA)」や95年秋冬の「ヘルムート・ラング(HELMUT LANG)」に加え、自身の90年代のコレクションも多数引用した。加えた友人ソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)の「エックスガール(X-GIRL) 1994」や「ステューシー(STUSSY)」まで90年代へのオマージュ、記憶を再訪した。
90’sのモードとストリートの交錯
前進するために過去を振り返る
ここ数シーズン、「マーク ジェイコブス」は極端に厚底のブーツやデフォルメしたシルエットで、現実世界からの逃避行のようなワンダーランドを見せてきた。一方の今シーズンは、ファーストルックのグレーのニットとリーンなペンシルスカートから、ここ数シーズンとは異なる“普通に着られる服”。ロング&リーンのシルエットにグレーのボクシーなツイードジャケット、ミニマルなシャツ。90年代のランウエイを彷彿とさせるミニマルなルックだが、わずかに浮いたウエストや身体にフィットしないショルダーラインは過去数シーズンの特徴を彷彿とさせ、ピンクやグリーンのキャンディカラーやビジュー使いにはマークらしさが現れている。モードな要素にプラスしてスポーツウエアのディテールや、「エックスガール」らしいミニスカートなど、ストリートの要素も融合した。
削ぎ落とすことで引き算の美学を模索していた90年代のミニマリズムと、リアルな若者像を映し出したストリートスタイル。同時代に隆盛を極めながらも交わることのなかった2つのファッションが、マークの手によって再解釈され、融合して現代的に昇華されている。チェック柄のシャツやツイード、ブラウスの胸元や首元には、宝石箱から取り出したかのようなノスタルジックなブローチをあしらい、ほのかな郷愁を漂わせた。
自身が影響を受けた過去のコレクションや記憶にあらためて目を向けることは、ときに甘く、ときにほろ苦い作業でもある。そうした感情をも受け入れながら過去と向き合う姿勢は、現在、そして未来へと向かう力になる。そのメッセージは、ファッションを通じて前へ進み続けようとするマークのバイタリティを強く感じさせた。